• ホーム
  • トレンド
  • もう一つの「2025年の崖」、中小企業127万社が「後継者未定」で廃業!? 中小企業庁に対策を聞く

もう一つの「2025年の崖」、中小企業127万社が「後継者未定」で廃業!? 中小企業庁に対策を聞く

経営戦略

2019/09/27 20:30

 経済産業省が1年前に発表したレポートの中で、世界主要企業に比べて国内企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進の遅れを指摘した「2025年の崖」。SIerやITベンダーが多い中小企業の事業承継でも、同じようなもう一つの「崖」が横たわる。25年に70歳を超える中小企業の経営者は245万人となり、そのうちの約半数が「後継者未定」という大問題だ。中小企業庁 事業環境部 財務課の市川紀幸税制企画調整官に対策を聞いた。

中小企業庁の資料より(以下同じ)

GDPの22兆円が消失

 25年の中小企業・小規模事業者の経営者数は、70歳以上が約245万人、70歳未満は約136万人となる(合計381万人)。このうち70歳以上の約半数にあたる127万人が、後継者が決まっていない。この数字は経営者の人数なので127万社と置き換えてもいいだろう。

 仮に127万社の後継者が見つからずに廃業したり倒産したりしてしまった場合、約650万人の雇用が失われ、約22兆円ものGDPの消失につながるという。

 市川調整官は「これは最悪のシナリオだが、国に与えるインパクトは大きい。そのため政府としても最重要課題の一つに位置付けて、この10年は中小企業の事業承継を集中的に支援していく」と問題の大きさを指摘する。

 消失するGDPの金額には、サプライチェーン上で重要な役割を担う中小企業の倒産による大企業の影響は含まれていない。二次的、三次的な影響の大きさは計り知れない。「地方で60歳以上の経営者が多い」というように、とりわけ地方で深刻化する可能性が高い。
 
中小企業庁 事業環境部 財務課の
市川紀幸税制企画調整官

相続税・贈与税を10年限定で猶予

 具体的にどのような対策を打っているのだろうか。市川調整官は「『後継者が決まってる方』と『後継者が決まっていない方』の大きく二つに分類し、それぞれに対策を用意している」と説明する。

 親族や娘、息子、社内の人材で後継者が決まっている場合、納税を猶予する。事業を続けるなら、通常は半分程度負担しなればならない相続税や贈与税が、10年間の限定措置として猶予されてゼロになる。

 当然のことながら、上場企業でなければ市場で株式を売却したり譲渡したりすることができない。そのため、非上場の中小企業の価値を試算する方法はいろいろあるが、多くは資産を株数で割って株価を算出する。すると、メーカーなど大型設備を抱えていたり、業績がいい企業ほど株価は高くなり、相続税や贈与税の負担は重くなる。この負担を取り除くことで、スムーズな事業承継を促すのが狙いだ。

 問題は後継者が決まっていないケース。事業を受け継ぐ後継者の育成は、1週間や2週間でできるものではない。「経営者と伴走して働いている人でも5年から10年はかかるのではないか」と、市川調整官は長期的な視点で後継者育成に取り組む必要があると説く。

 そのため60歳以下の経営者に対して、後継者育成の準備をするために気づきの機会を提供する。身近な金融機関や商工会、商工会議所などに「事業承継ネットワーク」の事務局を各都道府県に1カ所設置して、事業承継診断などのサポートを行っていく。

 その際に専門家を派遣する費用などを国が支援する。事業承継診断は、17年度に年間5万件の計画で取り組み、翌18年度は年間約16万件と精力的に実施してきた。今年度中に30万件が実施できる見込みで、このペースなら25年までに127万社に働きかけることができる計算だ。
 
「事業継承ネットワークで早い時期から後継者育成の準備を促す」と語る
市川調整官

売り手より買い手のニーズは2倍

 身近な親族に後継者候補がいなかったり、従業員にも引き受け手がいないケースの対策はどうだろうか。ここでは全国47都道府県に設置されている「事業引継ぎ支援センター」で、第三者とのマッチングを支援する。M&A(第三者承継)による事業引継ぎの実現を目指すのだ。

 11年から発足している事業引継ぎ支援センターには、後継者不在の中小企業や譲り受けを希望する企業のデータベースが構築されており、広域のマッチングも可能になっている。「マッチングの実績は年々上がっており、年間の相談件数は3万6000件以上。実際に事業引き継ぎを実現できた件数は2400件以上になる」と市川調整官は語る。
 

 データベースには現在、約3400件の登録がある。驚くことに、相談して売却する側と、事業を引き受けて買い取る側では、後者のほうが2倍多い件数だという。買い手ニーズが強いのだ。

 例えば、販売網を拡大する目的で大阪に新しい拠点を設ける場合、自前で販売網をつくるより、すでにある大阪の企業を買収すれば設備も販売網も手に入り、スピーディーな事業展開が可能になる。

 また人手不足の中、リクルーティング費用をかけるより従業員をまるごと引き受けたほうが、低コストで早く事業を展開できる場合もある。こうした理由などから、買い手ニーズは高い。「今年度以降のデータベースの登録件数は5000~1万件が目標」と、データベースの拡充が急務になっている。

 もちろん、中小企業の事業承継の全てを中小企業庁だけで引き受ける考えはない。データベースは事業者情報を有する政策金融公庫やジェトロなど政府系機関だけでなく、金融機関や税理士、M&A仲介業者など民間企業からの参画も募り全国規模で良質なものにしていく。

 また、こうしたデータベースを積極的に民間企業に活用してもらうことで中小企業のM&Aを推進する。実際に転職仲介ビジネス企業が新たに中小企業のマッチングに特化したビジネスを始めるなど、事業承継ビジネスの機運が高まりつつある。

 「地元の知っている人同士で事業承継するのが最もスムーズだが、いい縁組がない場合は廃業につながってしまう。より広域でのマッチングを可能にするためにも、データベースの拡充が重要になってくる」と市川調整官は語る。

 あるアンケート調査では、廃業した中小企業の約半分が黒字経営だったという。最低でもこうした企業とのミスマッチングだけは防がなければならない。中小企業の事業承継は25年まで待ったなしの、早急に手を打たなければならない課題だ。(BCN・細田 立圭志)