• ホーム
  • トレンド
  • 元ゲーマーの高校教師が語る「今のeスポーツ」、学びや交流のきっかけに

元ゲーマーの高校教師が語る「今のeスポーツ」、学びや交流のきっかけに

インタビュー

2021/03/07 15:00

 成立学園高等学校は、東京都北区にある「中高一貫校」。同校の教育方針は、中学から高校までの六年間で「見える学力」と「見えない学力」両方を育てることを目指す、というものだ。将来の目標を具体的に達成する「見える学力」と、幅広い教養を身に付け発信力を育成する「見えない学力」、その二つを同時に育てて「生きる力」としての突破力を身に付けるのだという。そんな同校では、マルチメディア部の中でチームを作りeスポーツの部活動に取り組んでいる。どのような想いで活動しているのか、顧問・田島祐一先生に話を伺った。

成立学園高校 マルチメディア部 eスポーツ班の田島祐一顧問

──まずは部活動の概要について伺えますでしょうか

田島先生 部の名前が「マルチメディア部」ということで、もともとはeスポーツを前提とした部活ではなく、パソコンでプログラミングをするようないわゆる「コンピューター部」でした。eスポーツはそこに近しいだろうということで、新たに取り組み始めたわけです。現状、部内は二つの班に分かれおり、一つが従来のプログラミングなどを行う「PC班」と、もう一つが「eスポーツ班」です。現在の部員数は、中高合わせて30人ですね。

──中学生と高校生が一緒に活動しているのですか?

田島先生 去年までは高校生と中学生が別々に活動していたのですが、今年から一緒に活動するようになりました。中学生の母数が少ないというのはあるのですが、中学生は去年まで1人しかおらず細々とやっていたのが、今年中学生が一挙に6人入部しまして中学生が7人、高校生が23人という内訳です。圧倒的に男子が多く、高校生で女子が3人、中学生で女子が1人であとは男子生徒です。
 
eスポーツ班のメンバー

──高校生のメンバーが多いですね。学校では、いつ頃からeスポーツに取り組み始めたのでしょうか?

田島先生 「eスポーツ班」としての活動を始めたのは3年前ですね。きっかけは、全国高校eスポーツ選手権(毎日新聞・サードウェーブ主催※当時 第三回から毎日新聞・一般社団法人全国高等学校eスポーツ連盟主催 サードウェーブ共催)が始まったことです。当時は、サードウェーブが「eスポーツ部発足支援プログラム」(現・高校eスポーツ部支援プログラム)をキャンペーンとして行っていました。参加申請すると、大会に出場するだけでゲーミングPC5台を3年間無償で貸与してもらえるということで、ゲーミングPCを部員達に使わせてみるのも面白いかな、くらいの気持ちで申し込みました。

 当時は今ほどeスポーツの認知度が高くなかったので、保護者の反発があるかもしれない、と二の足を踏んでいたのですが、校長からも「実際にeスポーツができないだろうか」という打診を受けたのです。新聞などのメディアで目にしたのかもしれません。「校長が乗り気なら、ぜひやらせてもらいます」ということで私が旗振り役となって、eスポーツ班を立ち上げることになりました。

──ご自身から立候補されたと。田島先生もeスポーツに興味があったのでしょうか。

田島先生 もともと私自身もゲームが大好きで、高校時代は勉強よりも友達とゲーム・・・いう学生生活でした。その後も趣味としてゲームを細々と続けていたので、海外でeスポーツがすごく盛り上がっているということは知っておりました。

 ただ、単なるeスポーツではなく、「eスポーツ部」として見たとき、eスポーツ自体が持つ側面と、部活という団体活動が持つ側面の二つの視点があると考えています。

 まず、eスポーツに限っていうなら「ゲームは何の戦略性もなく、ただダラダラやっていると強くなれるのか?」というとそうではない。緻密にリサーチをしたり、検証したり、負けたなら負けた原因を分析・解析したりして、一歩一歩強くなっていくわけです。eスポーツ部に所属する生徒には、ゲームを通じて自己改善のプロセスや物事の戦略の立て方、ムービーなど、さまざまな情報を見てインプットを増やし、その場その場のリアルタイムでの最適な解を導き出す判断力などをeスポーツの活動を通じて身につけていってほしいと思っています。

 一方で学校の部活という側面からいうと、正直部活を立ち上げるときに保護者にどのように説明するか悩みました。保護者から「ゲームを学校でやるのですか」といわれたときにどうするのか、と。そこで、あらためて部活に必要な要素とは何かを考えてみました。

 部活には野球やサッカーといった人気スポーツがありますが、みんながみんなプロを目指しているわけではありません。プロになれなかったら失敗だ、というものでもない。これは、eスポーツについても同じようなことがいえると思うのです。ゲームに打ち込んでプロになれなかったり、試合に勝てなかったりしても、仲間達とともに同じ目標を持って切磋琢磨しあい、その過程で仲間達と絆が生まれたり、一緒に頑張ったことで友情が芽生えたりする。「勝ち負け」や「強くなった」ということ以外のところに部活の醍醐味はあると思うのです。

 一緒に部活としてやっていくことで、それがどんなものでも友情や絆を育めるはず。スポーツに限らず、「競技かるた部」とか「鉄道研究会」とか文化系の部もたくさんありますよね。そういう部ではプロになってお金を稼ぐ、という世界とは遠く、遊びや趣味の要素が強いですが、真面目に取り組んだり、同好の士が集まって目標に向かって頑張ったりすることで友情や絆が生まれるのです。それがeスポーツであっても部活動としての目標は達成できると思います。

eスポーツが生み出す交流

──遊ぶゲームと部活のeスポーツとは違うということですね。何か明確に線引きをされていることはありますか?

田島先生 結論からいうと大会に出るか、出ないか、で大きく違うと思います。ただ、マルチメディア部では単純にゲームを楽しむことも大切にしています。

 この考え方に至ったのには経緯があって、もともと部を立ち上げたときは部員が少なく、前例もないため手探り状態でした。はじめは全然部員が集まらなくて、「eスポーツはじめました」と告知して「入りたい」といった生徒は1人か2人ぐらい。eスポーツが海外で盛り上がって巨額の賞金が出るゲーム大会がある、という情報はだいぶ認知されていましたが、「自分が大会に出るとなると、そこまでできないよな」という思いがあったのか、初年度はこちらからスカウトする形でしか部員が集まりませんでした。

 「ゲームが好きな奴いるか?」「ゲームがうまい奴いるか?」と生徒に声を掛けて、たどり着いた生徒に「大会に出ないか?」と声を掛けていたわけですが、「eスポーツの大会を目指す」「プロを目指す」ということで尻込みしてしまう生徒が多かったんですね。そこで、発想を転換して「ゲームを使って仲間を増やす」という方向に切り替えました。ゲーマーには、スキルを突き詰めて勝ち上がっていくという思いが強い、いわゆる「ガチ」派と、みんなでわいわい楽しむことに重きを置く「エンジョイ」派がいると思います。まずは「エンジョイ」派を取り込んで、そこから発展させていこうと考え、楽しむことも大切にし始めたわけです。

 ゲームをしていると、知らない人とプレーしているうちに「フレンドになろうよ」という雰囲気になったりすることがありますよね。学校で友達と好きなゲームの話で盛り上がって「じゃあ、お前の家に行って遊ぼうぜ!」という話になることが私の小中学校の原体験でもあります。ゲームが好きな人同士で楽しむ、というのは心を開くきっかけになったりするものです。

 学校の中では内気な生徒も居ます。人と話すことが苦手な一方で、ゲームが上手もしくは好きな生徒が、ゲームの話をしたり、一緒にゲームをしたりすることでクラスメートと心を通わせるきっかけにもなり得るわけです。そして、集まった仲間と交流を広げていく。でも楽しむだけだと目的がないから、その楽しみに慣れてきたら、大会に向けての切磋琢磨など、部活としての要素を体験していこうというスタンスでやっています。

──eスポーツを通じて、どのような時に生徒たちの成長を感じますか?

田島先生 いろいろな場面で感じますが、今年から顕著に感じたのは部長を務める生徒の成長です。彼は、最初eスポーツ班を立ち上げたときに自発的に「やりたい」といい出した数少ない一人です。勉強もできるし、能力も非常に高いのですが、いわゆる「帰国子女」で、イントネーションに育った国の特徴があり、それを気にしているのか、引っ込み思案になっているようでした。彼が育った国ではリーグオブレジェンド(LoL)がブームで、彼も小さい頃から親しんでいたことからスキルも高く、部活でもLoLをやっていました。

 LoLは、5人一組でチームを組んで対戦するゲームなので、5人のチームプレーと連携が大切になります。彼は昨年度からチームのリーダーを務めていたのですが、今年のチームは彼以外が全員初心者という状況になりました。自分がチームのリーダーとして積極的に動かないとチームが強くならないという状況になってしまったのです。

 今まで自分が前に立って引っ張っていくという経験が彼にはあまりなかったようなのですが、状況が後押ししたのか、リーダーシップだとかコミュニケーションとか自分の殻を破っていろいろなことに挑戦してくれたと思います。脇で見ていてとても成長を感じました。私からも補助的な立場として、チームリーダーの役割について少しアドバイスをしたりはしましたが、彼自身よく自分で考えて改善を図るような性格で、いろいろ工夫や試行錯誤をして乗り切っていったように思います。未経験の仲間へのレクチャーや、さりげない指導などいろいろうまくやってくれ非常に良いチームになったと思います。

──eスポーツが交流も生み出すとのことでしたが、留学生を中心にすごいムーブメントがあったとも伺っています

田島先生 そうですね。留学生が参加していたのはeスポーツ班が活動を始めて二年目のときなのですが、そのときは特別に留学生を取り込もうとは考えていませんでした。本校では毎年海外からの留学生を受け入れているのですが、アメリカから留学してきた女子生徒に「スマブラ(大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL)」の強い生徒がいたのです。

 その生徒、実はアメリカの高校で「スマブラ部」に所属していたそうで(笑)。アメリカの高校には「スマブラ」部がある、というのも驚きだったのですが、その彼女が「マルチメディア部でeスポーツをやっている」というのを聞きつけて見学にやって来たんです。彼女が学校に来て2、3日のころでした。留学生の学校生活の基盤は基本的に「クラス」になるので、学年やクラスが違うとほかの生徒とは本来全く接点がないわけです。偶然ですが、ちょうど彼女が部活を見学に来たときにスマブラをしている生徒がいて「対戦しようよ」という話に。対戦したら彼女は無茶苦茶強くて。部員との関係が一気に深まりました。「この子すごく強いよ」「なんでそんなに強いの?」と。

 その後、その生徒のクラスで「あの子はすごいスマブラが強い」と噂になって、クラスでスマブラの好きな生徒が「自分と対戦してよ」という話になり、彼女のクラスのスマブラ腕自慢の生徒が、いつのまにかマルチメディア部の部活動にやってくるようになりました。対戦すると、彼女はその腕自慢の生徒も軽々と破ってしまう。さらに、今度は学年の中で噂が広まって、「あのクラスにスマブラの強い留学生がいるらしい」というわけで対戦したくて部活にやってくるようになりました。口コミがさらに広がって、ほかの学年の生徒が来たり、まったく関係ない部活の生徒とかがやって来たりして。

 当時は週2日部活をしていたのですが、部活のたびに学年も部も違う生徒が、クラスとか学年の垣根を越えて入れ替わり立ち替わりその留学生の女子生徒と対戦するために部活にやってくるようになったのです。最終的に1日に40人以上の生徒が来ていたと思います。のべ人数でいうと100人以上になっているんじゃないでしょうか。

 そして、1回でも対戦すると、もう友達です。その後に校内で会えば声を掛けたり、立ち話をしたりと、彼女は学校の人気者になっていました。留学生は孤立しがちですが、eスポーツを通じて彼女は一気に友達が増えた。言葉を超えたつながりが出来ましたね。
 
昨年度の部員たち(後列の右上がスカイラーさん(スマブラの強い子)、
左から2番目がビクトルさん(LOLに出場))

──学校でゲームができないとそうはなりませんね。

田島先生 そう思いました。たまたまの偶然が重なっているのですが。そもそもeスポーツの部活でスマブラなんて取り扱ってなくて、たまたまスマブラを持ち込んだ生徒がいた。そして対戦を申し込んだ。いろんな偶然が重なってどんどん交流が広がっていくのを見て正直これはすごいな、と。eスポーツの周辺環境として、ゲームは世界で共通のものであるがゆえに起こった「事件」ですね。

[次のページ]救急車で2度運ばれてからの転身

  • 1
  • 2

次へ