字が下手だ。見るからに稚拙な文字で自分でも嫌になる。年の瀬も近づくと、クリスマスカードや年賀状、年始のあいさつなど、文字を書く機会も増える。憂鬱な季節だ。何とかごまかす方法はないものか。太めの筆記具で書けば、多少はましになる。サインペンはまあ効果的だが、味がない。極太の水性ボールペンが好みだが、太さが物足りない。悶々としながら数十年が過ぎていった。

 ある冬の取材帰り。日吉の駅ビルにある文具店で、万年筆11本を並べて書き味が試せるコーナーを見つけた。試筆台というらしい。私といえば、卒論を書くに当たり、明治通りと早稲田通りの交差点にかつてあった「古屋万年筆」で手づくりの万年筆をつくってもらうか、流行り始めたワープロを買うかで1週間ほど悩んだあげく、秋葉原で発売されたばかりのモデムつきワープロ「NEC文豪ミニ5HT」を買ってしまったことで有名だ(知らんがな)。
 
カスタム74の試筆台。
左から順に太くなっていき、一番右が最も太い「MS」

 試筆台はパイロット万年筆の、カスタム74という入門モデルのものだった。これほど多くのペン先が試せるコーナーに出会ったのは初めて。早速、試してみた。太めが好きな私は、細字のペン先には目もくれず、最も太そうな「C(コース=特太字)」に突撃。キャップを開け、ペン先を傷めないように力加減に気をつけながら恐る恐る白い紙にペンを走らせる。

 黒々とした文字が記されていく。ずいぶん昔に同じように書いたときの懐かしい感覚が蘇ってきた。「書く」といえばすなわちキーボードを叩くことを意味する私にとって、万年筆の書き味はとても心地よいものだった。もちろん、太い文字が書ける。その場ですぐに、ペン先Cの万年筆を一本買った。思い起こせば自分で万年筆を買ったのは、これが初めてだった。
 
左がペン先MS、右がペン先C。
MSには切れ込みが2本入っているため、大量のインクが出て太い文字が書ける

 新しいおもちゃを手に入れ、嬉々としていろいろものに意味不明な文字を書き連ねた。人間とは欲深いもので、じきにCのペン先の太さが物足りなくなってきた。もっと太いのはないのか。同じシリーズに、「MS(ミュージック)」というペン先のモデルがある。こいつはペン先の構造が特殊で、インクが流れる切れ込みが二つある。どばどばとインクが出るのだ。

 主に楽譜を書く際に使うものらしいが、ぶっとい文字が書けるばかりか、カリグラフィーのような筆跡にもなって面白い。こうなると我慢できない。結局、もう一本、MSペン先も手に入れた。専用の革ケースもそろえ、“ぶっとい”の1本、“もっとぶっとい”の1本の2本体制で運用することにした。主な用途は、サインとグリーティングカードの記述用ぐらいだが、いつも鞄に忍ばせてある。

 青学のシンギュラリティ研究所が主催する連続トークイベントの一つ「AI×クリエイティビティ」トークショーを取材したとき、筆記具が創作活動に与える影響は決して小さくないという話を聞いた。そういえば、キーボードで書くことをかたくなに拒み「えんぴつの会」を結成し、最後まで手書きにこだわっていた先輩編集者がいたっけ。手書きか否か。タイプライターやワープロが普及し始めたとき、盛んに議論が交わされていた。

 万年筆を手に入れたからといって、手書きに戻すことは不可能だが、時にはアナログに文字を書いてみるのも、案外いい刺激になりそうだ。もちろん、下手文字をごまかすのが一番の目的だが。(BCN・道越一郎)
 
カスタム74のMSペン先で書いてた。
全くごまかせていないのが残念だ