【広島市発】目視入力という機能をご存じだろうか。目で画面の文字を見詰めると文字認識がなされ、障がいを持つ人たちは その装置を通じて意思を伝える、という機器である。昨年は、国会運営の施設改善でも話題になった。だが、越えなくてはならないハードルがある。それは価格だ。広島で仲間と共に「ITと福祉の融合」を掲げて、テクノロジーで支援するユニコーンの中島社長は、「障がいを抱える多くの人たちに使ってもらえれば価格も下がるはず」と、持ち前の“高専魂”でハードルを乗り越えていく意慾をみせる。(本紙主幹・奥田喜久男)

福祉施設の現場から受けた大きなインパクト

奥田 まずは、中島さんが手掛けていらっしゃる「miyasukuプロジェクト」について教えていただけますか。

中島 「miyasukuプロジェクト」は、ITと福祉の融合をスローガンに、重い障がいを持った方々を支援するために立ち上げました。複数の社会福祉法人や教育機関と連携して、障がい者の日常生活を豊かにすると共に、そのご家族や福祉活動に関わっておられる支援員の心的負担・肉体的負担を軽減することを目的としています。

奥田 メンバーはどんな方々ですか。

中島 社会福祉法人の団体や大学教授、特別支援学校の教諭、それに独立行政法人国立高専機構でつくる支援機器開発ネット「全国Kosen-ATネットワーク」です。加えて、経営コンサルタントやグラフィックデザイナーも参加しています。

奥田 プロジェクト名の「miyasuku」とは、「見やすくする」という意味ですか。

中島 いえいえ。「miyasuku=みやすく」というのは、中国地方の方言で「易しい・簡単に」という意味なんです。

奥田 あ、そうなんですか。初めて耳にしました。

中島 ちょっとわかりにくいかもしれませんが、「みやすく使える」というのは、簡単に使えるという意味になります。たとえばクルマの運転がみやすいと言えば、クルマの運転が簡単だという意味。この勉強はみやすいと言えば、この勉強はやさしいということですね。

奥田 プロジェクトを始められたのはいつごろですか。

中島 2010年ですかね。

奥田 きっかけはなんだったのでしょう。

中島 メンバーの一人である社会福祉法人の理事長に就いているのが、安部倫久といって僕が卒業した高専の同期生で親友なんです。

奥田 熊本電波高専でしたっけ。

中島 そうです。もともとはエンジニアで会社勤めをしていたのですが、30年ほど前から障がい者の支援に力を入れ始め、会社を辞めて社会福祉法人を立ち上げたんです。ある時、障がいを持っている子どもについて「この子が自分でテレビのチャンネルを替えられたら、本人も家族も人生が変わるんだけどな」と、安部くんがつぶやくように言いました。

奥田 現場に携わる方ならではの声ですね……。

中島 われわれの会社は、設立当初からずっと自社でソフトを開発していて、テレビ・ラジオや携帯電話等、電波のサービスエリアをビジュアルで表示する電波伝搬シミュレーションソフトなどを製作していたんですが、安部くんの話を聞いて、彼が運営する社会福祉法人に行ってみたんです。

奥田 どこにあるんですか。

中島 広島市内です。で、実際にいろいろな障がいを持つ人たちを目の当たりにしたら、何というか……とにかく初めて見る世界でした。身体障がいの人、知的障がいの人、自閉症の人……。障がい者が数十人と、彼らをサポートする50~60人の職員が活動されていて。

奥田 中島さんがおいくつの時ですか。

中島 10年前ですから、53歳くらいの頃です。

奥田 それまで、そういう現場にいらしたことはなかったわけですね。

中島 はい。何となく話には聞いていましたが、実際に現場に行ったのは初めてでした。こういう世界があるんだというインパクトが、ものすごく大きかったですね。

なんだかわからんがとにかくやってみよう

奥田 それから、どうされたんですか。

中島 現場で使っているAT(Assistive Technology:さまざまな機器を工夫して障がい者を支援する技術)が実に遅れていることに驚きました。思わず、安部くんに「おまえ、こんなものを障がい者に使わせているのか」と言ってしまいました。

奥田 それはどういう意味ですか。

中島 現場で実際に使われている装置等が、とにかく進化をしていない。われわれからすると、あまりにも稚拙というか改善の余地がありすぎるほどあったんです。

奥田 なぜそんなことになっていたのでしょう。

中島 関わるにつれてだんだんわかってきたのですが、まずは社会福祉制度の問題が大きい。そして、障がいというのは一律ではなく多くの種類や個人差があるため、すべてが個別対応になってしまうなど多くの課題、問題がありました。

奥田 いろいろな角度から問題が見えてきた。

中島 はい。それで、まずは障がい者が自分でテレビのスイッチを入れたり、チャンネルを替えたりできるような装置をつくりました。そうこうしているうちに、広島にある比治山大学の教授である吉田弘司くんが安部くんを紹介してくれと、私を訪ねてきまして。

奥田 吉田教授とはどういうご縁なんですか。

中島 彼が大学院生の時に、うちの会社でアルバイトをしていたんです。非常に優秀でMITに客員研究員で行っていたこともありました。専門は心理学で障がい児者のリハビリ支援などを研究していてICTにもものすごく詳しいんです。

奥田 そういう方が安部さんを紹介してほしいと。

中島 で、2人をつないで酒を酌み交わしながら話すうちに「なんだかわからんが、とにかくやってみよう。われわれの持てる技術を使えば、なにがしかの役に立つのではないか」ということになって、「miyasukuプロジェクト」を立ち上げたんです。

奥田 有志が決起したわけですね。で、プロジェクトが始まった。3人はどういう役割分担なのでしょう。

中島 吉田教授は、主にコンセプト設計です。障がいを持つ人たちがどういうATを使えば効果が出るかを研究されていて、製品や技術に関する情報を仕入れるのも早いですから。

奥田 それをユニコーンが形にする。

中島 そうです。製品設計からシステム開発全体を主導します。開発した製品のメンテナンスを含むサポートまで手掛けています。

奥田 理事長の安部さんの役割は?

中島 プロジェクトの顧問的な立場です。何かあったら彼に相談します。彼は福祉や支援に関するプロですし、非常に豊かな人脈を持っていますから。

奥田 3人の役割が明確ですね。で、立ち上げてからは?

中島 最初の5年間はいろいろなものをつくりました。例えば、重度身体障がい者のためのパソコン操作補助装置とか。これは厚生労働省の「平成24年度障がい者自立支援機器等開発促進事業」に採択されました。そして、2015年に『miyasuku EyeCon』をリリースしたんです。

奥田 それはどういう装置なんでしょう。

中島 視線を動かすことでパソコンを操作できる装置です。声を出して話すことや筆談等ができない重度の身体障がいを持つ人が、スイッチや視線による操作で意志を伝えることができる装置です。文章入力や読み上げ、メールの送受信、SNS投稿・閲覧などさまざまな機能を備えています。うちの障がい児者向け装置の主流になっています。(つづく)
 

サプライズのクリスマスプレゼント

 『miyasuku EyeCon』をはじめとするユニコーン社製品のユーザーのお母様がたからプレゼントされたTシャツと缶バッジ。ある年のクリスマスに突然届いたそうだ。いつでも気軽に相談に乗る中島さんは、皆さんから絶大な信頼を寄せられている。
 

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第265回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。