【淡路島発】大学を卒業して、請われるままに神職として静岡のお社に務めた先輩は、その後、命ぜられるままに熱田神宮の神職を経て今に至る。本意に反することや理不尽と思われることもままあったが、「まあ、流される間に間に」と、先輩は笑う。流される間に間には、「神のご意向のままに」でもあると言う。今、コロナ禍に翻弄され、明日の方向すら定かでない世界に私たちは置かれているが、流されること自体を興がる強靭な天質を養うことも必要かと思う。(本紙主幹・奥田喜久男)

2020.6.9/淡路島 伊弉諾神宮にて

週に1回、8年半書き続けた新聞の連載コラム

奥田 先輩が産経新聞に連載されていたコラム『神々からの傅言』について、うかがわせていただけますか。

本名 はい。どうぞ。

奥田 あれ、週に1回で何年続いたんですか。

本名 8年と半年ですかね。

奥田 ということは、52週をかけて、おお、400回とちょっとになりますね。よく書かれましたねえ。

本名 いや、結構ネタはあります。学者さんとかなら自分の専門のことしか書かないけど、私は何でも書くからね。

奥田 1回の文字数はどのくらいですか。

本名 1700字。

奥田 結構書き込めますね。ちょっと目次を拾ってみていいですか。「国生み伝承の舞台 自凝島(おのころじま)」「淡路の人形浄瑠璃」等々。淡路島のことだけではなく、アジアの情勢やトランプ氏の大統領選勝利にも触れておられますね。

本名 いろんなこと書いています。

奥田 そもそも、書かれることになったきっかけは何だったんですか。

本名 産経新聞は、淡路島に支局を持っているんですが、あることをきっかけに支局長と知り合うことになってね。

奥田 あることってなんですか。

本名 まあ、いいじゃないですか(笑)。

奥田 いつ頃のことですか。

本名 平成20年くらいだったかなあ。そうしたら「何か書いてください」と、ご依頼いただいて。で、取り立ててことわる理由もないしね。「淡路ベースの話でいいですか?」と聞いたら、それでいいと。

奥田 で、引き受けた。

本名 そう。連載が始まったのは平成21年の秋から。私としては3回とか5回とか、そのくらいのつもりでいたんだけど、長いおつき合いになってしまって。結局4代の支局長にお世話になりました(笑)。

奥田 それで8年半続けられた。掲載は土曜日でしたっけ。

本名 そうです。土曜の地方版。表題とかは私が考えたのではなくて、当時の支局長が考えてくれたものです。

奥田 テーマは最初から決まっていたのですか。

本名 いや、特には決まっていませんでしたね。私としては、国生み神話とか伊弉諾神宮の存在とか、国の基を為す民族の伝承の基本的なものが「淡路島にある」、ということを認識しない人が多すぎると思っていたところだったので、それを修正できるお手伝いができればいいなという思いがあったんです。

奥田 確かにもう少し知名度が上がってもいいですね。

本名 そう。伊勢でも出雲でもない、ここ伊弉諾神宮発だから「ああ、そうか」と思っていただけることもありますし……。

奥田 先輩がこのお社にいらしたのは、おいくつの時ですか。

本名 45、6歳ですかね。

奥田 最初に奉職されたのが、静岡浅間神社、その後愛知県の熱田神宮におられたんですよね。そしてこちらに来られて。神職の人事ってどういうことを見られるんでしょうか。

本名 どうなんでしょう。それは見る側に立たないとわかりません。でもね、本当に来させてもらってよかったと思っていますよ。他のお社にいたら、ここまで神代の伝承に興味を持つことはなかっただろうし、地域のことを勉強することもなかったと思う。

奥田 ここはオリジンですからね。

本名 はい。重いものがあります。だからこそ、きちんと伝えていかないといけないと思っています。

神職の定年は神様の思し召しに従うまで

奥田 そもそもの話になりますが、先輩はどうして神職を目指されたのですか。

本名 いや、自分で目指したわけではなくてね。高校時代は建築家になりたかったけど、家の事情などもあって皇學館に行くことに。で、卒業した時は、静岡浅間神社にいらっしゃいと声をかけていただいたのでそれに従って……。

奥田 失礼な言い方になりますが、割と流されるタイプですか。

本名 ああ、そうですね(笑)。私、流れに抵抗したことがないんです。「流される間に間に」ね。これは信念です。

奥田 いつ頃からの極意ですか。

本名 どうだろう。大学を卒業した頃かな。一応教員免状も持っていたし、一般企業に入る道もあったのかもしれないけど、あえて自分で選ぶことはしませんでしたね。

奥田 例えば、抵抗していたとしたら、人生が変わっていたと思う時はありますか。

本名 神職として長く奉職した静岡のお社を離れる時ですかね。やっぱり郷里だし、いろんな人脈もあったしね。でも、やはり信念に従いました。

奥田 流される間に間に、ですか。

本名 そうです。神のご意向のままに、です。それで熱田神宮に行ったんだけど、あの時静岡にしがみついていたら、今はなかったかもしれません。淡路も最初は島流しかなと思ったけど(笑)、その後、急激に淡路島が発展することになってね。

奥田 どういうことですか。

本名 私が赴任したのが1990年なんですが、94年に関空が開港。その翌年には未曾有の阪神淡路大震災も経験しましたが、98年には橋が架かった。明石海峡大橋です。さらにその2年後淡路花博が開催されました。

奥田 ああ、それは大きいです。空港と橋と博覧会。人の流れができますね。

本名 おっしゃる通り。おかげで非常に発展することができました。今度のチャンスは、オリンピックと大阪万博かなと思っていたんだけど、コロナ禍で少し時期がずれるかもしれません。

奥田 具体的に何か考えておられるんですか。

本名 淡路島の国生み伝承を、日本民族の草創伝承として世界に発信しようと。まだまだ知られていないので、特に西欧の人たちに知っていただけるといいなと思っています。

奥田 それ、いいですね。ところで、現時点でのコロナ禍の影響はいかがですか。

本名 毎年4月に行われる例祭のいくつかの行事は氏子さんたちとも話し合って中止になりました。しかし神幸式など中心となる祭儀は、防疫対策を入念に行った上で粛々と斎行させていただきましたけど。

奥田 そのお祭りはいつ頃からあるんですか。

本名 少なくとも平安時代からですね。ここの神事で平安まで遡れないお祭りはあまりないんじゃないかな。だから旧暦に斎行されるお祭りも多くて、夏祭りは完全に旧暦です。

奥田 いつですか。

本名 旧暦の6月15日と16日。今年は新暦でいうと8月の4日と5日です。

奥田 無事に夏祭りができるといいですねえ。

本名 そうですね。祈念するばかりです。

奥田 先輩、突然ですが宮司に定年はあるのでしょうか。

本名 大きなお社にはありますが、うちの場合は定年退職制は持っていません。人間のほうで何歳とか決めるのではなくて、飄々と神様の思し召しに任せればいいと思うので。

奥田 はい。では神様の思し召しに預かってずっと元気でご活躍くださることをお祈りしております。先輩、今日はほんとうにありがとうございました。


こぼれ話

 帰り際にずっしり重いものを戴いた。「これはうちの神社でつくったものなんだけどね」。細長い白い箱を開けると、木製の文鎮だった。どうりで重いはずだ。手にとって横を見ると、日本書紀編纂千三百年記念の印刷がある。今年は2020年だから……。念のため、ググってみると。日本書紀は養老4年(720年)に完成。ちなみに古事記は712年で、双方の名をとって“記紀”という。ともに日本最古の史書である。この日本創造の物語は伊弉諾尊(イザナギノミコト)、伊弉冉尊(イザナミノミコト)から始まる。本名孝至宮司のいう、うちの神社というのが「国生み伝承」の舞台となった淡路島に鎮座する伊弉諾神宮である。

 時代区分をみると、天地開闢から神武天皇即位までの時代は「神代」、そこから大化の改新頃までの時代は「上古」。日本書紀は神代から第41代持統天皇までの史書である。さてさて、この辺りの話は本名先輩にお任せするとして、昨年5月、母校皇學館大学の寄り合いの場で書籍を戴いた。産経新聞淡路版に2018年まで8年半にわたって連載された『神々からの傅言』である。手にするとずっしり重い。毎週の連載だから406話ある。406頁の本なわけだ。淡路島から神話と歴史を通して現代社会の問題点の解決策を探るとある。読み応えがある。

 神社の参詣客が増える昨今、私にも神社や伊勢神宮の質問がくる。本名先輩が連載で汗をかいている頃、私は神社検定の受験をすべくねじり鉢巻だった。一発合格してほっとした後、この本に目を通して、思わず恥ずかしくなった。神社の祭りは土地ごとの社会に根ざしている。御祭神は神代から目に見えない網目のような形状で日本文化の基盤になっている。社殿や家屋は時とともに劣化する。そこに人が介在して建物に手を加えたり、その土地の神代からの歴史を物語として伝えたりする時、その土地空間は生き生きと蘇る。検定はさて置き、神社の役割を根っこから考え直してみよう。淡路島への旅は自分探しの旅にもなったようだ。
 

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第264回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。