【伊勢市発】吉川さんは、立板に水の雄弁タイプではない。少しテレたように訥々と話すのだが、思わず見出しにしたくなるようなフレーズが、その口からはいくつも飛び出す。「自主リストラ」「普遍的で有機的で持続的な情報発信」「クチコミ以上マスコミ未満」等々。取材後半、吉川さんは本をつくり上げるまでの苦しみと完成した時のカタルシスを、登山に喩えて笑顔を見せた。その顔は本をつくり続けてきた編集者の面構えだった。(本紙主幹・奥田喜久男)

2020.3.26/月兎舎にて

それぞれの地域が持っている個性を大事にしたい

奥田 創刊以来の20年を通して、変わらないテーマと変わってきたテーマはありますか。

吉川 うーん。変わらないのは、地域に根ざし人を切り口にして、有機的で普遍的で持続的に情報を発信していくことです。変わったのは当初より地域の捉え方が大きくなったことですかね。

奥田 有機的という言葉について、もう少し説明していただけますか。

吉川 例えば、そこにある薪ストーブは有機的だと思うんです。エアコンはスイッチを押せば温度設定ができますが、薪は木の種類や乾燥度合いによって燃え方や火持ちが違う。それに薪は暖が取れるだけでなく、明かりにもなれば、焼き芋もできる。電気だとこうは行きません。

奥田 ああ、それが有機的という表現に結びつくんですね。

吉川 はい。生態系にしても人のつながりにしても、いろいろなものがつながり合っているという意味で。

奥田 循環ですよね。

吉川 そうです。循環という意味では、地域の経済循環も最初からのテーマです。三重県の、とりわけ南部は若い人がどんどん都会に出ていって高齢化しています。それを何とかしたいという思いがあります。

奥田 地域情報誌の願いであり、それが役割ですね。吉川 あとは、ユニバーサルデザインとか標準化、◯◯スタンダードという言葉が嫌いなんです。それぞれの地域が持っている個性を大事にしたいし、守りたい。

奥田 個性というと?

吉川 そこでしかとれない生産物や景色です。例えば、住宅にも個性があります。最近はどこかの工場で一括してつくったもので全国に同じものを建てていますが、伊勢なら切妻、飛騨なら合掌といったそれぞれの地域に合わせた建て方がありますよね。

奥田 風土に合わせた家造りということですね。

吉川 ハウスメーカーが建てると、全国どこも同じ景色で同じ町並みになってしまう。それだけでなく、自分が住んでいる近くの山の木が、建材として用いられなくなると山が荒れ、製材業や大工さんの仕事もなくなります。それぞれの地域で製材所が地元の木を切り出し、地元の工務店が建てればお金も循環しますよね。

奥田 確かにその通り。そうやって発信して20年ですか。最近、原発に関する書籍も出されましたね。

吉川 本誌でずっと連載していたものをまとめました。

奥田 あの手の本は収益を上げるのは難しいのでは?

吉川 それがですね。予約だけで500ほどいただきまして、発売して1週間で増刷しました。

奥田 それはすごい! 僕は連載開始時からずっと読んでいましたが、ちょっと中身を説明していただけますか。

吉川 1963年に三重県南西部の芦浜を原子力発電所候補地とする計画が発表されました。一時は関連予算も計上されながらも地元の方たちが闘い続けて、結局2000年に白紙撤回された37年間の歴史です。

奥田 編集でこだわった点は?

吉川 一連のできごとを単なる昔話として捉えるのではなく、現在にもつながる視点を持ち、県外の方にも伝わるように心がけました。

奥田 それがきちんと伝わっての増刷なんでしょうね。

吉川 三重県では新聞全紙にカラーで掲載してもらいました。著者の方は全国紙にも取り上げられました。おかげさまで全国から注文をいただいています。

三重県の情報を発信する紙媒体を残したい

奥田 吉川さんはどうして伊勢で活動されているのですか。

吉川 え? それは伊勢で生まれたから……ですよ。親もいますし、特にどこに住みたいとかもありませんし。

奥田 人って成功したりすると、もう少しいろいろ思うじゃないですか。今よりステージを大きくしたいとか。

吉川 そういうのがないんです。どこかに打って出るとか、勝負するとか。都会には住みたくないし。それよりも地に足が着いているところがいい。

奥田 それって、何なんでしょうね。

吉川 人がそれぞれ持って生まれたものじゃないですか。正直なところ、目立ちたくないんです。

奥田 どうして?

吉川 いやあ、有名人なんかになったら、何だか大変そうじゃないですか。自由に行動できなさそうだし。

奥田 ああ、それはありますね。わかります(笑)。

吉川 だからよく言うんです。うちの雑誌がどこかの店を掲載した時、翌日からものすごい行列ができるのではなくて、それまで知らなかった人が少しずつ来店するようになる――それがいいんだと。

奥田 そこを目指しているわけですか。

吉川 はい。一人ひとりに話すよりは影響力があるかもしれないけど、マスコミみたいに大きな変化はもたらさない。「クチコミ以上マスコミ未満」がいいんです。

奥田 それ、吉川さんのオリジナルですか。クチコミ以上マスコミ未満。

吉川 どうなんでしょう。誰かから聞いたわけではありませんが。

奥田 僕は初めて聞きましたねえ。いやあ、おもしろいなあ。でも、どうしてそう思われるんですか。

吉川 (しばし考えて)出版って、実はものすごく覚悟がいる仕事だと思うんです。例えば取材して原稿を書くわけですが、大手のように校閲部があったりして、きっちり裏を取るところまではやりきれていない。たくさんの人に読まれるとそういう体制も必要になりますよね。

奥田 そうですね。

吉川 それと、雑誌が大きくなって力を持つと大きな広告も入るじゃないですか。

奥田 入りますねえ。

吉川 そうなると、書くことに対してどんどん配慮が必要になる。現時点ではそれはありません。今の『NAGI』でいいというスポンサーが応援してくれていますから。とても幸せなことです。

奥田 ありがたいですねえ。吉川さんはいつまで編集を続けるんですか。

吉川 うーん。続けていくには、編集長である坂と私のモチベーションの問題が大きいですね。あとは出版環境。実書店がこれ以上なくなってしまったら、本をつくっても売るところがない。定期購読者のみを対象につくるかもしれませんが、そうなればもう役割を終えたと考えないといけないかもしれませんね。

奥田 周年記念の号には、とりあえず5年後の100号を目指すと書かれています。

吉川 はい。三重の情報を発信する紙媒体がなくなるのは寂しいですし……。本をつくることって、まったく無の状態からいろんなことを積み上げていき、校了直前まで心身ともに大変なんですが、やっとのことで印刷所へ入稿した時のカタルシスは、やったことのない人には味わえないだろうなと。

奥田 同感ですね。

吉川 ちょっと山登りにも似ているかもしれません。車でちゃちゃっと登った人にはわからない。

奥田 本を出して一番喜んでいるのは吉川さんだということがよくわかりました(笑)。今日はどうもありがとうございました。

こぼれ話

 犬が飼い主に体をぶつけながらジャレている。嬉しそうだ。見ている私も心が和む。以前、人と動物の“間柄”について書かれた本を読んだことがある。犬の家畜化は長い歴史を重ねてきた。人と人の間柄については物心がつくとともに、感じては悩み、あるいは考えるうちに学びながら今に至っている。その筆者によれば、最初、人と犬は敵対していたが、関係を繰り返すうちに、お互いに協力して食糧を得る間柄になったそうだ。

 犬が獲物のありかを教え、人が狩猟するという機能分担だ。確かに長い時間をかけた共存の歴史なのだろう。今では、犬の存在が番犬機能を超えて人の癒しとしても機能している。相棒であったり、ある時にはわが子に似た存在にもなったりする。共存の歴史は長い時間がかかったことを意味する。身体の機能もそうだ。「要不要の論理」で退化した機能もある。だとすると、存在するすべてのものが「選択と共存」でふるい分けられた末に今があるというわけだ。

 吉川和之さんは月兎舎という編集室を伊勢市で立ち上げた。季刊誌を20年間発行し、地元の存在にこだわり続けている。地元には地元の、その土地にはその土地の、その職業にはその職業の「選択と共存」があるという。さらに言えば、その人にはその人の役割があるという。吉川さんの話は常に立ち位置が明確である。「自分はこう考えている」というわけだ。彼が発行する地域の情報誌 『凪』の読者は、伊勢を発祥として三重県全域の書店所在地に拡大した。読者の存在する場所を“地元”という。書店がなくなったら私たちの役割も終わり。ここでも「選択と共存」だと言い切る。通巻100号まで後5年である。
 

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第262回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。