昨年11月3日、九州初の「U-16プログラミングコンテスト」が、高専祭でにぎわう久留米高専で開かれた。私は全国47都道府県での開催を目指して各地を行脚しているが、このU-16福岡大会の実行委員長としてご尽力いただいたのが、久留米高専の黒木祥光教授だ。8月に開催が決まり、短期間でそれを実現できたのは黒木先生をはじめ、地元関係者の熱意によるところが大きく、感謝に堪えない。そして、この高専プロコン上位常連校で、より若い世代を対象とした大会が開けたことは意義深いことと思う。(本紙主幹・奥田喜久男)

2020.1.24/BCN22世紀アカデミールームにて

先輩から後輩に伝え教える伝統が強さの秘密

奥田 お話を伺っていると、先生は学生を伸ばすことに生きがいを感じていらっしゃるように思います。

黒木 たしかに、学生が伸びていくのは自分にとってうれしいことですね。

奥田 育て方というか、原石の磨き方のようなものはあるのでしょうか。

黒木 勝手に育ってくれた感じです(笑)。ただ、優秀な学生でも若さゆえのちょっと幼い部分が残っていたりしますので、そうしたところを少しアドバイスするくらいですね。あとは「こういうコンテストがあるから出てみないか」というように機会を与えることが大事です。

奥田 高専プロコンの強豪であり続けることも、それと関連しているように感じます。

黒木 いまはプログラミングラボ部という部活動になっていますが、かつては興味のある学生が手を挙げてそうしたコンテストに出場する形をとっていました。ところが14~15年ほど前、「黒木先生が指導教官になって、高専プロコンに連れて行ってください」という学生が私のところへやって来たのをきっかけとして、プロコン愛好会を結成したんです。その学生はとても優秀で、出場した大会で3位に入ったのですが、継続的に強くなるためには後輩に教えていかなければならないと、愛好会を同好会に、同好会を部に昇格させるという組織化を一緒にやってくれたのです。

奥田 自分が教える立場にもならなくてはいけないと……。

黒木 そうですね。優秀な学生にも2パターンあって、一つは自分も優秀で人に教えるのもうまいタイプ、もう一つは優秀だけれども、教える相手に「どうしてできないの?」と言ってしまうタイプで、幸いなことにこの学生は前者だったんです。

奥田 それはよかった! 先輩から後輩に教え、伝える伝統ができたわけですね。

 私はIT業界を盛り上げ、その裾野を広げるために、高専プロコンや高校生プロコンにコミットしてきましたが、さらに下の世代にフォーカスすべきと思ったときに出会ったのが、U-16プロコンの「旭川モデル」でした。高専生や高校生が出場する小中学生にプログラミングを教える仕組みですが、その組織化と共通しているように思えます。

黒木 おっしゃる通りですね。その仕組みを継続していくことが大事だと思います。

教える人の熱意が若きエンジニアを育てていく

奥田 黒木先生には、九州初のU-16プロコンの開催のご尽力いただきました。

黒木 準備期間が短い中、なんとかうまくいったのは外部の方の協力があったからだと思います。数年前に久留米市のオープンデータ活用推進研究会が立ち上がり、私は高専からこの研究会に参加していたのですが、ここで横のつながりができたことが大きかったですね。市役所の方、久留米大学や久留米工業大学の先生、地場のIT企業の方(久留米ICT組合)、それにNPO(Code for Kurume)の方が参加していたのですが、私自身もメンバーであるCode for KurumeにU-16のことについて相談してみたのです。すると、それは面白いということで、このNPOが事務局を引き受けてくれました。

奥田 ありがたいことですね。

黒木 そうしたら、市長さんに話を通してくれたり、教育委員会の後援を取り付けてくれたりと、お膳立てを次々にしてくれて、一気にプロジェクトが動くようになったのです。とても、私一人ではできないことでした。

奥田 それはすばらしい! その久留米スタイルも参考にして、全国に広げていきたいですね。もちろん、高専の先生方はみなさん熱いので、高専組織との連携も不可欠と思っています。

黒木 数年前から高専プロコンの運営側の委員もしているのですが、たしかに高専の先生は何かあるとすぐ動いてくださる方が多いので、それは正解だと思いますね。

奥田 ところで、久留米はブリヂストンの企業城下町ですが、そうした企業とのつながりという点で何か気づかれることはありますか。

黒木 他の高専と異なり、久留米高専には生物応用化学科と材料システム工学科という物質系の学科が二つあることですね。建築や土木の学科がないにもかかわらず物質系が二つあるということは、ブリヂストンの影響とみて間違いないでしょう。そして「材料」を謳っている学科は、高専の中でも4校にしかないんです。これもその影響で設置されたもので、ゴム関係のつながりといえます。ブリヂストンのほかにも、ムーンスター(旧月星化成)やアサヒシューズも久留米に本社を置いていますから。

奥田 なるほど。そういうところに産学のつながりが現れるのですね。産学といえば、九州で初めてU-16を開催したこの久留米から地元IT企業に優秀なエンジニアが就職し、将来的には「プログラミングなら久留米」といわれるようなブランドが確立することを、私は夢見ているんです。

黒木 それはいいですね。ならば、次のU-16も頑張らないといけませんね。昨年の第1回は準備期間が少なかったため小規模なものでしたが、今年はもっと多くの皆さんに見ていただきたいと、市の中心のコンベンションセンターで開催しようという案も出ているんです。

奥田 それはますます楽しみです。ところで、今回の対談は子どもたちを教え育てる話が中心になりましたが、口で言うほど簡単なものではありませんよね。黒木先生は数多くの学生さんを育ててこられましたが、教えることそのものについて考えておられることはありますか。

黒木 昨年から徐々にプログラミングラボ部での指導や運営を若い先生に代わってもらっているのですが、そうしたことには、私がこれまで蓄積してきたノウハウや苦労してきた経験を伝える意図も含まれています。

奥田 後輩の先生に育てる力を伝え、共有すると。

黒木 そうですね。ちょっと精神論になってしまいますが、育てる力というものは、教える人に熱意があるかどうかで決まるのではないかと思います。経験的にわかるのですが、そうした仕事を頼んだとき、「いいですよ。やりましょう」とすぐに引き受けてくれる方とその仕事に及び腰の方とでは、やはりその後の結果は異なってきます。

奥田 なるほど。「人を育てる人」を育てることも忘れてはならないわけですね。

黒木 はい。難しいことですが、面白いですよ。

奥田 次代を担う子どもたちのためにも、これからもますますのご活躍を期待しています。

こぼれ話

 お酒のみのことを“呑んべい”という。酒をのむ時にはこちらの「呑む」という文字を使いたい。字の佇まいが素敵なのだ。酒呑みはちょっとした会話でわかるものだ。「あっ、この人、お酒好きだ」とうなずくことになる。その瞬間に、人恋しいというか、酒恋しいといいますか、「ちょっと行きますか」と声をかけたくなる。私は屋台の立ち呑み派なんだけど、黒木先生は居酒屋で腰を据えるタイプだ、と勝手に決めつけた。

 笑顔は人を惹きつける。黒木先生の笑顔は無邪気なのがいい。この笑顔で熱燗を差し出されたら、こちらは盃ではなく茶碗を手にしそうだ。「先生」という職業をこなすには笑顔がとても大事ではないかと思った。お会いした先生の多くがそうであるように、学生というか、要するに教え子について話をされる時には、独特の和かな笑顔を見せてもらうことになる。黒木先生は振り返る。「僕なんかより優秀な子は何人もいます。授業が終わってから、私の間違いを指摘した子がいました。それも一対一の場で言うんですよ」。この時の嬉しそうな表情は格別だった。

 対談を終えて数日して、現役料理人であるお父さん愛用の包丁の写真を送ってこられた。そうなんだ。これを見て黒木先生が“呑んべい”であることを確信した。先生の職場である学校は久留米市にある。住まいは福岡市だ。通勤時間はおよそ60分。「読書するには都合が良いんですよ」。毎日が早朝出勤という。それも朝6時台のようだ。そこで疑問が生じる。深酒をした時はどうなのだろうか、と。この問題については次回お会いした時に聞いてみよう。
 

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第254回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。