黒木先生が教鞭をとる高専(高等専門学校)は5年制の学校だ。2年制の専攻科もあるため、15歳から22歳までの学生が在籍していることになる。子どももいれば大人もいるという感じだろうか。その高専の学生たちと久留米大医学部がアプリの共同開発を行った。相手は本物の大人である。しかし、中心メンバーの3年生は物怖じすることなく、堂々と議論できたという。「まだ子どもであっても、技術的な背景があるから会話が成立する」と黒木先生は評する。技術という共通言語の力を感じる。(本紙主幹・奥田喜久男)

2020.1.24/BCN22世紀アカデミールームにて

数学好きの高校生が画像処理技術の研究者に

奥田 昨年の高専プロコン(都城大会)で、先生の久留米高専は惜しくも優勝を逃しました。

黒木 いいところまで戦ってくれたのですが、優勝したのが、今回三部門制覇の東京高専さんでしたから、ちょっと歯が立ちませんでしたね。

奥田 ところで、今日は先生ご自身について伺いたいのですが、もともと九州のご出身ですか。

黒木 はい。北九州市の出身で、大学は地元の九州工業大学に進みました。その九工大で博士課程までお世話になり、大学院修了後は鹿児島高専で教鞭をとりました。そこで5年間過ごした後、久留米高専の公募があり、福岡出身ということもあってこれに応募し、現在に至っています。

奥田 ということは、先生は九州から一歩も出ていないわけですね。

黒木 出ていないです(笑)。ただ、2012年にタイに4か月間滞在していたことがあります。高専機構が国際交流事業を行っており、その公募に手を挙げて行ったわけですが、当時お世話になったタイの先生とは、いまでも密にやり取りを続けています。

奥田 なるほど。ところで工学系に進まれたことには、どんなきっかけがあったのですか。

黒木 高校は普通科でしたが、数学の問題を解くのが好きで理系志望になったという感じですね。それで家から通える九工大で電子工学を専攻しました。

奥田 電子工学は、どんなイメージでとらえたらいいのですか。

黒木 高校のときは物理の授業で「原子核があって、電子があって……」というイメージだったのですが、大学に入って勉強してみると半導体や物性科学に世界に広がることがわかりました。卒業研究はニューラルネットワークで、そのあたりから情報系の学問や画像処理技術のほうに軸足を移してきた形ですね。

奥田 ニューラルネットワークですか。それが話題になったのは何年頃のことですか。

黒木 1986~87年あたりですね。

奥田 ということは、人工知能の第2次ブームのあたりですね。

黒木 そうですね。私が大学に入ったときに、九工大にも情報工学部ができて、徐々に情報分野の学問が広がっていく時期でした。

奥田 当時、もうコンピューターは研究の中で使われていたのですか。

黒木 本格的に使いだしたのは卒研の頃からですね。それまでは、演習で週に1回さわる程度でした。

奥田 当時はミニコンですか。

黒木 いいえ、NECのPC-9801です。まだフロッピーの時代でしたが、自分でプログラムを組んでそれを走らせるのが面白かった。それが、自分にとっての「情報」の始まりです。

研究を通じて優秀な学生を育てる

奥田 情報の面白さというのは、どんなところにあるのでしょうか。

黒木 理論がその通りに実現するということですね。つまり、数学がそのまま当てはまるわけです。たとえば、いまは画像処理の研究をしているのですが、数理モデルがあって、それをまず手計算で確認して、それをコンピューターにやらせてみて、そうすると予想していた画像ができると。このように、理論と実際にできたものが合致する点がすごく面白いですね。

 学生にこれをやらせると、数学の力もつくしプログラミングの力もつきます。教育効果は非常に高いですね。

奥田 先生は研究者であり、教育者でもあるわけですが、どちらのほうに比重を置いておられるのですか。

黒木 私は、研究を通して学生を育てるというスタンスです。研究の場では、学生に細部にわたって質問したり説明したりするのですが、わかっているつもりで実はわかっていないことがあり、そこを詰めていくことで学生自身もわかっていなかったことに気づくわけです。ですから、どちらかというと教育の比重が高く、学生のスキルアップのために研究を上手に使うという感じですね。

奥田 現在の研究テーマは?

黒木 数学の一分野に凸解析とか凸最適化というものがあるのですが、これを画像処理に当てはめるというテーマに取り組んでいます。

奥田 私たちにとっては難解な世界ですが、その研究のどんなところが楽しいのですか。

黒木 やはり、理論通りに答えが出てくるところです。たしかに、理論的に考える段階ではけっこうハードルが高いのですが、それが「あ、こういうふうに考えるんだ!」とわかったときにはすごく楽しいものなんです。学生も楽しんでくれていると思うのですが、そういう理解する楽しさとそれを画像などに応用したとき、きちんとそれなりの結果が出ることが面白いですね。

奥田 学生と一緒に研究テーマに取り組んで、わからないところはアドバイスしながら理解度を測ったり、導いていくというイメージですか。

黒木 そうですね。それに加え、高専は本科5年間、専攻科2年間と学ぶ期間が長いので、ある程度、上級生に下級生の指導を任せているんです。ときどき私が確認しに行って、もし下級生が理解していなかったら、上級生に対してちゃんと理解させなければいけないよと。もしかしたら、上級生である君たちもわかっていないんじゃないかといった話もします。

奥田 教えることで学ばせると。

黒木 そう! おっしゃる通りです。

奥田 それで先生は手を抜くと(笑)。上級生に下級生の指導をさせるという話は、ほかの高専の先生からもよく伺います。上級生には教え方を教えるのだと。

黒木 そうですね。高専の場合は専攻科まで含めると、学生は15歳から22歳までいますので、その幅広さが一つのメリットになっています。

奥田 専攻科を出ると大卒と同じ年齢ですが、そこで就職するということですか。

黒木 久留米高専の場合は、さらに大学院に進むケースがほとんどです。教え子の専攻科2年生が3人いるのですが、東大、阪大、早大の大学院に進むことが決まっています。

奥田 みなさん優秀ですね。

黒木 その先輩で京大や早大の先生をやっているOBもいます。学会には私より知名度の高い教え子もいるんですよ。

奥田 それはうれしいことですね。どうも黒木先生が、藤井聡太七段を育てた師匠の杉本八段のように見えてきました(笑)。 (つづく)
 

お父さまから譲り受けた刺身包丁

 黒木先生のお父さまは79歳にして現役の料理人。地元で日本料理屋を開いておられる。その血を引いた先生も料理が大好きで、お子さんや友人たちにしばしば振る舞うそうだ。新鮮で美味しい魚に事欠くことのない福岡で、秋から冬にかけて先生が毎週のようにつくるのが大好物の〆さば。もちろん、この刺身包丁の出番だ。この包丁を親から子へ、そして子から孫に引き継ぐことができたらと、黒木先生はうれしそうに話してくれた。
 

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第254回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。