アバターという言葉を覚えたのは、富士通Habitat(ハビタット)だった。マイクロソフトのWindows3.0が登場する前夜の1989年。富士通のパソコンFM TOWNS専用ソフトとして産声を上げたビジュアルチャットソフトだ。パソコン通信サービスのニフティーサーブに電話回線で接続して遊ぶことができた。

富士通が1989年にスタートさせた仮想社会のさきがけ
「富士通Habitat」

 パソコンと回線の向こうに展開する仮想の街を自分の分身である人間の画像、アバターとなって歩き、同じようにアクセスしているユーザーたちとの会話を楽しむことができた。電話回線を使ったサービスだったため、通信速度は2400bpsという今から思えば気が遠くなるほど遅かった。当然アバターの動きはぎこちなく、ユーザーは我慢強く耐えるしかなかった。

 時が経てインターネットが一般的になってきた03年、リンデンラボがスタートさせたセカンドライフは、同じように仮想空間でアバターを操るサービスだった。ハビタットと違ったのは、はるかに高速な通信環境とはるかに強力なサーバーやパソコンの処理能力を得て飛躍的に進化したことだ。仮想の街で土地を買ったり商売をしたりイベントを開催したりと、まさに現実の社会を反映したパラレルワールドとしての仮想空間で別の人生を送ることができた。

 目新しさとセカンドライフ内でのビジネスの可能性に注目が集まり、日本でも大ブームが起きた。現在でもサービスは継続しているが、当時ほどの勢いは影を潜め、話題に上ることも、すっかりなくなった。二つのサービスとも、あくまで現実の生活とは別の仮想空間を楽しむというもの。それはそれで楽しいが、あくまでもゲームの範囲を超えられない、エンターテインメントの一つとして消費された感が強い。
 
Second Lifeのウェブサイト


 そして今年。新型コロナ感染症拡大で、テレワークの波が押し寄せてきた。これまで物理的に集まって仕事を進めていたオフィス環境が突如、強制的に仮想環境に置き換えられたかのような出来事が起こった。日本コンピュータシステム販売店協会(JCSSA)が7月、日本を代表するIT業界の会員企業235社を対象に実施した調査によると、今回のコロナ禍で受けた影響として、マイナスの影響が多いとしたのが49.4%とほぼ半数を占めた。

 具体的な影響の内容は、「売り上げが下がっている」が56.0%と最多。次いで「社員間のコミュニケーションが取りにくい」が54.2%とこちらも半数を超えた。一方、「プラスとマイナスが半々程度」が40.4%、「プラスの影響が多い」も6.6%に上った。プラスの影響で最も多かったのが、「働き方改革が進展している」で78.3%という結果だった。働く環境という点では、働き方改革が進んだ一方でコミュニケーションが取りづらくなっている、ということだ。
 
コロナ禍の影響について、JCSSAが実施した調査結果

 実際のところ、コミュニケーションツールは充実している。携帯電話はいうに及ばず、メールもあればZoomのようなオンライン会議は誰でも使える。LINEのようなチャットツールも普及し、Slackのようなビジネスチャットも広がった。それでもなお、コミュニケーションが取りにくいという現実はある。

 オフィスでなら横を向いて話しかけるだけで済むのに対し、端末を取り出したりアドレスを打ち込んだり選んだりと、いくつもの余計なステップが存在するからだ。現在使っているツールを組み合わせ、余計なステップを省略でき、社員間で行われているコミュニケーションの本質を理解し、総合的に助けるツールには大きなニーズがあるだろう。

 机を並べて仕事をしていれば、同僚が集中して仕事をしているか、話しかけても大丈夫そうなのか、姿やしぐさを見ていれば、何となく分かる。行き詰まった仕事を前に思わず口をついて出た独り言に誰かが反応して、解決の糸口をつかむということもある。顔色を見て健康を気遣うことも大切なコミュニケーションだ。

 息抜きの雑談の中から、素晴らしい着想を得ることも珍しくない。人が集まっている状態が生み出す「場の力」のようなものは、オフィスにとって大切なものだ。
 
Virbelaのウェブサイト

 米Virbelaは、アバターの社員がバーチャルオフィスに「出勤」し、アバターが話し合い、会議に出席するという、前述のセカンドライフをほうふつとさせるサービスを提供している。米Walkabout Collaborativeが提供し、日本では日立ソリューションズが販売する仮想オフィス「Walkabout Workplace」は、人物をアイコンで示すが、やはり仮想オフィスを設定することで、リモートワークで不足しがちなコミュニケーションを補えるという。

 いちいち画面に人間のアバターが出てくるのは、少々うっとうしいと感じる向きもあるだろう。しかし、ゲームの舞台としての仮想空間、単に遊びとして歩き回る仮想空間から、現実のメリットを生み出すものへと、仮想空間の役割は広がりつつある。

 本質はコミュニケーションだから、いくつかのサービスの登場を経て、リモートワークでの標準的なコミュニケーションツールに収斂していくことになるだろう。その時は、現状のようなアバターが消えているかもしれないが、現状より気軽で簡単に離れた仲間といつでも馬鹿話ができるサービスの登場を願う。(BCN・道越一郎)