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人を育てるためには自分を変えていく努力が求められる―第117回(下)

和田 成史

和田 成史

オービックビジネスコンサルタント 代表取締役社長

構成・文/小林茂樹
撮影/津島隆雄

週刊BCN 2014年08月25日号 vol.1543掲載

 起業を目指す若い人たちは、画期的な製品やサービスを市場に投入しさえすれば、勝者になることができると思いがちだ。創業時に自分にしかできないこと、つくれないものをもつことは強みになる。ただし、それを永続させられるかどうかは定かではない。スタートアップに成功した企業を待ち受けているのは、組織づくりの壁であり、イノベーションを起こし続ける仕組みづくりの壁だということをオービックビジネスコンサルタント(OBC)の足跡から学ぶことができる。(本紙主幹・奥田喜久男) 【取材:2014.6.12/東京・新宿区西新宿のオービックビジネスコンサルタント本社にて】

2014.6.12/東京・新宿区西新宿のオービックビジネスコンサルタント本社にて
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第117回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

武島イズムの浸透でOBCのDNAづくり

奥田 和田さんにとって武島一鶴先生の教えが大きな力になったようですが、具体的にはどのような効果が現れたのですか。

和田 一日に200回「ありがとう」を口にするという教えを実践して自分を変えていくと、見える景色が変わってくるんです。まずは腹を立てることが少なくなって、いつも自然体でいられるようになる。そんな時期に新卒採用を始めました。その狙いは、OBCの企業文化を構築することにありました。

奥田 その武島イズムは、和田さんだけでなく、社員の皆さんの間にも浸透していったのでしょうね。

和田 はい。先生がお元気な頃は、毎年、新入社員研修と、グループリーダーとしての責任能力を身につけるため、30歳前後のメンバーを中心に「問題は我にあり」という当事者意識研修を行いました。

奥田 和田さんが武島先生にめぐり合ってから、OBCの文化が芽生えるまでに何年くらいかかりました?

和田 やはり、10年はかかりますね。ですから結果が出たのは97~98年頃、Windows 95が出て「奉行シリーズ」でOBCが急成長したとき、実は開発部門が標準化、規格化を徹底するため、この武島イズムを現場に取り入れたのです。ですから、今の奉行シリーズは武島イズムの結晶といえます。

奥田 大きな転機になったのですね。ところで、新人研修は、どんなかたちで行われているのですか。

和田 4月に入社した新入社員に対して、4月、5月、6月と、私が3回スピーチしています。最後の回には、武島先生の考えのエッセンスといえる『冒険の旅』という冊子とスティーブン・R・コヴィーの『7つの習慣』を渡しています。『冒険の旅』は、人間は意識して選択したことに責任を感じ、それを実行すると成長していくという本質を説いています。無意識の世界でなんとなく生きるのではなく、自分自身が気づき、意識の世界で生きることで自らを高めていくということですね。これは、いわば心の世界にいた人が心の中で感じた法則といえますが、『7つの習慣』は、ビジネスを実践してきた方がそのビジネスのなかで感じたことをまとめたものといえます。生前、武島先生に、『冒険の旅』と『7つの習慣』の背景は一緒ですねとたずねたことがあるのですが、まさにそうだとおっしゃいました。そこで新入社員には、『冒険の旅』を自分を変えるための指針として読み、その後に『7つの習慣』を読めば、それが本当に習慣化できると勧めています。それがいわばOBCのDNAづくりなのです。

奥田 武島先生が亡くなられた今、これからは和田さん自らが、伝道者となるわけですね。

和田 そうですね。それから「チームOBC」の発想も大事です。ものづくりはチームで行い、もしできない人がいたらチームで助けるということ。隣の席の人はライバルではなく仲間だということを強調しています。
 

本質を変えないことが成長につながっている

奥田 ところで、OBCのビジネスモデルには、ここまでどんな変化がありましたか。

和田 OBCのビジネスモデルは、会計・販売・給与・人事といった基幹業務のパッケージ、中堅・中小企業、マイクロソフトの技術、パートナー戦略、ブランド戦略という五つの要素にフォーカスするというものです。実はこのビジネスの仕組みは、創業以来一度も変えていません。これまで34年間変わらずにきて、そして、これからも変えるつもりはありません。

奥田 これからも変わらずということは、進歩がないということですか。

和田 いや、いや、そういうことではありませんよ(苦笑)。お客様のニーズやテクノロジーは変わります。とくにテクノロジーが変わるということは大きな要素です。それによってソフトウェアの品質が高まり、「勘定奉行」はどんどん成長し続けています。ですから、むしろ本質を変えないことが成長につながっているのです。

奥田 なるほど。

和田 テクノロジーは変化し、成長していくわけですから、ソフトウェアも一緒に変わって成長していくということです。

奥田 現在のマーケットを、和田さんはどのようにとらえておられますか。

和田 マーケットは、コンシューマとビジネスの大きく二つに分かれています。コンシューマに強いアップル、グーグル、アマゾンなどの間で激しい覇権争いが始まると思いますし、IBM、オラクル、マイクロソフトなどビジネスに強みをもつ企業の間でも同様のことが起こると思います。そのなかで、どこのテクノロジーがどう進んでいくのかという点に注目すべきですね。

奥田 OBCはどちらに軸足を置くのですか。

和田 当社の軸足はビジネスですね。コンシューマに近いビジネスとして、税法が関係する青色申告ソフトや個人会計ソフトがあります。これに類似するものとして家計簿ソフトがありますが、これは明らかにコンシューマ向け製品です。ですから、家計簿ソフトを手がけることはありませんが、青色申告ソフトはビジネスのジャンルととらえているので、今後は本格的に取り組んでいきます。

奥田 これまでの主要ターゲットである中堅・中小企業から、個人のスモールビジネスにまで広げるということですか。

和田 そうですね。個人事業主向けのクラウド会計ソフト「奉行J Personalベータ版」を9月末まで無料で提供しています。対応OSはWindows8.1で、従来の製品と大きく異なる点は、個人事業主向けの機能だけでなく、個人事業主の経営をサポートする会計士や税理士向けのメニューも備えて、クラウド上で両者がデータを共有できるようにしたことです。また、クラウドの強みを生かして、パソコンだけでなくタブレット端末からも利用できることはユーザーにとってのメリットだと思います。

奥田 ビジネスユースという原則は変えずに、テクノロジーの進化によってソフトウェアも進化させ、なおかつターゲットも広げていくというわけですね。これからもますますのご活躍、期待しております。

 

こぼれ話

 二人が会うと決まって出る話題がある。私にとって 『週刊BCN』の創刊号は、凝縮した格別な思い出が詰まっている。その紙面の1面ともなると、割り付けから記事までがモノトーンの写真として目の前に浮かんでくる。和田さんは、いつも満面の笑みを浮かべながら、「『週刊BCN』の創刊号の1面にOBCの展示会の記事が出たんですよね」と語ってくれる。あれから33年、お互いに風雪を乗り越えて、今のところは生き延びている。長い間には、調子のいいときと悪いときがやってくる。それも必ず交互にやってくる。武島一鶴先生の話は初めてお聞きした。「あの当時、奥田さんも心配してくださった」。そして、「その節はありがとうございました」と続く。そういえば、いつの頃からか、和田さんに会うといつも「ありがとうございます」と感謝される。ときには、こちらが謝意を示すべきところなのに、と思うこともあった。そうか、「ありがとう200回」を達成するためだったんだ。藍綬褒章の受賞、おめでとうございます。