世界初の完全自動化で LANケーブルの構造改革を果たす――第258回(上)

千人回峰(対談連載)

2020/05/15 00:00

若尾 和正

若尾 和正

ベガシステムズ 代表取締役

構成・文/浅井美江
撮影/笠間 直

週刊BCN 2020年5月18日付 vol.1825掲載

 【一宮市発】かつて、紡績・繊維産業の一大中心地だった愛知県一宮市。JRと名鉄が隣接する駅から、車で10分ほどの国道沿いに「ベガシステムズ」がある。社屋の入り口ではIT関係者なら思わず見入ってしまう往年の機器が来客を迎えてくれる。社内にはおびただしい数のケーブルが四方八方に伸びて束ねて絡んでいる。奥にある部屋はさまざまな機材に囲まれて、まるで実験室のようだ。若尾さんはここで誰もやろうとしなかったことに挑戦している。(本紙主幹・奥田喜久男)

4000万円の大失敗から、ケーブルひと筋の道へ

奥田 (幾多のケーブルがぶら下がる室内の天井を見上げて)この部屋、面白いけど、もうちょっときれいにしたら?

若尾 これで、きれいにしたんです(笑)。

奥田 そうでしたか。それは失礼(笑)。

若尾 今日は奥田会長に話したいことがあるんです。LANケーブルの構造改革とそれに伴う電源アダプターの撲滅。そして1分間動画。

奥田 三題噺みたいですね(笑)。LANケーブルといえば、若尾さんの十八番ですよね。

若尾 はい。私はずっと“電線屋”ですから。

奥田 LANケーブルに取り組まれたのはいつ頃からですか。

若尾 ケーブルに全力集中したのは30年くらい前ですか。“大失敗”がきっかけでした。

奥田 大失敗とは? 

若尾 もともとベガシステムズは、電気器具販売会社(電気店)の一部門として立ち上げ、その後法人化して現在に至っているんですが、1980年頃、電気器具販売の方が量販店に侵食され始めて、これは先がないなと……。

奥田 ずいぶん早い時期に気づかれましたね。

若尾 高校時代から電気系には興味があったので、当時のパソコン雑誌を手当たり次第に買って研究して、PC-8001を買ったんです。独学で顧客支援の営業巡回管理のプログラムを作って使っていたら、うちで扱っていたメーカーの本部長が「そのソフト、売ってくれ」と。

奥田 買う人が現れた。

若尾 それでプログラムは金になると気づいたわけです。売ったお金でまたパソコンやUNIXマシンを買って、UNIX、BASIC、Cでプログラムを書いてシステムを作って売って。会社の稼ぎ頭でしたね。

奥田 UNIXはどこのですか。NEC?

若尾 そうです。担当は速水さんという方で、NECの森永ビルにもよく行きましたね。

奥田 森永ビルとは懐かしい。ところで大失敗はどこで起きたのですか。

若尾 関西国際空港が開港した時のことです。NECの仕事でCADシステムを受注したのですが、最後のちょっとしたところで躓いて……。納期を守るために外注して、4000万円の借金を負いました。

奥田 うーん。4000万円は大きいですね。

若尾 当時、仕事も社員も増えて会社も大きくなっていましたが、人事管理の問題など、これは自分の能力を超えていると。速水さんにも相談したら、「UNIXは商売敵が山のようにいる。CADは花形だけれど、若尾さんの会社の規模では勝ち目がない。だったら、若尾さんはもともとやっている電線をやったほうがいい」と。

奥田 それでケーブルに舵を切った。

若尾 そうです。その時からケーブルネットワークの設計だけに全力集中しました。設計から施工まですべて独力で開発して、「若尾流」の設計を編み出しました。そうこうしているうちに、サンワサプライさんから中国で生産しているLANケーブルがうまく行かないので、工場の様子を見てきてくれませんか、とオファーがありまして。

奥田 それが今日、若尾さんが話したいことにつながるんですね。 

若尾 その通り。ところで、奥田さんはLANケーブルのつくり方をご存じですか。

奥田 知識としては知っていますが……、実際に見せてもらっていいですか。

若尾 いいですよ。(鮮やかな手付きで作業が始まる)ケーブルの被膜をカットして、4対8本の導線を出す。それを1本ずつバラバラにして、プラグに挿入してかしめる。これだけです。

過去の規格に囚われることなく新たな規格を打ち立てる

奥田 うまいねぇ。作業は単純だけど、かしめる力とかつくる人によってばらつきが出そうですね。

若尾 そうなんです。大した熟練度は必要ないんですが、ばらつきがあるため不具合が出てしまう。なので仕事を始めたばかりでも同じものがつくれるように、平準化をしたんです。でも、ここで私は大きな疑問を抱いたわけです。なぜ自動化しないのか、と。

奥田 えっ!? 自動化されていないんですか。

若尾 されていません。すべて手作業です。中国では工賃が安くて大量生産が可能なため労働集約型でつくっています。LANケーブルの99.9%が中国製で、日本をはじめ世界の市場がそれを購入しているのが現状です。

奥田 自動化を妨げる要因は?

若尾 例えば、プラグの形状。現場で使うプラグと工場で使うプラグがまったく同じなんです。そうしなければならない理由はありません。それぞれのプラグをつくればいいじゃないですか。

奥田 言われてみればそうですね。

若尾 先ほど見ていただいた4対8本の導線に使われている色も自動化の妨げです。センサーで識別するのが難しい。そして、最も大きな要因が現状の規格にひれ伏していたこと。

奥田 具体的に言うと……。

若尾 従来の規格に囚われていたということです。導線の色が識別しづらいのであれば、識別しやすいように色を変えてしまえばいいんです。

奥田 色を変える? だって規格で決まっているのでは?

若尾 そこです。日本人が一番弱いところ。かくいう私もずっと囚われていました。確かに今まで通り手作業で加工するのであれば、IEEE規格に従わないといけない。でもある日、ふと思いが至った。全自動化して、新たな規格をつくってしまえばいいんだと。

奥田 発想の逆転ですね。

若尾 そうです。新しい規格をデファクトにすればいい。だって誰もやっていないんですから。ただ、構造改革には莫大な費用が必要です。パテントを取得しただけではどうにもならない。しかも私個人では世界に向けて販売するのが難しい。

奥田 そこでサンワサプライと組んで。

若尾 はい。山田社長に構想を話したら「やりましょう、若尾さん。やればいい」と言ってくださった。それでフェーズ1から3という3ステップの計画書を出しました。フェーズ1はすでに製品化されていて、現在はフェーズ2から3の実現に向けて推進中です。

奥田 フェーズ1は売れているのですか。

若尾 おかげさまで。ものすごく高価ですが、精度の高さを認めていただいて売れています。LANケーブル内の導線は0.51ミリなんですが、サーバールームなどでたくさん必要になるため、どんどん細くなる傾向にあります。でも現在のつくり方だと、細番手になるほどかしめが安定しなくなるんです。

奥田 メンテナンスの時など心配ですねえ。

若尾 そこです。メンテナンスで一旦引き出して戻した時に、導線が切れたり半断線になってしまう。サーバーが壊れているのではないのに不具合が出る、でも誰もLANケーブルの断線に思いが至らない。かしめの不具合は大問題です。

奥田 こわいですねえ。

若尾 ですから私は何としてでも全自動化を実現したいんです。誰もやっていないLANケーブルの構造改革です。
(つづく)

ヴァル研究所創業者・故島村隆雄氏の
シャープペンシル

 若尾さんが師と仰ぐ島村さんの忘れ形見。島村さんからは「力むな、ワカオちゃん、力を抜け」とよく言われていたそうだ。筆圧が強く、すぐ芯を折っていた若尾さんだが、最近は折れなくなった。「ようやく肩の力が抜けてきたのかな」と笑う。※撮影も若尾さん
 

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第258回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

Profile

若尾 和正

(わかお かずまさ)
 1949年生まれ。岐阜県出身。親戚が経営するベガシステムズ社に入社。ネットワーク設計、ネットビジネスの提案を本業とする傍ら、技術系専門学校の講師やアメリカAMP社のLANスペシャリスト資格ACT I/II/IIIの正規教育機関として後進を育成。現在、自社で勉強会を開催し子育て中の母親を中心に動画クリエイターを養成中。毎週水曜日には、地域密着型ラジオ局「i‐wave」のサテライトスタジオでICTをテーマに歯に衣着せぬDJを務める。趣味はトレッキング、写真、音楽、料理など。料理の腕はプロ級で、ブログでキッチンツールやレシピの発信も。