現在までの道を着々と歩んでこられた大杉先生だが、高校に入る頃までは、落語家か漫才師になりたくて結構真剣に考えていたらしい。「まったく異なる道を選びましたね」と言ったら、「そうでもないんです」という答えが返ってきた。特別支援教育に携わる者の素地として「歌って踊れること」は必須だとか…。子どもたちを飽きさせないためのエンターテイメント力ということか。教育とお笑い、二つの道はつながっていたのかもしれない。(本紙主幹・奥田喜久男)

2020.3.3/皇學館大学 大杉教授研究室にて

eスポーツで、アニメの世界をリアルで実現したい

大杉 奥田さんにぜひ見ていただきたいものがあります。(モニターには横になっている女の子。次の瞬間、ドローンが室内を浮上、旋回した後、ビデオ撮影をしている人物の手のひらに向けて静かに着陸する)

奥田 おお。これはすごい。

大杉 操縦しているのは廣田琉花(るか)さん、福岡の小学校5年生です。生まれながら身体をほとんど動かすことができません。自発呼吸ができないので、人工呼吸器をつけておられます。

奥田 ドローンの操縦はどうやって?

大杉 わずかに動く指でスイッチを操作しています。

奥田 見事なものですね。これ、本人にとってすごく面白いでしょうねえ。

大杉 そう思います。自分自身の身体は動かないけれど、ドローンは自在に操れる。自分の代わりにドローンが動くんです。

奥田 ドローンの動きが実に正確でスムーズです。eスポーツの大会ができそうですね。

大杉 実はそれを今やろうとしています。「障がいのある子のeスポーツ」。視線入力装置などを使って文字を入力するだけでは子どもたちは飽きてしまう。やっぱり勉強だけじゃなくてゲームも、となったのがそもそもの動機でした。ゲームは特別に作ったものではなく、コンシューマ用です。

奥田 視線入力装置を用いれば、障がいのある子もない子も同じ土俵で戦えるということですね。

大杉 はい。ただ、片方が有利になりすぎないよう、きちんとルールを定める必要はありますが。

奥田 いいですねえ。でも、eスポーツ自体を認めないという学校が多いのが実際のところです。引きこもりの問題と重ねて捉える人も多い。僕はeスポーツをやっている子どもたちに会う機会がありますが、彼らはまったく引きこもりではない。何とか理解してもらえないですかね。

大杉 実は重度の障がいがあってコントローラーを視線入力で操作している子が、手で操作している子と対等に戦い、そして勝つことができたら、eスポーツの見方がちょっと変わるのではないかと。

奥田 あ、それはあるかもしれません。

大杉 対戦している強い相手が、実は重度の障がいがある子だったと後からわかるとか。

奥田 いいですねえ。ドラマがありますねえ。

大杉 そういうTVアニメがあるんです。「ソードアート・オンライン」。隔離病棟にいる寝たきりの子どもたちがゲームの中では達人という設定で。僕はこれをリアルでやりたいという思いがあります。

奥田 失礼な質問をしてもいいですか? 怒らないでくださいね。どうして障がいのある子どもたちのためにそんなにエネルギーをつぎ込めるのですか。

大杉 うーん。その質問は難しいですね…。(しばらく考えて)申し訳ない答えになりますが、私自身が楽しいから、でしょうか。

奥田 その楽しい部分はどこにあるのですか。

大杉 うまくできた時の達成感でしょうか。私の研究は応用行動分析の理論がベースなんですが、人にほめられるよりも自分でできた!と思うほうが賞賛としてはレベルが高いんです。

奥田 それはお隣のお子さんと遊んでいた5歳の頃にも味わっていらした?

大杉 いや、その頃にそんな思いはありませんでした。世の中にはいろんな子がいるんだなという程度の認識でした。ただ、障がいがあることが不幸だとも思っていませんでしたね。

奥田 やはり出会いは大きいということですね。

教育工学的見地におけるバイクとプログラミングの共通点

奥田 次はプログラミング教育についてうかがわせてください。先生は地元の伊勢で、小さい子どもたちにプログラミングを教える活動をしておられますね。

大杉 もともと、知的障がいのある子どもにプログラミングを教えたいという思いがあり、「Viscuit(ビスケット)」という日本独自のプログラミングツールを使ってやってみたら割とうまく行ったんです。キーボードを使わなくてもプログラミングの考え方は育てることができることがわかりました。

奥田 それが障がいのない子どもたちにも応用できる。

大杉 そうですね。従来のプログラミングの体験教室に、キーボードが打てない小さな子どもさんが来るとちょっと対応が難しいということで、その前段階が必要だね、と。

奥田 キーボードに行く前の動機づけというわけですね。この4月からは小学校でもプログラミングの授業が始まります。うまく行くでしょうか。

大杉 ガイドラインはできているので、それに沿っていけばひとまず実施はできるのではと思います。懸念される一つが通信環境。学校の場合、セキュリティの問題などからネットワークがかなり遮断されていて、YouTubeが見られないなど、いろいろな制約があるんです。

奥田 それは問題ですねえ。

大杉 一人一台のタブレットも、無線LANの接続環境によって同時にうまく作動するかどうか…。かつてわれわれも小学校で実践してみたところ、なかなかつながらなくて苦労したことがあります。

奥田 うーむ。ため息が出ます。

大杉 そうですね。ネットワークセキュリティを各年齢層のリテラシーに合わせてレベル別に構築するなど技術的にはクリアできても、制度や予算的に難しいことも多々ありますし。

奥田 授業の内容、通信の環境、既存制度の壁、乗り越えなければならない壁は多岐に渡るということですね。では最後に、先生の夢を教えていただけますか。

大杉 教える側としての夢は、育てた学生さんたちが学校現場でどんどん活躍してくれること。大学教員になって9年を過ぎるので、教え子たちが中堅の教師になってきています。現場でがんばっているのを聞くのはとてもうれしいですね。

奥田 個人の夢はどうですか。

大杉 大型の電動バイクに乗りたいです。電動スクーターは市販されていますが、ナナハンクラスはまだ発売されていないので。

奥田 現在のバイクで5台目でしたっけ。本当にお好きなんですね。

大杉 教育工学的なものづくりの視点から見ると、バイクは自動車に比べてメカがむき出しの部分が多いので、どうやって動いているかがわかりやすいんです。これはプログラムにも通じているんだと思います。

奥田 バイクとプログラムに共通点があるとは初めて聞きました(笑)。伊勢での子どもたちへのプログラミング教育については、何かお手伝いできることもあるかもしれません。その節はお声がけください。今日はありがとうございました。


こぼれ話

 大杉成喜教授の研究室は5階の一番奥にある。エレベーターを降りて、左右にある各教授の研究室を外から眺めながら歩く。ドアの中央がガラス窓になっていて、何となくその部屋の雰囲気が伝わってくる。どの大学の研究室棟も似たようなものだ。そのオーラから目当ての先生を嗅ぎ分けることになる。大杉研究室に到着した。ドアの脇に張り紙がある。『来室される学生の皆さんへ』。全文を紹介したいほどだ。

 「これは新入学生に向けたものです」と大杉先生。「社会人用かと思いましたよ」。要点をまとめる。1、ドアを3回ノックして「どうぞ」の返答を受けて入室する。2、要件を簡潔に述べる。3、最後にお礼をして退室する――以上だ。親元を離れた18歳の時にこの張り紙を見たら、まず緊張するだろう。でもありがたいアドバイスだ。生涯忘れないだろう。最後がふるっている。「学生の皆さんを暖かく、厳しく育てていきたいと思います」。この一文を読んでホッとした。私もこの張り紙で緊張したからだ。

 喋らないで“むっ” とした時の顔が怖い人がいる。大杉先生はこのタイプだ。取材の終盤で先生の携帯が鳴った。数歩、窓際に移動して電話応対が始まった。話す立ち姿が絵になっていたので、カメラを向けた。すると、サッと右手が胸まで伸びて「グッジョブ」サインだ。微笑みながらである。どうしたというのだ、このサービス精神は…。この直後から私のインタビューは打ち解けたものになった。「歌って踊れることが、教師の絶対必要条件です」と真顔でおっしゃる。今もって私はこのことに半信半疑だが、確かに垣根がなくなった。怖い風貌の方はぜひ、歌って踊る術を身につけてください。人間関係に得をしそうです。
 

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第256回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。