八島さんにお会いした日、国際宇宙ステーションに物資を運ぶ「こうのとり」を搭載したH2Bロケット8号機の打ち上げが成功した。当初9月11日の予定だったが、発射台の火災により延期になっていたのがこの日になったのだ。宇宙のご縁というべきか。八島さん曰く、ロケットの良し悪しは「時間通りに打ち上げられること」で決まるという。八島さんとの話は熱を帯び、時間通りには終わらなかったが、取材はそれもまた良しである。(本紙主幹・奥田喜久男)

2019.9.25/SEKAI CAFE 押上店にて

東工大の異端児として自分ができること

奥田  東工大ではロケットサークルのリーダーを務め、大学院に進んで修士を取得された八島さんが、今の道を選んだことについてもう一度聞かせてください。僕としては、やっぱりどうもつながらなくて。

八島 そうですか(笑)。実は僕、東工大のAO入試(高校の成績や小論文、面接などで人物を評価する選抜制度)の第1期生なんですが、そもそもAO入試が実施された時点で、東工大がそれまでの東工大生とは違う人材、いわば異端児を求めているんだなということは予想がついていたんです。

奥田  ほう。入学してみてどうでしたか。

八島 「あ、やっぱり」でした。同期も先輩も含めて、僕はたぶん、この子たちとは同じ土俵には立てないかなと。一方、ロケットサークルや学会の運営に関わって感じたのが、彼らはすごく力を持っているのに、それがうまくアウトプットできていないということでした。

奥田  それは社会に対するアウトプットですか。

八島 そうです。彼らがやりたいことや仕事、人間関係に適応できているかというと決してそうとは言えないのではないか。せっかく高い能力があるんだから、うまくアレンジできればもっと力が発揮できるのに非常にもったいないな、と。

奥田  なるほど。

八島 同時に、東工大もそうですが、学生でロケットサークルに所属している人は多いのに、実際に宇宙関係に就職していく人はほんの一握り。みんな行きたいのに非常に狭き門なんです。こういう言い方はナンですが、僕はそれも気に入りませんでした。それで思ったのは、東工大の異端児である僕ができる道はそこじゃないかと。宇宙に関わる子たちの教育をしっかり行い、マネジメントすることだなと、3年生くらいのときから思い始めていました。

奥田  なるほど。それが今の会社のあり方につながるんですね。では、現実的な話をします。今、社長として会社からいくらもらっていますか。

八島 月に15万円くらいです。

奥田  それだけで生活を?

八島 ほかにも仕事をしているので、合わせると20万円を超える月もあるかな。

奥田  もうちょっとあってもいいんじゃない。

八島 そうですね。従業員だったら「もっとくれよ」となりますけど、自分で収支を見ているので「今、自分に30万円払ったら会社つぶれるな。それはまずい」って(笑)

奥田  ということは、あなたにとって宇宙は所得を得る土壌というわけでもなさそうですね。

八島 うちはよくあるCGのロケットだけ見せて「すごいでしょ。だからお金ください」というスタートアップベンチャーではありません。自社株を売って資金調達はしませんし、実証もせずお金だけを集めることもしたくない。

奥田  僕の周りには、紙1枚出せば数億円というような話をしている若い人がたくさんいますよ。

八島 僕の世代にもいます。すでに株で一生困らないという人も何人かいるし、それを目指す人も結構います。

奥田  でも、株式会社うちゅうはそうではない。

八島 うちはあくまでちゃんと事業をやって、「子どもたちとこういう関係を築いたら、こんなことが分かりました。それをこんな形にしてフィードバックするという事業があるので買ってください」と伝えて利益を得る。そこがビジネスのベースです。

宇宙産業の裾野拡大を狙い小学生から知識習得を始める

奥田  株式会社うちゅうの今の目標はなんですか。

八島 端的にいうと、日本の宇宙産業を大きくすること。市場を大きくすることです。

奥田  宇宙に関する裾野を広げる。

八島 その通りです。とにかく宇宙に関する業界を大きくしたい。うちが小学生を対象としているのもそのためです。その年代から宇宙に関する知識や理解を深めて、宇宙に関わってもらって市場を大きくしていきたい。

奥田  まずは母集団を形成する。

八島 はい。宇宙をやりたい子が増えれば、業界自体が大きくなって働き口も増えるし後押しもしてもらえる。そうすれば、先に話した東工大生がうまくマッチしていないところも何とかなるのかなと。

奥田  今ある母集団では足りませんか。

八島 日本の宇宙に対する取り組みはまだまだなんです。米国ではジョン・F・ケネディ大統領の時代から宇宙に取り組んでいますが、日本は理科学系の教育は手間がかかることもあってあまりやっていない。

奥田  八島さんたちはそこをやるんですね。

八島 そうです。例えば、小学校のときにうちの会社の宇宙教室に入って、中学生でプロジェクトベースラーニングやって、大学で競技会に参加した後に、宇宙に関連する会社に就職したり、ベンチャー企業を起こしたりということが全部うちの中でやれるようになる、そういう大きな流れをつくりたい。将来的にパイは確実に小さくなりますから、今そこをうまくやっていけると、宇宙をやりたい子たちのキャリアパスとして分かりやすいのではないかと。

奥田  そのキャリアパスは、いつ頃有効になりますか。

八島 宇宙というフィールドが認知される時代はすぐそこにきています。ユーラシア大陸、アメリカ大陸、宇宙というような。最終的な大陸の一つみたいな感覚で。

奥田  どのくらいのスパンですか。

八島 10年くらいでしょうか。少なくとも一般の人がちょこちょこ行くくらいにはなると思います。

奥田  すぐそこですね。先ほど、単なるCGベンチャーではないとおっしゃいましたが、事業を続けていくためには資金が必要ですよね。

八島 確かに。僕自身は大金持ちになりたいとかの願望はありませんが、やりたいことを実現するためにお金は必要です。そして最近、日本とか世界とか高い視座の反面、自分の人生設計はどうなのかと。親になったときのことを考えると、今の所得のままでいいのかということも考えるようになりました。

奥田  なるほど、単なるロマンではないですね。設計図はしっかりしている。最後にうかがいましょう。八島さんはどうしてそんな宇宙が好きなのか。

八島 うーん。なんでしょうね。分からないことが多いから、でしょうか。僕らの年代だと、お金の制度にしても生活様式にしてもだいたい何でも整っていて、整っていないのは深海か宇宙かなと。なので宇宙を選択すれば、自分で独自に創り上げることができ、コントロールできるフィールドがある。だからそこに行きたい、というところでしょうか。

奥田  今、おいくつでしたっけ。

八島 今度26歳になります。

奥田  じゃあ、何か不測の事態がない限り当分生きていきますね。あなたに大きな変化が、進化かな、訪れたときにまた話が聞きたいです。僕が生きていたらだけど(笑)。今日はありがとうございました。

こぼれ話

 この人はどこへ行こうとしているのだろうか――。八島京平さんとの出会いは予定していたわけではない。PCメーカー・VAIOの広報担当の方と同行してこられた。初対面なので名刺を交換する。「うちゅう」と書いてある。何だろうと興味が湧く。風貌は学生さんだからなおさらだ。最初は気負った様子だった。初めての顔合わせだから、それもそうだろう。出で立ち、年齢、会社名からは評価の置き所がない。「東工大を出ました」。「宇宙をやっていました」。ここまで聞いて、人となりの座標が定まった。これが出会いだ。

 ではどこに行こうとしているのか。それを知るには、まず今どこにいて何をしているのか、である。会うことになった。BCN編集部のある内神田からタクシーに乗った。指定の住所に向けて走ってもらった。走るほどにスカイツリーが大きくそびえてくる。「ほぅ、こんなに大きなタワーなんだ」と今さらながらに感心しながら目的地に着く。タクシーを降りて近辺をうろつくが、指定のビルが見つからない。そうこうするうちに、場所探しに長けた編集クルーと合流。「あっ、ここじゃない?」。「でも、この郵便受けに引っかかっている子どもの靴。これはなんだろう。それも片方よ」。

 「うちゅう」は託児所のあるビルの3階にあった。物置と化している。聞けば、オフィスは自分のいる所が場所、といった感じだ。それはそれで今様ではある。場所は特定できた。次は何をしているのか。この部分は本文に譲るとして、ではどこへ行こうとしているのか、である。その前に自問しておくことがある。20代の頃、「自分はどこへ行こうとしていたのか」。私にはそれがなかった。電波新聞社に入社したのも、記者になったのも、自分で選んだわけではない。選んでもらった道に踏み入れたのは確かに自分だが。八島さんは自らが歩く道を選んでいる。10年後に会ってみたいと思った。会おうと約束した。
 

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第247回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。