「ウイルスの声を聞く」ほどに没頭 社長業との両立に心を砕く――第246回(下)

千人回峰(対談連載)

2019/11/15 00:00

赤畑 渉

赤畑 渉

VLP Therapeutics Founder&CEO

構成・文/南雲亮平
撮影/松嶋優子

週刊BCN 2019年11月18日付 vol.1801掲載

 「ウイルスの声を聞いた」と話す赤畑さん。思いついたアイデアを仲間に話したら、「そんなのできるわけない」とはねつけられたそうだ。しかし、自分を信じて実行してみたら、大成功。私にも自分の中に別の誰かを置いて対話した結果、仕事が飛躍的に好転した経験があるのを思い出した。一方で、赤畑さんは「運に頼って生きている」とおどける。ウイルスの声を聞くほど集中している人が、運だけで成功するはずがない。まだまだ成長したいと願う目線からは、底知れない深さがうかがえた。(本紙主幹・奥田喜久男)

2019.8.6/BCN22世紀アカデミールームにて

ウイルスとの対話によって理論と感覚が仕事を飛躍させる

奥田 一度、うかがってみたかったのですが、ウイルスはなぜ存在するのでしょうか。

赤畑 長くなるので大ざっぱに言いますと、ウイルスは人間の中から出てきたとも言われています。

奥田 人類の敵というわけではないのですか。

赤畑 ウイルスは、人間の遺伝子におもしろい変化を与えることがあります。その意味では、共存・共栄しているものも多いんですよ。

奥田 意外ですね。でも、ウイルスを成敗するワクチンは、ウイルスにとって敵になりますよね?

赤畑 ウイルスが「自らを増殖したい」という願望を持っていたら、短期的にみるとワクチンは敵かもしれません。ただ、人間が全滅するとウイルスも増殖できなくなるので、強い毒性で人間を殺してしまうより、弱毒化し人間を殺さずにウイルス自身も増やしていく戦略のほうがいいですよね。その進化には何十年、何百年とかかります。その間、人が死んでいくのを指をくわえて見ているわけにはいかない。そのためにワクチンがあるんです。

奥田 ウイルスにしても、人間を殺さずに、自分を増やせるほうがいいと?

赤畑 そのように進化していくほうが賢いかもしれません。

奥田 バランスをとって循環しているんだ。ウイルスもやみくもに進化するのではなく、どこかで調整しているのかもしれませんね。

赤畑 空想の話みたいになってしまいますが、農家の人が「稲の声が聞こえる」なんて、言うことがあるじゃないですか。

奥田 語りかける、とか聞いたことがあります。

赤畑 ワクチンを作るとき、僕たちはウイルスの形をした空粒子のVLP(=ウイルス様粒子)で作ります。でも、ウイルスは遺伝子が入った状態で安定しているので、遺伝子を取り除いて空にするのは不自然で難しい。VLPを開発している当時、VLPを作ることができればいいワクチンになるのは明らかでしたが、普通の方法ではできませんでした。苦心しているなか、あるときなぜかアイデアが浮かんで、実践してうまくいったんです。

奥田 何があったんでしょうか。

赤畑 「こうやったらできるんじゃないの?」と、ウイルスが言ってくれたような気がしました。作り話っぽいですが。そう思えるほど、突然、思いついたんですよ。みんなに言っても「そんな方法で、できるワケがない」と言われたのですが、僕はできると思ったからやった。すると本当にできた。

奥田 お互いがささやき合ったんだ……。

赤畑 湯川秀樹博士が晩年に好きだった“知魚楽”という、同じような話があります。夏の暑い日に川をスイスイ泳ぐ魚をみて、荘子は「楽しそう」と表現しました。ところが、恵子は「私はあなたでないから、あなたの心は分からない。あなたも魚でないのだから、魚が楽しんでいるかどうか、なんて分かるはずない」と言うんです。そこで、荘子は「あなたは、私には魚の気持ちが分からないと、私の気持ちを分かったうえで話したのだろう。だから、私も魚を見て楽しそうだと分かったのだ」と返しました。

 この話から、サイエンスを先に進めるには理論と感覚の二つの方向からのアプローチが必要なんだと感じました。また、相手や物の立場になってその気持ちを想像することもできると言っているような気もします。

奥田 自分の中での対話を通して、仕事することで何かを生むわけですね。

赤畑 理論だけじゃない、ということですね。ときには閃きも重要になると。そう考えれば、ウイルスの声が聞こえることもあるかもしれません。

 ちなみに、知魚楽の話は私も好きなので、社名にしようと思ったら、「そんな意味の分からない名前はやめてくれ」と言われました。

奥田 それは残念です(笑)

会社のファンは社長のファン運だけでは事業継続できない

奥田 赤畑さんの研究はワクチンの世界を大きく変える力をもっているとうかがっています。ノーベル賞とかは視野に入れておられますか。

赤畑 狙ってはいませんが、会社を経営するようになって、応援してくれる人を増やすというのは社長の仕事なのかもしれないと考えるようになりました。

奥田 それに尽きるのではないでしょうか。だからこそ、露出は多いほうがいいと思っています。

赤畑 露出といえば、ワクチンは一つ作っただけでもインパクトがすごいんです。例えば、マラリアワクチンは世界人口の半分が必要としています。その人たちの生活が少しでも楽になれば、理想的ですよね。それだけでなく、この規模になれば社会貢献にもビジネスにもつながります。

奥田 とんでもない規模ですね。

赤畑 ただ、ワクチンを作るには資金も時間も必要なので、スポンサーが欠かせない。そして、募るためにはファンを増やさないといけません。

奥田 そういった意味では、文部科学省科学技術政策研究所の「ナイスステップな研究者」に選ばれたのは良かったですね。知名度アップにつながります。

赤畑 本当にありがたいです。日本の官僚の誰かが私を推してくださったんです。心当たりはあるのですが……。

奥田 見えないところで、見えない人たちが押し上げてくれているのを感じている、と。

赤畑 感謝はしていますが、ときどき「なんでだろう」って考えます。先祖の行いが良かったんでしょうか。運に頼って生きているようなものなので。

奥田 私もそうします。運に頼ると道が開けるんですよね(笑)

赤畑 運だけに頼らないためにも、人間的マチュアになりたいと思っています。

奥田 赤畑さんにとっての人間的マチュアとはどのようなものでしょうか。

赤畑 今は会社を伸ばしていくためにも、人を育てることができるようになりたいです。奥田さんはどのように考えておられますか。

奥田 私は人間的マチュアには段階があると思っています。年齢を重ねるごとに読む本や聴く音楽も変わりますよね。

赤畑 いつまで成長を続けるのでしょうか。

奥田 死ぬまで成長ですね。考え続ける限り、成長するでしょう。私も、知人がアルツハイマーにかかったので、人の尊厳について考えています。

赤畑 ちょうど今、アルツハイマーの治療法を研究しています。全員を救えるかどうかは分かりませんが、一人でも二人でも助けることができれば幸せだと思っています。

奥田 それは朗報だ。私がアルツハイマーになる前までに完成させてくださいね(笑)

赤畑 ぜひサポーターになってください(笑)!
 

こぼれ話

 「2位は2位の努力でしかなかった」。女子ソフトボールの上野由岐子さんのこの言葉に感動して試合を見に行ったことがある。場所は西武球場。女子ソフトのバッテリーの距離は意外に近いな、と思っていたら、試合が始まってピッチャーが投げる球のあまりの速さに恐怖心すら湧いた。これは尋常なスポーツではないと思った。

 上野さんが投げる女子ソフトのチームは2006年、北京で開かれた世界選手権で優勝を逃した。準決勝で勝ったアメリカに決勝戦で負けたのだ。「2位は2位の努力でしかなかった」のだ。2年後の北京オリンピックでは雪辱を果たして金メダル。真実のドラマに放心するほど酔いしれた。自分を制御する自分をどのようにして制御したのだろうか。それ以来、“自分の制御”について考え続けていた。

 今回、千人回峰に登場していただいた赤畑渉さんは、気負うことなく、「嘘のように思われるでしょうが、ウイルスの声を聞いたんです」と自分の体験を語る。聞いた実験手順を周りの人は不可能だと言ったけれども、その通り試したらできました、と。これだと思った。自分の制御とは、実は異次元でのささやきが聞こえるまでの集中力によって導かれる努力の結晶なのだ、と思った。2位から1位へ。「ウイルスと人は共存しているんです。もしウイルスに生きたいという意思があったら、共存の道を選びますよね。人が死んだらウイルスも死ぬわけですから…」。やはり赤畑さんはウイルスと会話しているに違いない。

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第246回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

Profile

赤畑 渉

(あかはた わたる)
 1973年、広島県生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。97年、京都大学大学院人間環境学研究科入学。速水正憲教授のもとHIVワクチンの開発に携わる。2002年、同大大学院で博士号取得。同年、National Institutes of Health(国立衛生研究所)入所。09年から「VLP(ウイルスの形をした空粒子)」を使ったチクングンヤ熱のワクチン開発チームを総括。12年、VLPを使ってさまざまな病の新薬を開発するために、VLP Therapeutics(VLPセラピューティクス)を創設してCEOに就任した。