IT企業の経営者の中ではどちらかというと硬派なイメージだ。物事をグイグイと推進していくタイプに見える荻原さんだが、42歳で豆蔵を設立したときは「起業」という意識はなかったという。それは「何としてもやろうと思うことはあまり成功せず、何となくやっていることが成功するタイプ」だから、気合いをあまり入れないようにし、“時の流れに身をまかせる”タイプだとか。ちょっと意外だ。でも、自分の信念への批判はまったく気にしないと、力強く語る表情に、“らしさ”を感じてなぜか安堵した。(本紙主幹・奥田喜久男)

2019.6.7/東京都新宿区の豆蔵ホールディングス本社にて

DX、人材育成、国際化……IT業界でやるべきことは山積

奥田 コンピュータソフトウェア協会(CSAJ)の会長に就任されて5年ですが、会長になられた当時と今とでは何か大きな変化はありますか。

荻原 CSAJの会長を引き受けた後、日本IT団体連盟(IT連)の設立にも奔走し、発足から3年になります。CSAJの行政とのパイプは経済産業省のみだったのですが、IT連ができたことで各省庁と連携が取れるようになりました。その中でCSAJが中核的な役割を担うため、やらなければいけないことがたくさん見えてきたというのが一つの大きな変化ですね。

奥田 やらなければいけないことを三つ挙げていただけますか。

荻原 まずは、データの整理です。官も民もデータをやり取りする、売買するといっていますが、いまはデータとデータをつなげて新しいものがつくれる状態になっていません。それを整理しモデル化することによって、データとデータを自動的に結びつけ、新しい市場をつくることができる。そのために、各自が自分の会社のシステムを見直して、データの持ち方を変えましょうということです。「2025年の崖」という話がありますが、そこをまず変えないと、日本企業の大きな損失につながる。

奥田 デジタルトランスフォーメーション(DX)の問題ですね。二つめは?

荻原 人材育成です。いま、日本でエンジニアが81万人足りないといわれていますが、今後もずっとエンジニア不足が続くはずなんですよ。各企業では、予算や実績が1年ごとに刻まれますが、業界全体で見たら、この国の10年、20年先を見据えなければいけません。つまり、優秀な子どもたちがこの業界に入ってくるような仕組みをつくる必要があります。そのために、全国のエンジニアに先生になっていただいて、各地の小中学校で教えたり、この業界のすばらしさを伝えていくことが重要だと思います。

奥田 私も大賛成ですね。

荻原 三つめは、国際化戦略。日本のIT業界では輸出がほとんどないわけですが、日本製品の品質は高く、開発能力もとても高いのです。

 先日、中国に行ってきたのですが、北京市だけでエンジニアが180万人足りず、これまでに培ってきた技術が通用しない新技術が出てきたことで、リカレント教育(社会人の学び直し)が非常に重要になっている。中国も日本と同じ問題を抱えているわけです。世界中に同じような課題があるなら、人材育成や教育についてグローバルな形で取り組み、それと同時に日本製品を世界に展開していくべきだと思っています。

奥田 荻原さんの描く国際化は、どんなイメージですか。

荻原 日本が、世界の中でどのように生き残るかということですね。今後10年、20年の間に産業のあり方が変わってきます。そのときに、日本が何をもって勝てるかというところにフォーカスし、全体を見通せる羅針盤によって動かしていかないといけません。おそらく、場当たり的に個別に動いているだけでは、全部やられてしまうのではないかと思いますね。

奥田 何をもって勝てるかの「何」は?

荻原 製造業における組み込み制御系の仕組みです。エンタープライズ系やアプリでは負けてしまう部分があると思いますが、この部分だけは絶対に負けないと思います。

IT業界も世界中でインフラづくりを

奥田 世界の中で、日本のITを埋没させてはいけない、と。

荻原 そうですね。私の国際化の考えには、日本の技術をもっと普及させたいという思いがあるんです。けれど、日本は国内市場だけでもそこそこ大きいため、つい輸出という二文字を忘れてしまいます。輸出ではなく、海外企業を買収するIT企業は少なくありませんが、それが本当の国際化、グローバル化につながるかどうかは疑問です。そうではなく、例えば、これから伸びていく国の子どもたちを育成して、自分たちがそこに会社を興して、IT産業を振興させるようなこともやっていかなければいけないと思いますね。

奥田 同感です。

荻原 いま、日本の建設業の人たちは世界中に出かけて、あちこちで橋をつくったり水道を引いたりしているじゃないですか。ああいうインフラづくりをIT業界もできるようにならないといけない。

奥田 なるほど、とても分かりやすいですね。

荻原 つまり、IT業界がトータルで何かを提供するということですね。通信・ネットワークインフラを含めて、ハードウェア、ソフトウェアをつくる技術も教え、さまざまな国でITインフラを整備していく。そういうことを提供できたら、日本のIT業界のステータスも上がっていくだろうと思います。

奥田 ところで、組み込み制御以外の技術で日本が勝てるものはないのですか。

荻原 今年4月に私たちはROBON(ロボン)という会社を立ち上げました。いま非常にもてはやされているRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション=ロボットによる業務自動化)の先のテクノロジーを、この会社で実現し、世界に通用させようとしています。

奥田 具体的には、どんな技術なのですか。

荻原 RPAは、ソフトウェアが人間に代わってパソコンを処理するだけなんですよ。私たちがやろうとしているのは、Aというアプリの裏にあるデータと、Bというアプリの裏にあるデータを一瞬で結びつけて、新しいサービスを提供するロボットをつくることです。オートメーション アズ ア サービス(AaaS)という新しい世界です。

奥田 製品化の予定は?

荻原 第一弾は、今年12月にリリースする予定の法人税申告業務の自動化サービスです。経理マンや税理士は、決算期の業務量が多く、ものすごく疲弊していますよね。ところがよくよく考えてみると、毎年同じルーティン、つまり会計データを取り出して、必要な形に加工し、それを税務のパッケージに流しているだけなのです。人間が繰り返し行うことは必ずロボットにもできるので、その作業をロボットの中でやってしまえば、決算は一瞬にして完了するわけです。

奥田 なるほど。

荻原 いま、どの会計事務所や監査法人でも非常に人材が足りない状況です。このサービスによる省力化は、専門家の仕事を奪うのではなく、より専門性を発揮するための時間を生み出します。ロボットができる作業に忙殺されるより、例えば、元データが正しいかどうかのチェックに時間をかけたほうが、業務の質が高まるわけですから。
(つづく)

 

お母さまの最期の日を撮影したデジカメ

 豆蔵がマザーズに上場した翌年、荻原さんは母親の絹子さんに誕生日プレゼントとしてこのデジカメを贈った。ところがその1週間後、趣味の詩吟の大会に出場した当日の晩、突然、お母さまは彼岸に旅立たれたそうだ。

 今回の『千人回峰』の取材の日、荻原さんは十数年ぶりにその最期の画像を感慨深げに目にされた。
 
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第241回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
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