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難聴に悩む人の“最後の砦”に 「オトクリニック東京」が目指す最先端の補聴器診療とは?

インタビュー

2022/03/15 17:30

 聴覚に悩みをもつ人にとって補聴器は非常に有効な医療機器だが、一度は試したものの現在は使用していない、あるいは使用することがためらわれるという人が多いのも事実だ。実はこれは日本特有の問題。日本は先進国のなかでも特に補聴器装用率が低いのだが、使用者の満足度という観点からみても、きわめて低い水準にとどまっている。

しかし、昨今はこうした問題を解消するための取り組みも進められている。たとえば、補聴器は先端テクノロジーで画期的な進化を遂げており、性能はもちろんユーザーが補聴器を使いやすくするための機能を搭載したモデルも登場している。また、聴覚診療でも補聴器の満足度を高めるための従来とは異なる新しいアプローチが行われている。今回は補聴器診療の第一人者である新田清一先生と、2021年10月に東京・渋谷区に「オトクリニック東京」を開設した小川郁院長に話を聞いた。
 
2021年10月に聴覚ケアに特化したクリニックとして開設された「オトクリニック東京」

販売方法に問題あり 正しい使い方が浸透していない補聴器

 新田清一先生は長年にわたって済生会宇都宮病院の耳鼻咽喉科で耳鳴りに悩む患者に向き合い、今では補聴器診療の第一人者と呼ばれている。新田先生が耳鳴りの診療を始めた当時、耳鳴りは原因のはっきりしない難しい病気だった。有効な治療法もほとんどなかったが、日々試行錯誤するなかでブレイクスルーのきっかけをつかんだ。それが補聴器の装用だ。

 「耳鳴りは耳から入ってきた音を電気信号に変える蝸牛の機能が低下することに原因がある。電気信号が少なくなった分を脳がなんとか補おうと電気信号を増幅する。その結果、発生するのが耳鳴りだと考えられる」。つまり耳鳴りは“耳”ではなく“脳”が引き起こしている問題ということだ。こうした症状に対して補聴器は脳に送る電気信号を補う役割を果たす。すると、脳が正常に近い状態になり、耳鳴りの抑制につながるという。
 
済生会宇都宮病院の耳鼻咽喉科で最先端の補聴器診療を行っている新田清一先生

 では、これだけ難聴に有効な補聴器がなぜ日本市場では普及していないのか。新田先生によると、その大きな要因は“販売方法”にあるそうだ。「欧米は国家資格者のみに販売が許されているが、日本では資格は必要ない。つまり医療機器として適切に販売されていないケースがあり、それが問題だ」。

 補聴器を購入するだけなら、日本は専門店だけでなく、メガネ販売店や家電量販店、ネットショップなど、さまざまな選択肢がある。しかし、これらの販路の一部では聴覚の専門家の手を介さないケースもみられるという。つまり、補聴器は“売るための商品”として扱われているのだ。「補聴器をメガネのように装用すればすぐに問題を解決してくれるものと誤解している方は多い。本来はユーザーの状態にあわせて細かく調整を行い、時間をかけて慣らしていく必要がある」と新田先生は指摘する。
 
先端テクノロジーによって近年の補聴器は高性能化している。
ただ正しい理解のもとで販売されていないため、多くの難聴者が性能を生かし切れていない

 補聴器の調整は誰でも簡単にできるものではない。専門の知識や技術が要求され、それゆえに欧米では公的資格制度が導入されており、医師による診断を行ってから有資格者であるオーディオロジストや補聴器音響技師などの補聴器専門家のみが販売できる仕組みを採用しているわけだ。日本でも同様の仕組みを取り入れることができればよいのだが、国内の公的資格である言語聴覚士の資格をもつ人は少数で、補聴器を正しく調整するスキルをもつ人となると、さらに限定される。

 新田先生の指摘にあった「時間をかけて慣らしていく必要がある」というのも重要なポイントだ。補聴器を正しく使用するには脳に送る電気信号をしっかり増幅しなければならない。しかし、装用してすぐは今まで届いていなかった音が急に届くため、非常にうるさく感じるという。これは脳が“聞こえにくい状態”に慣れてしまっているからで、聞こえていたときの脳の状態に戻すには、「うるさい」状態を乗りこえなければならない。

 補聴器が“売るための商品”として扱われていることも問題を複雑化させている。販売店によっては、ユーザーがうるさく感じて購入を見送ることがないように音の増幅を抑えた状態で販売するケースもあるようだ。これは一見ユーザー思いのようで、実際は補聴器の性能が生かせない状態にしている。「補聴器を使っても聞こえるようにならない」という不満の原因はこうした購入時の誤った認識にもある。

 では、正しく補聴器を使用するためにはどうすればよいのか。新田先生が実践しているのが「宇都宮方式聴覚リハビリテーション」という手法だ。これは3か月かけて補聴器に脳を慣れさせていくというもので、新田先生は「脳のリハビリ」と表現する。トレーニングの工程はこうだ。まず、補聴器を聞き取りに十分な音量の7割に設定し、装用を開始する。このとき、短い時間だけ装用するのではなく、できるだけ朝起きて寝るまでフルタイムで利用するようにする。

 最初の1か月がかなりつらいというが、どんなリハビリも最初が一番苦しいもの。音量を徐々に上げていきながら、脳を変化させることで、徐々に“うるさい=音がきちんと聞こえていたときの状態”に慣らしていく。個人差はあるものの、3か月かけて音量を目標とするレベルに上げ、その状態を当たりまえにすることができれば、トレーニング完了。補聴器本来の性能をしっかり享受できる脳に変化したということになる。

宇都宮方式を日本中へ 「オトクリニック東京」がその拠点に

 この画期的な「宇都宮方式聴覚リハビリテーション」は日本全国の医療関係者からも注目をされており、済生会宇都宮病院に見学にくる医師や言語聴覚士も多く、すでに150人を超えているそうだ。新田先生は現在、適切な補聴器診療を全国に広げる活動(‘聞こえる’プロジェクト=https://kikoeru.otocure.co.jp)を通し、その普及に努めている。ただ有効な治療方法として認知が広がる一方で、実践するとなると一筋縄ではいかない。日本には補聴器調整のスキルをもつ言語聴覚士が少ないことに先ほど言及したが、宇都宮方式聴覚リハビリテーションは専門性の高い耳鼻咽喉科医と言語聴覚士がいて、初めて成立するものだからだ。

 そこで期待を集めているのが、東京・渋谷区に2021年10月に開設した「オトクリニック東京」だ。院長の小川郁氏は慶應義塾大学教授として日本の聴覚分野における研究の最前線に立ち続けてきた人物で、新田先生が長年にわたり師事してきた先生である。立ち上げには「日本の聴覚ケアの問題を解決するためには、拠点となるセンターが必要」という思いがあった。あえて“東京”と屋号に加えたのは、ゆくゆくは全国に広げていきたいという考えからだ。「将来的には全国展開することで、どこに住んでいても高いレベルの診療が受けられるようにしたい」と小川院長は語る。

 そもそも聴覚に特化したクリニックというのは日本にほとんどない。耳鳴りの治療や補聴器を用いた聴覚ケアは時間がかかる診療だが、そこに対しての診療報酬はなく、運営していくのは非常に難しいからだ。ただ小川院長は「補聴器適合検査などには診療報酬はあり、しっかりとシステムを整えて集客することができれば成立すると考えている。難聴の診断から補聴器のフィッティング、そして聴覚トレーニングを一貫して行うことができるクリニックとして、モデルケースになりたい」と話す。
 
「オトクリニック東京」で行う聴覚ケアについて説明する小川郁院長

 オトクリニック東京は聴覚ケアのための設備も非常に充実している。たとえば、補聴器の効果をリアルなシュチュエーションで測定できる防音の音場検査室は二つ備える。サイズも一般的な耳鼻咽喉科の1メートル四方の小さなものではなく、大学病院さながらに十分な広さが確保されている。さらに新田先生が行う宇都宮方式聴覚リハビリテーションを本格的に導入しており、最先端の補聴器診療を受けることもできる。
 
 
大学病院並の規模を誇る音場検査室を完備

 小川院長はデジタルの活用にも積極的な姿勢を示す。「医療の発達により平均寿命は延びたが、聴覚のような物理的な機能の衰えは避けられない。聴覚ケアが必要な人の数はますます増えていく。さらには核家族化によって、地方で一人暮らしをされていたり、老老介護をされていたり、という状況もある。そうした方に対して、どこにいても診療を受けることを可能にするデジタルは有効な手段になるはずだ」。

 日本の補聴器販売はレギュレーションがなく、専門家を介して購入するのが難しいことは新田先生からの話にもあったが、小川院長は「デジタルをうまく活用すれば、専門店とネットワークを構築し、遠隔診療によって正しい均一の補聴器調整をできるような環境をつくることもできる」と将来を展望する。オトクリニック東京では、すでに遠隔でも調整できる最新の補聴器を取り入れるなどして、ネットワークを介した新しい診療にもトライアルしているという。

 現在、聴覚に悩みを抱えている人に対して、小川院長は「耳は加齢とともに衰えていくが、最終的に音を聞く脳は高齢者であってもトレーニングの余地があるということを伝えたい。現在の補聴器は非常に進歩しており、正しく調整してトレーニングをつめば、難聴の苦しみを軽減させることができる」とメッセージを送る。「オトクリニック東京」が日本の聴覚ケアに新たな風を吹き込んでくれることに期待したい。(BCN・大蔵大輔)