2026.9.16 16:30
暮らしにプラス「どうすれば、おいしいごはんが炊けるのか」。象印マホービンと東京農業大学が20年以上の研究成果を発表
象印マホービンと東京農業大学は9月7日、「おいしいごはん」に関する記者説明会を開催。お互いに20年以上にわたり研究してきた、おいしいごはんを炊くためのメカニズムを発表した。また、象印の炊飯ジャー「炎舞炊き」が大火力で炊ける仕組みや、お米の甘みを引き出しつつ、弾力や粘りのあるごはんを炊くためのキーデバイス「大火力ユニット」も紹介された。
炎舞炊き NX-AB10/AB18
宇都宮定第一事業部部長ン
宇都宮部長は「ごはんをおいしく炊くには、大火力をいかに継続しながら、適切に圧力をかけるかがカギです」と語る。高温の熱を加え続けると、お米の甘みを引き出すことができる。
圧力をかけると水の沸点が上昇するため、高温で加熱することができる。大火力については「3DローテーションIH構造」を搭載。六つの底IHヒーターが、縦横方向の対流を発生させて、米と水を複雑にかき混ぜながら炊く。
3DローテーションIH構造
特に、六つの底IHヒーターは、対面する二つの熱源がローテーションしながら加熱するのがポイント。家庭で使用できる消費電力の上限は1500Wと定められている。電圧100V×電流15A=1500Wという式から導き出される。炎舞炊きの最上位モデル「NX-AB10(5.5合)」の場合、二つの底IHヒーターの炊飯時消費電力は1440W。一升炊きのNX-AB18は1460Wだ。
NX-AB型に搭載の3DローテーションIH(右)
六つある底IHヒーターは、対面の二つごとにローテーションしながら次々に切り替わっていくので、実質的に1500W以上の加熱効果が得られる。消費電力は炊飯工程により変わるが、仮に二つの底IHヒーターで1400Wの熱が加えられるとすれば、1ローテーションで3回の切り替わりが生じ、計4200W相当の加熱効果が得られることになる。
宇都宮部長は「圧力も火力も、高ければ高いほどいいということは分かっているんです。ただ、ここで生じる大きな課題が吹きこぼれです」と語る。
吹きこぼれの様子
大昔のかまどと羽釜で米を炊いていた時代は、羽釜と木のふたの間からおねばが吹きこぼれていたという。しかし、今の家庭でそんなことをしたら大事故や、やけどにつながるからできない。そのため、実際には火力を弱めたりして、吹きこぼれを抑えるようにしている。
そこで、象印が開発した特許構造が「大火力ユニット」である。内釜から次々に発生するおねば(泡)が通る間に、数ミリの壁のようなものを設けている。ここに泡が当たると、液体と蒸気に分離される。
大火力ユニット
一見すると単純な構造のようだが、「穴の大きさや、ユニットの長さ、冷やす時間などさまざまなノウハウが詰まっています」と宇都宮部長は語る。液体になったおねばは、ごはんの甘みにもつながるため、内釜の中に還元する。この際の還元弁にも、多くのノウハウが詰まっているという。
では、どのようにして甘みを出しつつ、弾力のある炊き上がりが実現できたのか。ここに、東京農業大学による科学的なアプローチが貢献する。2005年から、象印の宇都宮部長と東京農業大学 応用生物科学部 農芸化学科の辻井良政教授との共同研究がスタートした。
辻井良政教授
象印ではそれまで、人が試食したときの評価を基準にする「食味試験」で、ごはんのおいしさを決めていた。全員がおいしいと感じたら問題ないのだが、問題は意見が分かれたとき。どちらの方向で開発を進めていけばいいのか隘路に陥ってしまう。主観(官能テスト)ではなく、科学的数値に基づく評価基準を確立する必要があった。
ただ、科学的アプローチにしても、それまでは冷めたごはんをシャーレに入れ、すりつぶしたものに含まれる還元糖を量を測定する手法しかなかった。これでは炊飯器によるおいしさの差はそれほど生じなかった。「圧力で炊いたごはんを食べた人はみんなおいしいというので、そのことを客観的なデータで示したかったのです」と宇都宮部長は振り返る。
だが、「温感による物性測定は過去に事例がなく、論文を調べてもデータは一切ありませんでした。測定機器メーカーに問い合わせても、バラつきの多い温かい状態で測っているところはどこもない。冷めた状態で測るのが常識だと言われ、業界でも前例のない難題でした」と、辻井教授は宇都宮部長からの厳しい要望を振り返る。
クロストークの様子
ブレイクスルーが起きたのは、共同研究から3年が経った頃。辻井教授が研究室で試行錯誤を繰り返した末、人が実際に口にする温感での物性測定の方法を発見した。お米の弾力や粘りを安定して数値化する学術的手法を確立したのだ。炊飯技術の進化を大きく加速させた転換点だった。
具体的に、テンシプレッサーを用いた物性測定方法を確立。炊飯後のお米の食感(硬さ、こし、付着性、粘り)を客観的な数値データとして評価・測定する手法で、炊飯後、80℃にして30分間保存した試料を、低圧縮、中圧縮、高圧縮の順で測定する。
テンシプレッサーによる物性測定方法
宇都宮部長は「人が食べる感覚と一致するデータが取得できるようになったことで、開発現場で自信をもって機能の向上に取り組めるようになった」と、新しい測定方法が炊飯器の開発に絶大な効果をもたらしたと語る。
圧力IHとIH式炊飯ジャーの米飯の比較
主観から数値データへの転換、そして温感による物性測定、米の表面の還元糖測定という測定方法の確立が、20年以上にわたる研究の中で重要な転換点だった。炎舞炊きでは、米が柔らかくなりすぎないギリギリまで甘みを引き出すため、温度や時間、圧力などの炊飯制御が開発できるようになったという。
実際、当時の最上位モデル「極め羽釜」から今の「炎舞炊き」に大きく転換できたのも、客観的な数値データが科学的な裏付けとして開発を後押ししたからだ。今でもおいしさの進化は続いている。1年ごとの進歩は小さいが、着実に積み重ねていった結果、10年前のモデルと比較して還元糖(甘み成分)の割合は最大約21%向上した。
おいしさの進化
なお、科学的な知見やデータに基づいて開発された大火力ユニットは、最上位モデルだけでなく、エントリーモデルを含む象印の全ラインアップに広く展開されている。
「炊飯器の開発において、これで完成というゴールはありません。今後も辻井教授および東京農業大学との共同研究を継続し、より高いレベルのおいしさを追求していきます」と、宇都宮部長は語った。(BCN・細田 立圭志)
写真ギャラリー
大火力を実現する「3DローテーションIH構造」
象印マホービンからは、入社以来、炊飯器一筋で30年以上にわたって開発に従事してきた宇都宮定第一事業部部長が登壇。理想的な炊飯フローやプログラムの研究開発に携わりながら、南部鉄器の内釜を採用した「極め羽釜」や、炊飯技術のさらなる進化を遂げた「炎舞炊き」を世に送り出してきた。
宇都宮部長は「ごはんをおいしく炊くには、大火力をいかに継続しながら、適切に圧力をかけるかがカギです」と語る。高温の熱を加え続けると、お米の甘みを引き出すことができる。
圧力をかけると水の沸点が上昇するため、高温で加熱することができる。大火力については「3DローテーションIH構造」を搭載。六つの底IHヒーターが、縦横方向の対流を発生させて、米と水を複雑にかき混ぜながら炊く。
特に、六つの底IHヒーターは、対面する二つの熱源がローテーションしながら加熱するのがポイント。家庭で使用できる消費電力の上限は1500Wと定められている。電圧100V×電流15A=1500Wという式から導き出される。炎舞炊きの最上位モデル「NX-AB10(5.5合)」の場合、二つの底IHヒーターの炊飯時消費電力は1440W。一升炊きのNX-AB18は1460Wだ。
六つある底IHヒーターは、対面の二つごとにローテーションしながら次々に切り替わっていくので、実質的に1500W以上の加熱効果が得られる。消費電力は炊飯工程により変わるが、仮に二つの底IHヒーターで1400Wの熱が加えられるとすれば、1ローテーションで3回の切り替わりが生じ、計4200W相当の加熱効果が得られることになる。
宇都宮部長は「圧力も火力も、高ければ高いほどいいということは分かっているんです。ただ、ここで生じる大きな課題が吹きこぼれです」と語る。
「吹きこぼれ」を解決する「大火力ユニット」
会場では、内釜の上にガラスのふたを置いて、炊飯中の泡が出てくる様子を収めた実験動画が映し出された。米からごはんに変わる過程で出てくる「おねば」と呼ぶ泡が次から次に発生し、外に吹きこぼれていく様子が確認できた。
大昔のかまどと羽釜で米を炊いていた時代は、羽釜と木のふたの間からおねばが吹きこぼれていたという。しかし、今の家庭でそんなことをしたら大事故や、やけどにつながるからできない。そのため、実際には火力を弱めたりして、吹きこぼれを抑えるようにしている。
そこで、象印が開発した特許構造が「大火力ユニット」である。内釜から次々に発生するおねば(泡)が通る間に、数ミリの壁のようなものを設けている。ここに泡が当たると、液体と蒸気に分離される。
一見すると単純な構造のようだが、「穴の大きさや、ユニットの長さ、冷やす時間などさまざまなノウハウが詰まっています」と宇都宮部長は語る。液体になったおねばは、ごはんの甘みにもつながるため、内釜の中に還元する。この際の還元弁にも、多くのノウハウが詰まっているという。
東京農業大学との共同研究で、甘みと弾力のある炊き上がりに
大火力ユニットで吹きこぼれの課題はクリアできたものの、新たな課題が生じる。圧力と大火力でごはんの甘みを出そうとするほど、食感は柔らかくなり、弾力が低下してしまうという課題だ。甘みと弾力はトレードオフの関係にあるのだ。では、どのようにして甘みを出しつつ、弾力のある炊き上がりが実現できたのか。ここに、東京農業大学による科学的なアプローチが貢献する。2005年から、象印の宇都宮部長と東京農業大学 応用生物科学部 農芸化学科の辻井良政教授との共同研究がスタートした。
象印ではそれまで、人が試食したときの評価を基準にする「食味試験」で、ごはんのおいしさを決めていた。全員がおいしいと感じたら問題ないのだが、問題は意見が分かれたとき。どちらの方向で開発を進めていけばいいのか隘路に陥ってしまう。主観(官能テスト)ではなく、科学的数値に基づく評価基準を確立する必要があった。
ただ、科学的アプローチにしても、それまでは冷めたごはんをシャーレに入れ、すりつぶしたものに含まれる還元糖を量を測定する手法しかなかった。これでは炊飯器によるおいしさの差はそれほど生じなかった。「圧力で炊いたごはんを食べた人はみんなおいしいというので、そのことを客観的なデータで示したかったのです」と宇都宮部長は振り返る。
前代未聞の「温感による物性測定」
宇都宮部長が辻井教授に出した要望が、冷めたごはんではなく、人が実際に口にするときと同じ「温かい状態(温感)」のごはんで弾力や粘り(物性値)を測定する新たな方法を作り出すということだった。だが、「温感による物性測定は過去に事例がなく、論文を調べてもデータは一切ありませんでした。測定機器メーカーに問い合わせても、バラつきの多い温かい状態で測っているところはどこもない。冷めた状態で測るのが常識だと言われ、業界でも前例のない難題でした」と、辻井教授は宇都宮部長からの厳しい要望を振り返る。
ブレイクスルーが起きたのは、共同研究から3年が経った頃。辻井教授が研究室で試行錯誤を繰り返した末、人が実際に口にする温感での物性測定の方法を発見した。お米の弾力や粘りを安定して数値化する学術的手法を確立したのだ。炊飯技術の進化を大きく加速させた転換点だった。
具体的に、テンシプレッサーを用いた物性測定方法を確立。炊飯後のお米の食感(硬さ、こし、付着性、粘り)を客観的な数値データとして評価・測定する手法で、炊飯後、80℃にして30分間保存した試料を、低圧縮、中圧縮、高圧縮の順で測定する。
宇都宮部長は「人が食べる感覚と一致するデータが取得できるようになったことで、開発現場で自信をもって機能の向上に取り組めるようになった」と、新しい測定方法が炊飯器の開発に絶大な効果をもたらしたと語る。
主観から数値データへの転換、そして温感による物性測定、米の表面の還元糖測定という測定方法の確立が、20年以上にわたる研究の中で重要な転換点だった。炎舞炊きでは、米が柔らかくなりすぎないギリギリまで甘みを引き出すため、温度や時間、圧力などの炊飯制御が開発できるようになったという。
実際、当時の最上位モデル「極め羽釜」から今の「炎舞炊き」に大きく転換できたのも、客観的な数値データが科学的な裏付けとして開発を後押ししたからだ。今でもおいしさの進化は続いている。1年ごとの進歩は小さいが、着実に積み重ねていった結果、10年前のモデルと比較して還元糖(甘み成分)の割合は最大約21%向上した。
なお、科学的な知見やデータに基づいて開発された大火力ユニットは、最上位モデルだけでなく、エントリーモデルを含む象印の全ラインアップに広く展開されている。
「炊飯器の開発において、これで完成というゴールはありません。今後も辻井教授および東京農業大学との共同研究を継続し、より高いレベルのおいしさを追求していきます」と、宇都宮部長は語った。(BCN・細田 立圭志)
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