自転車ロードレースの頂点ツール・ド・フランス。ツールの愛称で親しまれ、オリンピックやサッカーワールドカップに次いで世界で最も人気のあるスポーツイベントの一つだ。中でも、毎年開催されるのはツールだけ。およそ35億人がテレビで観戦するともいわれ、沿道では1000万人以上の観客が声援を送る。コロナ禍で開催自体が危ぶまれた今回だが、予定より2カ月遅れの8月29日、さまざまな感染症対策とともにフランスのニースでスタート。21日間、パリ・シャンゼリゼを目指す3484.2Kmにも及ぶ長い戦いが始まった。国際的ビッグイベント、ツールが挑むコロナとの戦いは、コロナ環境下の大イベント開催という視点で、指針の一つになりそうだ。
 

さまざまな感染症対策を施し山岳コースに挑む(ツール・ド・フランス2020 第4ステージ

 日本と同様、フランスにも新型コロナの第2波が襲来している。9月6日には、1日の新規陽性者数が過去最高の8975人を記録。パリなど複数の地域では、マスク着用を義務化するなど、対策が強化されている。

 一方、日々の死者数は30人前後で推移。2000人を超える日もあった4月に比べ、状況は大きく改善しているようだ。そんな中でのツール開催。プロサイクリスト協会(CPA)では、沿道での観戦する観客にマスク着用を要請している。感染リスクを避けるため、選手との写真撮影やサインも禁止だ。
 
集団の先頭を引くアージェードゥーゼール・ラモンディアールの
ブノワ・コヌフロワ選手(ツール・ド・フランス2020 第12ステージ)

 当事者の選手やスタッフも、もちろん、コロナ対策で特別なルールが課されている。今年のツールは、参加22チームで選手は176人。彼らをサーポートするスタッフや大会関係者なども含めると、総勢およそ650人がレースの中心だ。この集団を「バブル」と名付け、特別な感染症対策を施している。

 バブルの中に入るには、開幕前に全員が2回のPCR検査を受けた上で陰性の確認が必須。レース中も週に一度の検査が義務付けられている。バブルの中にいる選手や関係者は、外部との接触が厳しく制限され、家族と面会することもできない。
 
空はすっかり秋の色に変わっている(ツール・ド・フランス2020 第10ステージ)

 例年は、翌日のレースのための移動で長距離に及ぶ場合に飛行機や鉄道を使うことも多いが、今回は感染リスクを避けるため移動手段はバスや車。21回のレースの合間に2回の休息日があり、この日に全員がPCR検査を行う。陽線反応が出た被検者はもう一度検査を行う。2回とも陽性が出た時点でバブルから離脱。選手ならこの時点でリタイアだ。

 選手やスタッフも含め帯同するチーム全員の中から陽性者が2人出ると、その時点でチーム全体が失格とされツールから去ることになる。ただし、連続した7日間で2人という条件が付いている。仮に感染者が1人出ても7日間たてば、1人の感染者はリセットされるという仕組みだ。たった2人の陽性でチームごと失格とは厳しいルールだが、その分、関係者全員の対策に力が入るという効果は期待できる。
 
ツールの12ステージでプロ初勝利を飾ったチームサンウェブのマルク・ヒルシ選手。
若きスターの誕生に世界中が声援を送った(ツール・ド・フランス2020 第12ステージ)

 最初の休息日の9月7日、PCR検査がバブルの中にいる全員に実施された。選手からは1人も陽性者が出なかったが、4チームのスタッフから1人ずつ計4人の陽性者が出てバブルから離脱。2人以上の陽性者が出たチームはなかったためPCR検査で失格になったチームはなかった。

 しかし、ツールの最高責任者、クリスティアン・プリュドム ツアーディレクターに陽性が出て、8日間自主隔離することになった。8月に3回もPCR検査と血液検査の両方を受け陰性を確認していたという。プリュドム氏はバブルの対象者ではなかったため、選手やチームスタッフとの濃厚接触はなく、レース自体への影響はなさそうだ。
 
9月7日のPRC検査で陽性になり8日間のレース離脱が決まった
クリスティアン・プリュドム ツアーディレクター(開幕前の8月1日撮影)

 例年の7月から初秋の開催にずれ込んだことで、今年は、一面のひまわり畑の横をロードバイクが駆け抜けるという名物の風景は見られない。しかし、毎日繰り広げられる熱戦に世界中のファンは変わらず胸を躍らせていることだろう。感染状況によっては、フランス政府がレース中止を言い渡すこともあるという。

 そんな中でも、世界の一大イベントツール・ド・フランスを開催にこぎつけたのは、感染症の拡大を抑えつつ是が非でも開催し成功させたいという関係者の熱意と知恵の賜物だ。
 
新型コロナウイルス陽性者と死者、日仏比較

 9月に入り、人口100万人当たりの日々の陽性者数は、フランスで100人を超える日がほとんど。日本で3~5人程度だ。フランスの死者は、ゼロから0.6人当たり。日本では、0.05から0.15人程度の水準にとどまっている。

 困難な状況でもツールの開催を実現させたフランスよりも、日本の状況ははるかに恵まれている。一大スポーツイベントといえば、日本は東京オリンピックが控えている。コロナ時代のオリンピック開催に向け、ツールの前例は大きなヒントになるだろう。(BCN・道越一郎)