「モヤモヤする」気持ちを自分が理解し 相手に分かってもらうためには どうすればいいか――391人目(下)

千人回峰(対談連載)

2026/04/17 08:00

渡辺弥生

渡辺弥生

法政大学 文学部心理学科教授

構成・文/小林茂樹
撮影/長谷川博一
2026.3.10/東京都千代田区の法政大学にて

週刊BCN 2026年4月20日付 vol.2101掲載

【東京・市ヶ谷発】渡辺先生は、「そこそこの自尊心(Good Enough)」を持つことが大事だと提言する。学生も社会人も、あるいは家庭人としても「完璧(Very Good)」を目指す傾向が高まっているが、それゆえに焦りや不安を抱く人もまた多い。それは、他人との比較で「自己肯定感」が低下してしまうからだ。そこで大事なのは、他人との比較ではなく、現在の自分が過去の自分からどれだけ成長したかという個人内の成長に目を向けることだという。それが本来の自己肯定感につながり、褒められたり叱られたりするだけで一喜一憂しない自尊心を抱くことができる。生きる知恵がまた一つ増えた。
(本紙主幹・奥田芳恵)

2026.3.10/東京都千代田区の法政大学にて

「やばい」という言葉の意味を正確に理解できるか

奥田 時代によって、学問としての心理学の内容は変わってきているのでしょうか。

渡辺 研究が進んでいるということはありますが、それよりも変わってきたのは大学の雰囲気ですね。私が学生の頃は先生の都合で休講になることもしばしばありましたし、心理学への情熱はあっても授業にはあまり出ない学生もけっこういました(笑)。

 いまは教員がシラバス(講義概要や評価基準などを記した資料)を提出し、厳密なカリキュラムに沿ってシステマティックに授業が行われています。学生もほぼ欠席することなく授業に出席します。いわばアナログのゆるい雰囲気から、きちっとしたデジタルに移行した感じがします。

奥田 いまの学生は真面目だとよく聞きます。

渡辺 与えられたものをきちんとこなす真面目さがあります。私の学生時代は自分でやりたいことを開拓する態度が強かったように思います。同じ「真面目」でも、そこに違いがあるのかもしれません。

奥田 授業には出なくても、学問に対する熱量はあったと。

渡辺 そういう側面はありましたね(でも、自分だけかもしれません・汗)。いまの学生はとても繊細で、時に叱られるのはもちろん、褒められるのも嫌だという人もいます。褒められると、もし期待に応えられなかったらどうしようと不安になるということらしいです。

奥田 そうなると、どう対応していいか分からなくなりますね。

渡辺 学生と対面で会ったときに、「本来、人間は失敗しながら上手になっていくのだから、初めからパーフェクトを目指すことはないんじゃない?」と話したりしています。繊細な人も多いので、最近は語尾のトーンを柔らかくしたり、「……と思うよ」とか言って、あまり断言しないようにしています(笑)。

奥田 大学の先生にも、そういうご苦労があるのですね。

渡辺 コミュニケーション手段として、かつての電話文化が廃れ、SNSなどの文字文化が主流になっています。表情や音声(ノンバーバルなコミュニケーション)を伴わないSNSの短いやり取りの中で、例えば「やばい」という言葉を正確に理解することは難しいと思っています。例えば、孫がご機嫌な気分で「このコンサート、やばい!」とSNSに書いたら、おばあちゃんはコンサート会場で孫に何かあったのではないかと心配するといった具合です。だから大学生にも、メールなどで自分の意図が正しく伝わっているかよく考えるように伝えています。

奥田 そうした問題は、どんなことに起因しているのでしょうか。

渡辺 ネットやSNSの普及といったテクノロジーの進化が悪いのではなく、対面での人間同士の交流の時間が減ったことが問題だと思います。さきほどの「やばい」のやり取りにしても、対面で孫とおばあちゃんが話せば、声の調子や表情を通してその真意が理解できるはずです。だから私も、必要だと思ったらメールやチャットで済ませずに、直接相手と会って話すようにしています。

あいまいな自分の感情を粒のように分解してみる

奥田 渡辺先生は、NHKのEテレで放映された『こころ忍者 ポポまるっ!』の心理学監修をされています。自分の感情とうまくつきあうための子ども向け教育番組ですが、大人でも自分の心を理解するのはなかなか難しいと感じました。

渡辺 そうですね。いま私は「感情リテラシー」というスキル(能力)に興味を持っています。例えば「モヤモヤする」とか「やばいんだよね」と言っているだけではその状況が相手にはなかなか伝わらず、自分自身でも分からないまま感情に流されて生活するということになりがちです。

 例えば「感情粒度」という概念があります。その「モヤモヤ」をもう少し分解すると「あの人と比較して「悔しかった」とか、一人でいるから「寂しい」とか、故郷が「懐かしく」て「切ない」といったさまざまな感情が入り混じっていることに気づけます。感情語彙が細かく多いほど、自分の心を知ることができ、また伝えることができれば、他人からも理解されやすいわけです。

奥田 「モヤモヤする」気持ちを、粒のように分解していくと……。

渡辺 まだ語彙が少なく、感情をかんしゃくで爆発させている子どもに対しては、例えば周囲の大人が「くやしかったんだね」と声をかけて代弁してあげると良いです。子どもなりに自分の気持ちの不快さが、その言葉とリンクするようになり、いずれその子は、自分から「くやしかったんだ」と表現することができるようになります。

奥田 小さなうちは、大人が言葉を授けてあげることが大切なのですね。

渡辺 そうですね。英会話などと同じように、たくさんインプットしてあげることで、アウトプットも豊かになるということです。

 それから、子どもが泣いたり怒ったりしたときには、当然、親は子どもに目を向けることが多いかと思いますが、意外に機嫌よく遊んでいるときは関心を寄せてあげていないことが少なくありません。そういう落ち着いているときこそ、余裕を持って見てあげることが大事です。親がいつも自分を見てくれていると子どもは感じるため、親の愛情が伝わりやすくなるのです。

奥田 自分が忙しいせいか、おとなしく遊んでいると、ついついそっとしてしまうものですが、本当は構ってあげたほうがいいのですね。

渡辺 これは大人の職場にも当てはまります。マタリング(mattering)という概念があるのですが、これは自分が他者から構ってほしいという感覚のことで、自己肯定感につながるものです。人間は基本誰かに構ってほしい動物です。もし職場で、ふだんは上司から全く視線ももらえず、声もかけられず、問題が起こったときだけ何か言われるとしたらどうでしょうか。私の存在は薄いんだと思ってしまうでしょう。

 そう考えると、日頃からのコミュニケーションがいかに大切かが分かると思います。

奥田 当たり前のことかもしれませんが、人の心の動きは、子育てにもビジネスにも共通する部分があるのですね。ところで、現在、研究・執筆・講演など精力的に活動されていますが、今後はどのような活動に力を入れていかれますか。

渡辺 現在行っている研究を継続していくとともに、それを教育や支援の現場につなげて、役立てていきたいと考えています。研究と実践の場のブリッジになる役目を果たしたいと思います。地域や家庭の方々、学校の先生方などと一緒に、子どもたちを支援していこうと思います。そういう場でコーディネーターの役割が果たせたらいいと思います。みなさん、得意な分野は異なるので、いろいろな領域を越えて協力し合い、うまくつながる仕組みをつくって世の中に何かしら役立つことに関わることができればいいですね。

奥田 今日はとても興味深く、ためになるお話をありがとうございました。もちろん、今日のお話は自分自身の子育てにも生かしていきたいと思います。

こぼれ話

 多くの人にとって「新しいこと」が始まる4月。弊社の新入社員も、初めての場所、初めての体験、初めて聞く話など、初めて尽くしの毎日を送っている。環境の変化に心も揺れ動くことだろう。心の動きを、誰よりもやさしく自ら気付いてあげることができたらと願う。

 こぼれ話のネタに、たびたび登場するわが子もまた新生活がスタート。起きてすぐぐずったり、泣いていたと思えばゲラゲラ笑ったり、母親(私)が寝坊したり、ご飯を炊き忘れていたりと、ドタバタのスタートを切った。各々が、大小さまざまなストレスを受けながらも、前を向いて歩んでいる。

 「自分の心が自分で分からないなんて変だよね」と思いながらも、自分の心を理解するのはなかなか難しい。渡辺先生は、そんなモヤモヤした気持ちを肯定してくださった。いつも一緒にいる「自分」に対して、時に冷たく、そして厳しく接してしまうことは誰にでもあるのではないだろうか。

 悲しさに気付かないふりをして強がったり、嫌な気持ちを押し込めたり、疲れている自分に鞭を打ったりと、自分の心を知るとは自分を大切にする第一歩なのかなと思う。そうであれば、あいまいさの集合体みたいな自分の感情に丁寧に向き合い、心の状態を分解して理解することはとても大切なことだ。渡辺先生と対話しながら、分かったような気分になっているが、実践の難しさと言ったら―。

 「人間は誰かに構ってほしい動物です」。渡辺先生がそうおっしゃったことに「はっ!」とするとともに、少し安心するような気持になった。職場の自立しているはずの大人もまた、「見ていてほしい」「認められたい」という感情があって、当たり前に他者を必要としているのだということ。しっかり者も、決していつも一人では立っていられないし、一人で立っているわけではない。

 誰かが関心を寄せてくれていて、安心して活躍できる場所があって輝ける。渡辺先生との対談から、社員との関わり方に希望と課題を持ち帰ることができ、心がぽかぽかしている。(奥田芳恵)
 


心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。

 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
1000分の第391回(下)

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

Profile

渡辺弥生

(わたなべ やよい)
 大阪府出身。筑波大学大学院心理学研究科修了。教育学博士。筑波大学での助手の後、静岡大学を経て、現在は法政大学文学部教授。法政大学大学院ライフスキル教育研究所代表を兼務。途中、ハーバード大学在外研究員、カリフォルニア大学サンタバーバラ校客員研究員を務める。著書に『怒っている子どもはほんとうは悲しい』『子どもの「10歳の壁」とは何か?』(以上、光文社新書)、『感情の正体』(ちくま新書)など多数。