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アジャイルは目的ではなく、あくまで手段 まずは顧客のニーズを的確に捉えること――第286回(上)

千人回峰(対談連載)

2021/07/09 08:00

上條英樹

上條英樹

TDCソフト 執行役員 経営企画本部長兼ビジネスイノベーション本部長

構成・文/小林茂樹
撮影/長谷川博一

週刊BCN 2021年7月12日付 vol.1882掲載

【東京・代々木発】IT業界の宿命ともいえるが、この世界では常に新たな言葉が生み出され続けている。そのなかには、一時のバズワードとして短期間のうちに人々の脳裏から消え去るものもあれば、文明の進化に欠くことのできない重要な言葉として長い間生き残っていくものもある。「アジャイル」はそのひとつだ。では理解はどうだろうか。具体的なモノではなく、概念や手法といった抽象的に語られがちなものを理解することは思いのほか厄介だ。ならば聞いてみよう。それが一番の早道だ。
(本紙主幹・奥田喜久男)

2021.5.27/東京都渋谷区のTDCソフト本社にて

お客様にとって真に必要なものは何か

奥田 上條さんは、TDCソフトでアジャイル開発の先頭に立っておられますよね。システム開発の新しい波といえるこのアジャイルに、どんな方がどんな思いで取り組まれているのか興味を持ち、また、この業界の若い人たちにもそれを伝えたいと思い、今日はお話をうかがいに来ました。

上條 それは光栄です。

奥田 まずは、ここに至るまでのご自身の歩みについてお話しいただけますか。

上條 大学卒業後、富士通に入社し、金融系などの大規模なシステム開発を担当しました。もちろん当時はウォーターフォール開発ですね。

奥田 まだ、メインフレーム全盛の時代ですね。

上條 そうです。私は1987年に就職したのですが、その後、メインフレームのダウンサイジング化やオープン化など、さまざまな変化が起きてきました。そうした変化に対応し、「エース」と呼ばれ続ける先輩エンジニアもいれば、対応できずに「エース」の座から陥落するエンジニアもいたことが、とても印象に残っています。

奥田 変化に対応することの重要性を、当時から認識されていたのですね。

上條 そして、2004年から09年までの5年間、私はアメリカの東海岸、ニュージャージーに駐在していたのですが、実際にプロジェクトを進めて経験を積んだり、アメリカでの状況についてレポートしたりしているうちにこの業界の彼我の差を感じ、これから何をしていかなければならないか、真剣に考えました。つまり、テクノロジーが進化していくなかで、お客様にとって真に必要なものは何かということを模索したのです。

奥田 アメリカに滞在していたからこそ、日本の状況も、ある程度客観的に見ることができたと。

上條 そうですね。海外から日本を見られたことは、貴重な経験でした。09年に帰国した後に私はこのTDCソフトに入社し、よりお客様に寄り添うための新たなチャレンジができる機会を得ました。

奥田 そこで、次はアジャイル開発だと……。

上條 ところが、09年の時点ではアジャイルはアメリカでもいまほど普及しておらず、日本でも私の周りにはアジャイルの案件はほとんどありませんでした。

産学共同研究からアジャイルビジネスが本格化

上條 私がアジャイルに行き着いたのは、17年に産業技術大学院大学に通ったことがきっかけです。この大学院の学生の約8割は社会人で、教員も企業出身者が多いのですが、私はPBL(Project Based Learning)といわれる研究学習の際、「エンタープライズ・アジャイルはなぜうまくいかないのか」というテーマを提案しました。

奥田 やはり、大企業は当初の設計図どおりに開発を進める形のほうがいいと考えるのでしょうか。

上條 そうですね。でも、アメリカでは成功事例があるのに、日本では依然としてウォーターフォールによる開発が主流で、大規模なアジャイル開発はうまくいっていないという現状がありました。そのため、私たちはこのPBLで問題点を分析して、最終的にはエンタープライズ・アジャイルを導入するための手引書をつくったのです。

奥田 それは、何人くらいのメンバーで行ったのですか。

上條 学生が6名、TDCソフトから6名が参加しましたから、総勢12名ですね。当時、課題として考えていたこのテーマを提案したら、産学共同で研究してはどうかという話になりました。他の学生はアジャイル開発の現場を知らないため、それを補う意味でTDCソフトから人を出し、1年間、産学共同研究を行うことになったんです。

奥田 なるほど。それが、本格的にアジャイルに取り組む節目になったのですね。

上條 私は現在、経営企画本部とビジネスイノベーション(BI)本部の本部長を兼務していますが、BI本部は19年に発足した部署で、金融機関や公共法人などのエンタープライズがDXをはじめとする新たな事業や施策を推進することへの支援をその目的としています。いわば、お客様に寄り添うコンサルタント的な役割ですね。そのなかで、いまアジャイルはキーワードになっているのです。

 アジャイルに取り組んでいる部署としては、BI本部のほかにデジタルテクノロジー(DT)本部があり、こちらは実際に開発まで行う技術部隊です。これまでウォーターフォールでの開発を行っていたエンタープライズのお客様からのアジャイルへの要望は増えてきており、私たちのBI本部とDT本部が相補いながら顧客支援部門を支援し対応する態勢をとっています。

奥田 会社の組織としても、アジャイル開発の推進を強めているのですね。

上條 そうですね。BI本部ができる1年前、営業活動のなかでも、実際にものづくりをしながらお客様に見せて展開する機能が必要だと思い、そうしたチームをつくりました。その必要性が認められて、そのチームがBI本部に昇格したという経緯があります。

奥田 アジャイル開発の推進は、具体的にはどのように行われているのですか。

上條 アメリカのSAI社(Scaled Agile, Inc.)が提供するエンタープライズ・アジャイルの世界的なフレームワークである「SAFe(Scaled Agile Framework)」を採用し、19年にTDCソフトは同社のパートナーになっています。私自身、SAFeのコンサルタント資格をとって、お客様にコンサルティングをしているんです。

 また、当社ではもともと現場のアジャイル開発チームの活動も重要視していましたので、そちらからのアプローチも行っています。

奥田 SAFeというフレームワークからアプローチする場合と現場の開発チームからアプローチする場合があるわけですね。

上條 そういうことです。成り立ちが違い、組織そのものは分かれているのですが、商談ごとにそのノウハウを組み合わせて対応する形をとっています。

奥田 アジャイルをもっと普及させるために考えておきたいことは、どんなことでしょうか。

上條 まずは、アジャイルもウォーターフォールも、目的ではなく開発の手段だということです。ウォーターフォールからアジャイルへという大きな流れがあるにせよ、すべてアジャイル開発にすればいいとは考えていません。まず、お客様がどんなことを可能にしたいのか、どういうシステムを構築したいのかという真の目的を確かめたうえで、開発手法を決めるべきだと思いますね。(つづく)

上條さんが開発に協力したスキーのポール(ストック)

 「このポール(製品名:SINANOビート-RC)は、剣道の師範でもあるポールメーカー・シナノの社長であった義父(故人)との雑談中に、スキー指導員の資格を持つ私にユーザーとしての意見を求められ、ポールと剣道の竹刀の振り方が、人差指と小指の握りを支点に振るという共通点で話が盛り上がったことから製品開発につながったグリップ形状に特徴があるものです。グリップに加え、カーボンシャフト、長さ、重さ、バランスがベストマッチし、スキー指導員としてのこだわりを満たしたお気に入りの一品です」とのことだ。
 
 

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第286回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

Profile

上條英樹

(かみじょう ひでき)
 1964年、長野県松本市生まれ。87年、中央大学理工学部管理工学科卒業後、富士通入社。金融系大規模システムなどの開発に携わる。2009年、TDCソフト入社。19年、ビジネスイノベーション本部長。20年、経営企画本部長を兼務。近畿大学経営学部の非常勤講師も務める。情報システム学修士(専門職)、SPC(SAFe Program Consultant)、国際P2M学会、PM学会(アジャイルマネジメント研究会副主査)。

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