IBMのPC事業売却は個人ユーザーには朗報か?

特集

2004/12/27 15:05

 現在のパソコンのベースとなる「PC/AT」という規格をつくったIBMが、パソコン事業を中国のLenovoこと聯想集団有限公司に売却するというニュースは、IT業界に大きな波紋を巻き起こした。かつてはハイテク産業の象徴とも見られたパソコン事業も、中国やアジアの台頭で価格低下が進み、採算性の低いビジネスへと変化をとげてきた。

 現在のパソコンのベースとなる「PC/AT」という規格をつくったIBMが、パソコン事業を中国のLenovoこと聯想集団有限公司に売却するというニュースは、IT業界に大きな波紋を巻き起こした。

 かつてはハイテク産業の象徴とも見られたパソコン事業も、中国やアジアの台頭で価格低下が進み、採算性の低いビジネスへと変化をとげてきた。は、「BCNランキング」で02年8月から直近までのパソコンの平均単価の推移をまとめたグラフだが、わずか2年で単価が20%近くも下がるという価格競争が展開されているのがわかる。


 こうした観点からすれば、IBMにとって今回の決定はパソコン事業の赤字を解消するための思い切った外科手術であったともいえる。IBMのノートパソコン「ThinkPad」の開発を手がけてきたのは、日本にあるIBMの大和研究所。品質の高さで世界市場でも強い支持を受けてきた。しかし、大和研究所もLenovoの傘下に移管されるとなれば、これまでの品質を維持できるのか、不安視する人も多い。

 だが、視点を変えてみると、コンシューマユーザーにとって「ThinkPad」のLenovo入りは、ある意味で朗報となる可能性も秘めている。ここ数年軽んじられてきた、個人ユーザーにとって魅力ある「ThinkPad」が再び復活する可能性があるからだ。

 現在では、国内のパソコンショップ店頭で「ThinkPad」の名前を見つけるのは難しい。IBMのパソコン事業は全世界的に企業向けにフォーカスされ、日本でも一部の販売店に「ThinkPad」が置かれているに過ぎない。製品の仕様から見ても、個人ユーザーがワクワクするものよりも、企業ユーザー向けにつくられたと思われるものが多くなっている。

 しかし、今後、LenovoがThinkPadブランドのパソコン事業を展開するなかで、個人市場をターゲットとした製品開発に再び力点が置かれるようになれば、個人ユーザーにとっても魅力ある製品が復活することも夢ではない。

●企業向けパソコン事業にも必須となる「事業規模」

 コンシューマ向けパソコン事業というと、文字通りコンシューマユーザー市場だけを対象にした事業と思われがちだ。しかし、実は企業向けパソコンビジネスを展開するうえで、コンシューマ向け事業の果たす役割は少なくない。

 日本IBMの大歳卓麻社長は、パソコン事業の売却について次のように説明する。

 「ボリュームビジネスとなっているパソコン事業は、企業向け、コンシューマ向けの両輪が揃わなければ展開するのが難しくなっている。そういう意味で、これまで通りIBMがパソコン事業を展開するには無理があった」

 確かに全世界的に見ると、パソコン事業は完全にボリュームをもった企業が優位になる状況となっている。調査会社のガートナージャパンが発表した03年の全世界パソコン出荷調査では、ベンダー製品の全世界のパソコン出荷台数は1億6886万台。

 ベンダー別ではデルが2530万2000台を出荷し、15.0%でトップシェア。2位はHPで、2423万台でシェア14.3%、IBMはその次の3位だが、860万8000台でシェア5.1%と上位2社に大きく水をあけられてしまっている。この背景として、日本IBMの大歳社長が語るとおり、同社のパソコン事業が「コンシューマ事業を欠いた」片肺飛行であったことが、シェア低迷の一因と指摘することができる。

 今回、LenovoとIBMのパソコン事業が合算されれば、1190万台の出荷規模をもつパソコンメーカーが誕生することとなる。まだ、上位2社に比べれば少ないものの、現在コンシューマ向けに製品を販売していない地域での商品販売が始まれば、さらに出荷台数を伸ばせる可能性はある。

 実は企業向けパソコン事業においても、ボリュームは必須のものとなっている。パソコンの単価が下落した結果、大量にパソコンを導入する企業では保守契約を結ばず、壊れたらパソコンを買い替えるというケースが増えているのだ。そうなると、これまでIBMがアピールしてきた「付加価値」ではなく、低価格であることが商品選択の必須条件となってくる。

 IBMの企業向けビジネスにおいても、事業のボリュームを増やして低価格でパソコンを供給できる体制づくりが求められいるのだ。

●新生Lenovoのカギを握るのは開発陣の動向

 米IBM パーソナルシステムズグループのピーター・D・ホテンシャス バイスプレジデントは、「新生Lenovoでは、これまで以上にコンシューマユーザー向けの商品を期待してもらっていい」と話す。

 また、これまでのIBMのビジネスはパソコン事業だけを展開しているわけではなかったために、「必ずしもパソコンだけに焦点を当ててこなかった」とも指摘。パソコンにとって既存のIBMは決して最適の環境ではなかったことを認める。

 この発言を聞くと、これまでパソコンの開発を担当してきた技術者達にとっては、IBMは必ずしも居心地がいいところではなかったのかもしれない。

 ただし、今回の買収相手である中国のLenovoは低価格で中国のコンシューマユーザーから支持されているメーカーであるだけに、IBMパソコンがもっていた品質が維持されるのかについては不安も残る。

 とくに中国の従業員の給料と、米国を始めとしたIBMの社員の給料では大きな格差があることは明らか。当初は、IBMから移籍する社員の待遇は、それまで通りであることが保証されているが、両社が統合してから数年たって、ボリュームビジネスを追求していくなかで、IBMから新生Lenovoに移籍した社員の給与を下げなければならないという問題が派生した時にどうなるのか。例えば、大和研究所の主要スタッフが他社に移籍するといった事態が起こる可能性はないのだろうか?

 「ThinkPad」の生みの親で、現在は「IBMフェロウ」の肩書きをもつ米IBMのバイスプレジデント・内藤在正氏は、ThinkPadの開発陣について次のように話す。

 「大和にいるThinkPadの開発者達は、ThinkPadイコール自分たちと思っている」

 この発言を聞くと、IBMという企業ブランド以上に、「ThinkPad」という自分たちがつくり上げた製品ブランドに強いこだわりをもっているということがわかる。例えIBMという企業から離れても、これだけ高いこだわりと誇りをもった大和研究所の開発陣が残っている限り、製品には期待していいのではないかとも思えてくる。

 逆に大和の技術陣を始め、パソコンを開発してきた技術スタッフが新生Lenovoから離れていくというニュースが出てきた時こそ、パソコン事業の行方を懸念すべき時といえそうだ。(フリージャーナリスト・三浦優子)