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企業30年説を覆す、「森の経営」と「千年企業」の仕組みとは

 【喜びの原点・7】 「百年ではなく千年です」―― 2000年の年頭訓示で、バッファローの親会社であるメルコグループを創業した牧誠氏の口から、初めて「千年企業」の概念が語られた。それは、メルコグループの永続を意味し、運営指針を示す重要な概念だ。もちろん「顧客志向」「変化即動「一致団結」と共に四つの重要なメルコバリューの一つになっている。創業者は、なぜ百年ではなく千年にこだわったのか。

PC-Webzine(No.135/May-2003)掲載時の牧誠氏

たゆまざる変革

 一般的に企業30年説といわれるように、一つの製品と同じく、ビジネスにも成長期から成熟期、そして衰退期といったライフサイクルがある。時代や産業構造などの変化に対応できなかった企業は消滅する。

 もちろん牧氏は、大企業だから永続するなどとは微塵も考えていなかった。「いわゆる大企業と呼ばれる百年企業も、変化に対応できずバタバタと倒産している」と指摘するように、百年続いた企業でさえ、変化に対応できなければ消滅するという危機感を抱いていたのだ。

 だからこそ、百年ではなく、千年という時間軸を掲げた。では、千年の長きにわたって企業が永続するにはどうすればいいのか。牧氏は、「守りの意識下において『百年』は永続を意味しない。だから、当社はキーコンセプトを“たゆまざる変革”に置く『千年企業』を目標とした」と語る。キーワードは「たゆまざる変革」、これを常に心掛け、次の世代につないでいくことを意識することが大切だと説く。

 「千年企業」の概念を発表した2000年は、メルコ(現・バッファロー)が1991年10月に株式公開(店頭登録)した際に牧氏自らが掲げた「2000年に売上高1000億円」という目標の達成年度だった。業界で存在意義のある会社であり続けるために必要な規模ということで、思い切って打ち出した数字だ。

 ちなみに91年3月期の売上高は110億円。10年足らずで10倍にするという、当時としては社員ですら荒唐無稽に思ったほどの目標だった。信じていたのは牧氏一人だったのかもしれない。だが、結果的に遅れることわずか4年の2004年3月期に、連結売上高1037億300万円を成し遂げたのだった。

 有言実行で成長を掴んだメルコで、牧氏が恐れていたのは大企業病の蔓延だった。2000年の年頭訓示では、「新しい提案を“できません”という言葉で否定していないか?」と社員に問いかけている。「すでに大企業病が蔓延しつつある今の状態では、今後の成長シナリオを描くことはできない。一刻も早く、この大企業病を払拭しなければならない」と、かなり激しい表現だ。

仕組みとしての「森の経営」

 一方で、千年企業としてメルコグループが永続的に繁栄し、社員が安心して、自分の持つ能力を最大限に発揮できるような環境づくりも並行して着手した。それが純粋持株会社への移行だった。

 97年の独占禁止法の改正により、戦後から長年にわたって禁止されていた純粋持株会社の設立が認められるようになった。牧氏は、これを「森の経営」を実現するのに最適な手法ととらえた。それを2000年の年頭訓示で、社員にわかりやすく説明したのだ。
 
メルコグループの「森の経営」

 牧氏は常にフェアーアンドオープンの精神を心掛けており、自らが語った千年企業構想についても、2カ月にわたり社員からの質問や要望を受け付ける「千年企業質問掲示板」を設けた。「皆さん、社内の人間に対して何も臆することはない。失敗や恥は恐れるものではなく成長の糧だ」と語りながら、千年企業に必要絶対条件である「たゆまざる変革」を意識して、牧氏とともにメルコを変革していくことを呼びかけた。

 2003年、株式会社メルコは社名を株式会社バッファローに変更し、その株式を株式会社メルコホールディングスが所有するという持株会社体制が完成したのだ。(BCN・細田 立圭志)