【喜びの原点・4】 メルコホールディングスの創業者・牧誠氏は、学生時代のオーディオ好きが高じて、1975年にオーディオ機器を開発・製造・販売するメルコを立ち上げた。それから6年後の81年7月、社内にコンピュータ事業部を設立。オーディオメーカーからPC周辺機器メーカーに大きく事業転換した。PC周辺機器事業について「好きではじめたわけではない」と語った牧氏の言葉には、経営理念の「顧客志向」に通じる奥深い思想が反映されていた。

名古屋市中区大須のメルコ本社にて。
44歳の牧誠氏(1992年12月ごろ)

「主観」から「客観」へ

 75年に27歳の若さでオーディオ機器専業メーカーとしてメルコを創業した牧氏は、早稲田大学理工学部の学生時代に、オーディオ専門雑誌にアンプの回路図の論文を寄稿するほどの音楽好きだった。

 同大学の大学院理工学研究科応用物理学を修了した後も、秋葉原のオーディオメーカーのジムテックに入社する。自らアンプを設計して組み立てた牧氏は、「自分の技術が世の中でどれほど通用するのか。それを確かめてみたい」というベンチャー精神から創業したのだった。

 自宅の離れを改造して作った4畳半のプレハブで、毎日、音楽を聴きながら改良を重ねてオーディオ機器を開発、製造していた。まるで、米ヒューレットパッカードのビル・ヒューレットとデイブ・パッカードが、34年に家の裏のガレージから創業したのと同じように。メルコ創業の翌年の76年には、アップルの創業メンバーのスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックも、諸説あるが、ガレージから起業したといわれている。

 創業当時は順調だったが、ある時に、自分の作ったアンプが顧客から酷評というほど、「ボロクソ」に言われたことがあった。毎日、プレハブで高級スピーカーを置いて聴き比べをしながら、音に対して自信を持って作った製品が、お客様に評価されない。

 『理念BOOK メルコバリュー』の中では、「主観」から「客観」に代わった瞬間だった、と振り返っている。「自分の姿がガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた」と表現するほど、自分がいいと思った製品と、お客様の評価の違いに衝撃を受けた出来事だった。

 この経験以降、牧氏は、自分がオーディオファンだからお客様も同じ考えだろう、という一人よがりではなく、徹底して顧客のニーズに沿った製品を作ることを心掛けた。

 そうして生まれた製品が、創業から3年目、35キロのターンテーブルとモーターを絹糸で結んで回転させる、総重量100キロにもなる糸ドライブプレーヤーだった。アンプの設計が音質を決めるという自分の考え方を押し付けるのではなく、お客様がレコード盤を直接置いて回すターンテーブルに注目し、徹底的に磨き上げた。

 ターンテーブルを重くすれば回転は安定するが、駆動させるモーターの振動も大きくなってしまう。そこでモーターの駆動が小さくても、絹糸を使って重たいターンテーブルを回転させるというアイデアを取り入れたのだ。

 当時で1台30万円もする高級オーディオ機器は、回転の安定性が抜群で、発売と同時にマニアの間で評判になり、1年分の注文が入ったという。

 このオーディオ事業での経験が、後のモノづくりに対する牧氏の考え方を確立し、経営理念の一つである「顧客志向」につながった。

 「技術者が最高と思うものをそのまま世に出しても、ビジネスとして成功するとは限らない。最高ではなくとも、むしろ性能、機能を絞り込み、低価格で打ち出したほうが、お客様にとっては満足度が高い」

 糸ドライブプレーヤーの開発で、技術者の「主観」ではなく、顧客のニーズを必死で探るという「客観」の大切さを学んだ。それを応用したのが、大ヒットにつながったP-ROMライターだった。

 PC周辺機器への参入について「好きではじめたわけではない」と語っているのも、主観である「好き」では本当にお客様の望んでいる製品を作ることはできず、お客様の満足や市場の変化を客観視する姿勢を徹底することが大切であると説いている。

 『理念BOOK メルコバリュー』では、こんなことも語られている。メルコには「PCが好きだから」という志望動機で入社を希望する人が多いが、「好き」という主観だけではお客様が本当に望む製品は作れない。いかに一歩引いて客観でいることを徹底できるかが大切であると。

 PC周辺機器メーカーとして大きく舵を切ったのが81年。写真は、顧客志向のモノづくりに気づいてオーディオの仕事から足を洗った節目から、その後の急成長を歩んだ10年後の92年ごろに撮影されたものだ。(BCN・細田 立圭志)
※参考資料:第一生命『サクセス21』