【CGM文化座談会】 CGMビジネスの未来は明るいか

特集

2008/10/22 19:05

 自由に歌を歌い、踊ってみたい。描いた絵やつくった映像を発表したい――。人間として当たり前の表現活動がネット上では許されない。そんな時代が10年余り続いた。自宅で歌うのはいいが、ネット上では著作権の制約がかかる。ネットが生活の場になりつつある現代では違和感を覚えるものの、個人の力ではどうしようもなかった。ところが、ここ数年、音楽や映像を投稿できるサービスが登場。ユーザー参加型メディア(CGM)として盛り上がりを見せている。同サービスを手がけるITサービスベンダー・キーパーソンに、日本のCGMビジネスが抱える課題や展望を語り合ってもらった。

※週刊BCN 2008年10月20日付 Vol.1256より一部転載
※zoomeは、11月1日付からアイティメディアのグループ会社になります。取材時は発表されておりませんでした。前提に読み進めてください。


 参加者は、BCCKSの安藤摂取締役、マイスペースの後藤匡エグゼクティブプロデューサー、ドワンゴの伊織巧人執行役員、ニワンゴの木野瀬友人取締役、zoomeの阿部聡也最高メディア責任者、ニフティの黒田由美コンシューマメディア部プロデューサーの6名。

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CGM文化の振興に尽力
音楽著作権団体と一括契約


―本日は、日本のCGM文化の振興に尽力しておられるITベンダーのキーパーソンに集まっていただきました。ネット上で自由に歌うこともままならなかった時代が長く続きましたが、ここにご出席いただいたITサービス企業の方々の努力もあり、混沌としたなかにも明るい光が見えつつあるように思います。


 後藤(マイスペース) この10年間を振り返ると、ブロードバンドが爆発的に普及し、ネットは社会のインフラになりました。インフラが変わると、より上位のレイヤに位置する文化も影響を受けるわけで、自分の思いを表現したいと考えるユーザーも圧倒的に増えた。これが今のCGM文化を支えています。


 これまでネックになってきた著作権絡みの問題も、着実に整備が進んでいる。第三者が権利を持つ楽曲を、個人がネット上で歌うことはこれまで難しかったわけですが、われわれITサービスベンダーが日本音楽著作権協会(JASRAC)など著作権管理団体と一括的な契約を結ぶことで、少なくともCGMサイト内で歌ったりすることは可能になりつつある。これは大きな進歩です。


 伊織(ドワンゴ) 音楽に関しては今年4月以降、順次、JASRACなどの管理団体と一括的な契約を結んできました。ユーザーはニコニコ動画上で自由に歌を歌ったり、音楽を奏でたりすることについては問題ないところまできています。とはいえ、映像については権利者団体などとの話し合いを続けている最中で、まだちょっとグレーな部分が残る。権利者が納得する方法で、かつユーザーが安心してコンテンツを制作できる環境づくりにさらに力を入れる方針です。


 木野瀬(ニワンゴ) 10年前はまだ高校生でしたが、当時は版権に引っかかるMIDI音楽やFlashが権利者の要請によってネット上から消されていったのを覚えています。ニコニコ動画ユーザーのなかにも、こういった苦い経験を持つ人もいるのではないでしょうか。今はDVD画質の映像をネットで共有できる時代。もし、版権モノの映像がネットに流出したら10年前とは比較にならないほどコンテンツ業界に深刻な打撃を与える。われわれサービスベンダーはこの点を胆に銘じなければなりません。


 阿部(zoome) ネットの立ち上がりのときは、まだほんとうに学園ムードというか、アナーキーなところがありましたが、今は影響が大きすぎて、そういう考えはもはや通用しません。ユーザーの作品を検閲するのは好きではありませんが、24時間体制でチェックしています。ただ、なんでも削除するのではなく、権利者とよく話し合い、細かいフローチャートをつくって、判断基準がぶれないよう細心の注意を払っているのが実状ですね。



 黒田(ニフティ) 動画投稿サイトの「@niftyビデオ共有」を始める以前にも、ユーザーが制作した映像をネットで配信するサービスを手がけたことがありました。そのとき最も頭を悩ませたのが“音楽”なんです。映像に音楽は欠かせないのですが、権利者の許諾を得ていないものが使われていた場合は配信できなかった。ユーザーに「作り直してくれ」と依頼しても、やはりその音楽に思い入れが強いためか、作り直して再度投稿してくれるケースはまれ。ユーザーも音楽では苦労が多かったと思います。


 安藤(BCCKS) 1990年代後半からネット上の掲示板の人気が高まり、「2ちゃんねる」が出てきた。巨大な匿名投稿の集合体のようなものができて、わたしはそこに個人が持つ表現のパワーの可能性を強く感じましたよ。この時点で、個人による文字ベースの表現は完全に開放されたな、と。BCCKSはネット上の新しい本や雑誌をユーザーの力によって制作するサイトですので、写真やイラストも自由に使えるようにしたいですし、将来的には動画や音楽も取り込んでいきたい。



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通信と放送は相反するのか
みんなでワイワイがネット式


―映像メディアは長らくテレビに独占されてきました。「通信と放送の融合」が唱えられていますが、みなさんはどう捉えておられますか。

 木野瀬 ネットがいくら発達しても、テレビ局の圧倒的な資金力とコンテンツ制作力には到底太刀打ちできない。はたしてネットがテレビ局と張り合うことにメリットがあるのかどうかも疑問ですね。ニコニコの始まりは、YouTubeの動画の上にコメントをつけて楽しむというものでした。友だちが集まっていっしょにテレビを見る感覚です。コミュニケーションを通じて“じゃあ今度は自分たちでおもしろい動画をつくろう”というのが今のニコニコの流れ。映像だけならテレビで十分。


 黒田 ブロードバンド時代になって、ネットの有料配信が盛んに行われていますが、テレビにはかなわないでしょう。“ガンダム”級の人気コンテンツでもネットだけでペイさせるのは困難。やはりテレビで放映し、知名度を高め、DVDや関連グッズをたくさん販売するビジネスモデルを補完する位置づけでしかないと思います。


 伊織 ニコニコのユーザーは、若年層が多いためか、反骨精神が旺盛。お仕着せのものは嫌いで、みんな知らないだろうというニッチなコンテンツをどこかから引っ張ってきて、それをベースに二次創作、三次創作を楽しむ傾向が強い。みんなでわいわいコンテンツをつくるのが楽しいんですよ。これって、一方通行の放送とは相容れませんよね。


 後藤 イギリスでの事例なんですが、マイスペースのユーザーに映画の脚本、監督、サウンドの募集をかける。映画の制作はマイスペース上でやりますので、ユーザーみんなが「ああでもない、こうでもない」と参加する。できあがった作品はあらかじめ提携した配給会社を通じて上映します。そのときには映画を見たいというユーザーがマイスペース上に山ほどいるんです。これの応用で行けば放送事業者とも組めますよ。


 安藤 BCCKSでもユーザーのすぐれた作品に、出版社から出版したいとオファーがくるケースがあります。今後はもっと積極的に作品を公募し、優秀作品を書籍化してオフラインの市場に出していくことを考えています。長く続く出版不況のなかで、個人が秘める才能の発掘は、出版業界にとってもメリットが大きいはずですから。


 阿部 例えば、ユーザーが制作した映像コンテンツをオークションにかけて、視聴者が購入するというモデルもありかもしれませんね。プロの世界におけるDVDの販売とは違って、あくまでも制作者に対する“支援”という意味合いですので、大きな金額にはならないと思いますが、制作者がなんらかの収益を得られる仕組みづくりも大切です。

 


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厳しいCGMの収益モデル
ユーザーの時間を奪え


―CGMは従来型の放送とは異質なものですから、メディアの特性や収益モデルも異なってくるということですね。ユーザーに安定したサービスを提供するためにも収益力の強化は欠かせないわけですが、この点はどうでしょうか。

 阿部 zoomeはしっかりした事業計画をつくっています。損益分岐点は割と低めに設定し、サーバーやネットワークなどの原価計算も細かくやって、さらにソフト開発も内製化。広告商品の売り上げ増で利益確保に努めているところです。あと、動画配信の仕組みは企業向けにも展開できるので、この方面のビジネス化も模索中です。親会社が通信事業者のアッカ・ネットワークスですので、通信インフラの面では恵まれています。


 後藤 広告掲載はもちろんですが、マイスペースではテレビ・ラジオ局、レコード会社、レコード販売店、プロダクションなどと幅広くアライアンスを組むビジネスモデルを重視しています。グローバルではうまくいっているモデルですが、国内ではまだこれから。放送業界で“ネットの有効活用”への理解が進まないこともあるものの、一方で、手応えも感じています。最近ですとラジオ局と組みました。著名アーティストのブログなんかを番組ホームページで持つと、万が一“炎上”したときに困る。広告クライアントにも迷惑がかかるしね。


 だったらそのブログをマイスペース上で持ちましょうと提案すれば、受け入れてもらいやすい。アーティストもユーザーとの接点が増えるのでメリットがある。自分の番組なら楽曲の一部をネットにアップロードしやすいし、それを受けてユーザーが盛り上がればネットの特性をうまく生かしたプロモーションになる。認知度が上がってCDが売れれば、レコード会社、販売店にも利益が回っていくはずです。


 黒田 確かに動画投稿だけで収益を上げようとすると難しいですね。サーバーの維持費も高いし。ニフティにはブログなど多数のCGMサービスがあるので、動画単体ではなくて、総合力を生かした収益力強化を狙っています。

 安藤 BCCKSはまだサービス開始間もないので、まだまだこれからという感がありますが、予想以上にビジネスの引き合いが多い。CGMを活用した企業広告の在り方などを積極的に提案していますし、ユーザー自身が企業広告をつくるケースも出てくるかもしれません。

BCCKSという装置を使って企業がユーザーとともにプロモーションができる。ユーザー参加型広告というか、これまでになかった企業広告を打ち出していきたい。


 伊織 ニコニコは、国内最大の動画投稿サイトと自負していますが、恥ずかしながら現時点ではまだ赤字。みなさんのほうがビジネスはうまい(苦笑)。


 木野瀬 少し極端な言い方ですが、“ユーザーの時間を奪う”ことがメディアの価値につながる。かつてのテレビ局の取り組みがそうで、結果としてテレビの収益力は格段に強いものになりました。ネットとテレビは特性がまったく違いますが、この点については異なるどころか同じです。おかげさまでニコニコユーザーの滞在時間は長いですから、早期に損益分岐点を越えてみせます。

 

 

次のページ→著作権で共通ルールが必要、CCライセンス採用の動きも

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著作権で共通ルールが必要
CCライセンス採用の動きも


―まだ歴史が浅いCGMですが、ネットの可能性を広げ、ひいてはIT産業の振興に大きく貢献するものと期待されています。そうしたなかでの課題とは。


 黒田 今は各社バラバラで投資をしていますが、なんとか共通的な基盤づくりができないものかと考えています。システム的な共通基盤もそうですが、コンテンツや著作権に絡むルールづくりも大切です。ニフティでは、大手プロバイダでは最も早い05年から動画投稿系のサービスでクリエイティブ・コモンズ(CC)を採用しています。CCは著作権の一部をユーザーに開放し、リミックスや二次創作の道を開くルールとして国際的な運動に発展しています。


 安藤 BCCKSでもCCを採用しています。CGMではアマチュアとプロの境目はとても曖昧になっていて、プロがつくった素材をもとに、アマチュアがさらに質の高いコンテンツをつくる。その逆もあります。こうした状況のなかで、CCのルールに則ってコンテンツを自由に使えるプラットフォームづくりを進めているところです。各社バラバラのルールで運用するより、この点は共通化したほうがユーザーに分かりやすいですし、権利者の理解も進みやすいように思いますね。


 伊織 ニコニコでは、CCを参考にした「ニコニ・コモンズ」を今年8月から始めました。CCではコンテンツを改変する可否を選択できるのですが、ニコニ・コモンズでは二次創作を前提としているので、改変許可を固定条件にしました。ですが、CCと対立するものではありません。例えば、広くインターネット全体に向けてコンテンツを開放する場合にはCC準拠のライセンス形態を採用できるようにするなど、改善の余地はあります。


 阿部 例えばユーザーのIDは、どのCGMサイトでも通用する“オープンID”みたいなものがあってもおもしろい。ニコニコはアニメ・ゲーム系が多くて、zoomeはそれとは毛色の違う作品に人気があるんですね。どちらかに偏るのではなく、ユーザーが自由に行き来できれば利便性が高まる。お互いビジネス面ではライバルですが、ユーザーの利便性を高めるという点では通じるところがある。権利者との関係でも、なんとなく暗黙的なルールはできあがりつつありますが、CGMの基盤となるようなルールなどは共通化、明文化してもいい。


 後藤 マイスペースの基本構造はSNSですので、ニコニコとはちょっと違う。でも、例えばニコニコに音楽をアップして話題をつくり、マイスペースでファンと交流するなんてことは、ネットならではの手法。先にお話ししたラジオやレコード会社とのタイアップもありますし、マイスペースからプロの道へ進むことも可能です。テレビ局やプロダクションは常に人気の出るアーティストを求めていますから、アマチュアからプロへの架け橋として期待されているところがあるんですね。


 木野瀬 日本のアニメ・ゲームは世界に誇るべき文化ですが、ニコニコの場合、ちょっとこの比率が高すぎる気がしています。世界のユーザーにあまねく見てもらうためにも、もう少し一般化、グローバル化を進める必要がありそうです。マイスペースさんとかYouTubeなど、世界大手は多いですから、その一角に食い込んでいく。ただ、大手と同じ方向に行くのではなく、ニコニコらしく「あさっての方向に向かう」わけですが(笑)、著作権など基盤となるルール整備は業界として進めていく必要はありそうです。(文中敬称略)


安藤章司:進行・取材/文
大星直輝:写真