今や店頭のテレビ売り場のほとんどを占めるほど人気の液晶テレビ。競争が激しい市場でポイントとなっているのは「高画質」。高画質化のアプローチはさまざまだが、その中で生まれたのが高コントラストの「VA=Vertical Alignment(垂直配向)」と広視野角の「IPS=In-Plane-Switching(横電界)」という液晶パネルの技術。この液晶パネル方式の違いを軸にメーカーの取り組みを聞いた。


シャープ:水島繁光・取締役ディスプレイ技術開発本部長
 「『ASV液晶』で液晶テレビの基礎技術は完成した」



 液晶テレビ市場でトップを走るシャープ。「BCNランキング」6月のメーカー別販売台数では49%のシェアを獲得している。シャープは「AQUOS(アクオス)」に搭載する液晶パネル「ASV液晶」で「VA」方式を採用。その理由を「ASV液晶」の生みの親と言われる水嶋重光・取締役ディスプレイ技術開発本部長は、こう語る。


「テレビの基本は『黒』と『白』。画をきれいに出す原理・原則は『黒』をいかに沈めて、『白』をどれだけ出すかで決まる。VAは『黒』を出すのに有利な上、光の透過率にも優れ『白』も出しやすい。それがVAを選んだ理由。コントラスト比については現行の製品で、すでに1000:1を超えており、今年中には3000:1とプラズマテレビを超える世界に入る。また、応答速度も速い。しかし、今やVAもIPSも技術水準が上がり、違いが問題にないほどになった。だから、方式の議論は意味がないとも思っている」

 シャープではパネルをはじめ、応答速度の改善技術、広視野角技術などを含めた液晶技術の総称を「ASV液晶」と呼んでいる。入社以来、25年間、液晶畑一筋を歩んできた水嶋取締役は「ASV液晶」で、今求められる液晶テレビのベースとなる技術は完成したと考えている。

「改良・改善はもちろんしていくが、(ASV液晶で)『高コントラスト』『速い応答速度』などの液晶テレビでの基本的な技術は完成させた。後はお客さんの要望に合わせて電気的にどのように料理していくかだけ。だから、サイズ、仕様、バリエーションなどのニーズにも応えることができる」

 その「ASV液晶」が持つ性能の一例として挙げるのが放送局向けの高コントラスト液晶だ。

「シャープでは放送局向けにコントラスト比が100万:1という液晶を開発した。放送局では、まだ確認用モニターがCRT(ブラウン管)モニターが一般的だが、メガコントラスト液晶なら業務用のCCDカメラで撮影した映像のノイズまで確認できる。(ASV液晶で)こうしたプロ用からベッドサイズのテレビ、ゲーム機のディスプレイまで液晶の世界を広げて行きたい」

 一方、「色」ついては、あくまで「自然」の色を再現性することを基本にしていくという

「人はバラならバラの色のイメージを頭の中に持っており、その色を出さないと『きれい』と言ってもらえない。だから、その『記憶色』を反映して技術的な色の演出はする。しかし、過剰な演出はせず、自然感を失わない色を再現するのが色に対する考え方だ」

 市場でトップを走るシャープに対し、液晶だけでなくプラズマを含めた薄型テレビ競合メーカーの追撃は激しさを増している。他社が製品発表会で「AQUOS」と比較し、自分たちの製品をアピールすることも少なくない。

「比較は不毛なだけ。本当の競争はシェアや規模ではない。やるべきことをやっているメーカーが市場で生き残る。それが本当の競争。世界のテレビ市場は2億台で、そのうち液晶テレビは2000万台とまだ10%に過ぎない。残りの大きな市場を液晶でどうやって作り出し、支えるかが大切だ」

デジタル時代に必要なのは「解像度」と「大型化」



 では、シャープが考える「やるべきこと」とは何か。放送と通信の融合や高画質記録メディアの普及が進むデジタル時代を視野に、水嶋取締役は2つのポイントを挙げる。その1つが「解像度」だ。

「これからのデジタル時代、ハイビジョン、デジタルシネマなどで送られてくる信号、高画質記録メディアで出力される信号はすべてを映すことが重要になる」

 水嶋取締役によると、テレビ局で一般的に使われている業務用カメラで、スポーツなど動きの早い映像を撮ると動画のボヤケは必ず発生するという。しかし、「すべてを映す」ということでは、その「動画ボヤケ」すらもそのまま映すのがシャープの考え方だ。

「液晶は動画がボヤケが起きるとよく言われるが、実は放送局のカメラのシャッタースピードは60分の1しかなく、速いスピードに対応できないため、送られてくる映像がボヤケている(笑)。これは我われにとってはジレンマだが、そのボケヤた映像もボケヤたままで映すことが重要だと思っている」

 シャープは06年度中には37V型以上の液晶テレビをすべてフルHD(ハイビジョン)にする方針を表明。「解像度」について、1つの方向性を示した。そして、もう1つのポイントに挙げるのが「大型化」だ。

「デジタル時代のテレビは、視野の範囲をすべて映像で埋めた世界を広げていく。これまでのテレビは“窓から見た世界”だったが、これからは“ドアから外に踏み出す世界”になる。言い換えれば、“臨場感”から“没入感”に見ている人の感覚が変化する。そのためにはある程度の『大型化』が必要。そういう意味ではVAは大型化が容易で、エネルギー効率も良い。これからのテレビを考えるとアドバンテージがある」


 シャープでは「ASV液晶」の開発で液晶技術の土台固めの時期は終わったと考えている。今後目指すのは技術の完成度を高めることだ。

「ASV液晶で、今の消費者にテレビとして満足してもらえるだけの製品を作る技術はできたと思っている。しかし、(技術の完成度という点では)画面の均一化、低消費電力化、高精細化、色彩の表現力向上など、やるべきことは山ほどある。液晶テレビはガラス、バックライトなど構成技術要素が多く、いくらでも進歩する。今の技術はまだ4-5合目で、先はまだまだある。成熟感はまったくない」

ソニー:吉田秀史・テレビ事業本部映像デバイス部門LCDパネル技術部担当部長
 「ディテール、色彩・・・より高精細な映像のテレビを目指す」



 「BRAVIA(ブラビア)」でシェアトップのシャープを追うソニー。ソニーも「BRAVIA」に搭載する液晶パネル「ソニーパネル」で、シャープと同じ「VA」を採用した。グループに映画会社を持つソニーは、他社とは異なる映像表現のこだわりを追求する。液晶パネル開発に携わる吉田秀史・テレビ事業本部映像デバイス部門LCDパネル技術部担当部長は、そのこだわりを次のように説明する。


「ソニーでは、特に映画を重視している。映画は暗い場面が多く、ディテールがはっきり見えることが重要。だから、コントラストが高いVAを採用した。だが、同じVAでもシャープなどとは別の技術を使っており、より高いコントラストを実現できる。そのため、(BRAVIAでは)暗い場面が多い映画でも、映像のディテールがはっきりとわかる。また、VAはパネル製造の歩留まりが良く、安定供給が可能で、リーズナブルな価格で製品を消費者に提供できる。このこともVAを選んだ理由の1つだ」

 VAでは一般に「マルチドメイン」と呼ばれる広視野角技術が使われている。ソニーの広視野角技術もマルチドメインの1つだが、独自の方式でIPS並みの視野角を実現した。

「液晶の1つの画素を2つに分け、明るさと暗さをそれぞれ別の回路で制御することで、視野角を広げた。また、画素2つを独立してコントロールするので細かな階調表現もできる。そして最大の特徴は回路のデータを後から書き換えてチューンアップが行えること。そのため、細かな調整がいくらでもできる。この点が他社にはない強みだ」

 吉田部長が広視野角技術とともにソニーパネルの特徴とするのが液晶の応答速度。液晶にある仕掛けをすることで、反応速度を高め、動画のボヤケを減少させた。

「『ソニーパネル』では液晶に少し電圧をかけ、“フライング”的に動かし、それから100%の電圧をかけることで液晶の動くスピードを速めた。しかし、『応答性』ということでは、これだけではまだ不十分だと思っている。今後は液晶の応答速度だけでなく、そのほかの技術も使って、この課題を克服していきたい」

CRTで培った技術を活かし、独自の「画づくり」を追求



 ソニーは「画づくり」と呼ぶ映像表現に対する独自の哲学を持つ。高コントラストのVAの選択は、その実現のための1つだが、色に対してもこだわりがある。そこで、色の再現領域を広げ、はっきりとした色を映し出すバックライトシステム「ライブカラークリエーション」を開発。「BRAVIA」の「X1000」と「V2000」シリーズに搭載した。


「色の鮮やかさは業界最高だと思っている。新しい蛍光体には、CRT(ブラウン管)の『トリニトロン』で培ったテクノロジーをつぎ込んだ。我われは、こうしたCRTの資産を持っており、他社とは異なる『画づくり』ができる。今後はコントラストを現行の1300:1から1500:1より高いレベルに上げていくほか、色の純度、つまりカラーの鮮やかさも上げていく。グラデーション(階調)もよりきれいにして“匂い立つような”映像表現も追求する。視野角もCRTに近づけ、消費電力の低減にも取り組んでいくつもりだ」

日立ディスプレイズ:小野記久雄・TV用TFT開発部部長
 「『IPS』は角度だけの広視野角技術ではない!」



 「IPS」は95年、日立製作所がパソコン用の13.3型ディスプレイとして世界で初めて実用化。02年秋にはテレビ用に採用された。視野角によるコントラストや輝度、色変化が少ないのが最大の特徴だ。そのため、これまで「視野角」性能だけが注目されてきた。しかし、IPS液晶パネルを開発する日立製作所の液晶子会社、日立ディスプレイズの小野記久雄・TV用TFT開発部部長は、こうした見方は正確ではないと力説する。


「これまでIPSは『広視野角』ということで、角度ばかりが注目されてきた。しかし、『視野角』とは角度だけではない。角度、コントラスト、色など、すべての性能を含めた総合性能が本当の『視野角』。正面のコントラストが高いVAと違い、IPSの最新パネル『IPSαパネル』は、暗所のコントラスト比が画面全域でほぼ100:1と、色の変化などもなく、どこからも安定して見える。つまり、IPSは本当の意味での『広視野角』な液晶といえる」

 小野部長のいう「広視野角」の実現には、角度だけではない液晶テレビとしての総合的な性能の向上が不可欠。そのため、コントラストや輝度、応答速度などの技術も改良を重ねてきた。

「コントラストについては新しい偏向板フィルム(光を特定の方向にのみ通過させる光学フィルム)を使って改善し、最新の『IPSαパネル』では正面で1000:1とVAに遜色ないコントラスト性能となった。輝度も光の透過率を上げることで向上させた。IPSは液晶がVAのように立ったり、倒れたりせず、横に寝たままの状態で回転する。そのため、基本的に応答速度はVAよりも速い。さらに当社では電圧のかけ方などを改良し、最新パネルでは6-7msec(ミリ秒)を実現した」

 動画ボヤケを抑えるためには、液晶の応答速度が早いほど良いと一般的には言われている。しかし、小野部長によれば、液晶テレビの構造上、速度を上げるだけでは残像感を消すことはできないという。

「液晶は構造上、常にバックライトが光っているため、前の映像が見ている人の目に残る。そこに次の映像が入ってくるので残像感を感じてしまう。だから、応答速度が仮に0msecになっても動画ボヤケは起きる。そこで、当社ではバックライトの点滅を制御し、テレビ映像のコマ数を2倍に増やし、黒画像を挿入して映像の輪郭を補うことで残像感を抑える『倍速スーパーインパルス表示』という技術も開発した」

 IPSパネルは日立、松下、東芝が出資する液晶パネル製造会社「IPSアルファテクノロジ」が生産。視野角と画質が重視される一眼レフを中心としたデジカメで、キヤノンやニコンなどの大手カメラメーカーがディスプレイに採用し利用も広がってきている。


 しかし、液晶テレビ市場に目を向けると、「BCNランキング」の6月データで、液晶テレビメーカー販売台数別シェアの上位7社のうち、パネル方式についての回答が得られた5社(シャープ、ソニー、松下電器産業、東芝、日立製作所)のモデルに限って集計してたシェアでは、17%と「VA」に比べ、まだまだ少数派だ。

「低消費電力」「LEDバックライト」で他社との差異化を図る



「IPSはパソコン用ディスプレイで展開してきたため、テレビ市場に参入するのが遅れた。また、日立が技術を他社に使わせなかったことも大きかった。しかし、これからは、現在IPSを採用しているメーカーに加えて、広く他社に使ってもらうことで、普及を図る。また、今年後半には液晶の動きをイメージしたIPSのロゴなどを広め、徹底的にアピールしてシェアを拡大していきたい」

 IPSアルファテクノロジも兼任する小野部長はIPSの普及に向け次の一手をすでに用意しているという。それが液晶テレビメーカーが今後の課題として上げる「低消費電力技術」と光源にLED(発光ダイオード)を使ったバックライトシステムだ。

「低消費電力技術で他社の一歩先をいく、使用消費電力が65ワットという低電力パネルをすでに開発した。32V型テレビで使用した場合、テレビをつけた時の消費電力は100ワット、電球1個分で済む。また、LEDはバックライトに使うことで、色の階調や再現能力を飛躍的に広げることができる。テレビなどの動画はもちろん、画像を映し出した時には、色の見え方がまったく違う。LEDバックライトは他社も開発を進めているが、我われは色の再現力で優れていると思っている。しかし、LEDバックライトは消費電力と製造コストがまだまだ高い。これをどう克服するかが今後の課題だと考えている」

 高画質化が図られてきた液晶テレビだが、その背景にあるのは、こうしたメーカーの考え方だ。その目指す方向性を1つのポイントとして見れば、また違った角度から製品を選ぶことができるだろう。


*「BCNランキング」は、全国のパソコン専門店や家電量販店など22社・2200を超える店舗からPOSデータを日次で収集・集計しているPOSデータベースです。これは日本の店頭市場の約4割をカバーする規模で、パソコン本体からデジタル家電まで115品目を対象としています。