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アップル、フィル・シラー氏単独インタビュー、iTMSは音楽をどう変える?

インタビュー

2005/08/05 04:02

 アップルコンピュータは8月4日、東京国際フォーラムで「アップルスペシャルイベント」を開催、日本での「iTunes Music Store(iTMS)」開始を発表した。マスコミ関係者ら1500人あまりを招待して開いたイベントのあと、BCNランキング編集部は、同社上席副社長であるフィリップ・W・シラー氏(Philip W Schiller)に単独インタビューを行った。ワールドワイド・プロダクト・マーケティング担当の同氏に、日本での「iTMS」について率直な意見を聞いた。

●iTMSはどうやって既存の音楽サービスに勝つのか?

アップルの上席副社長・フィリップ・W・シラー氏 すでに世界19か国でサービスが提供されている「iTMS」。日本は20番目という“遅い”スタートとなった。音楽マーケットとしては決して小さくはないはずの日本で、これだけスタートまでに時間がかかった背景にはやはり、楽曲を提供するレーベル各社との調整に難航した経緯があったようだ。「契約内容などはお話しするわけにはいかないが、ビジネスの取り決めに思いのほか時間がかかったのは事実」とシラー氏は明かした。

 日本では、1曲150円からという「iTMS」の価格は、米国のそれ(0.99ドル)と比べるとやや割高(1ドル=111円とすると、0.99ドルは約110円になる)に感じる。それはとりもなおさず、デジタル音楽のオンライン販売に対する国内レーベル各社のさまざまな思惑の反映、と見ることができるだろう。

 最近は「着うたフル」など携帯電話向けの音楽販売も人気だが、「iTMS」の普及を占ううえで最も気になるのは、何と言っても「レンタルCD」の存在だ。日本ならではの音楽供給システムとして定着した感のある「レンタルCD」。ブロードバンド環境の整った都市になら、間違いなくレンタルCDショップがある。そこでは、CDアルバム1枚が200円?400円でレンタルされている。これまで日本のiPodユーザーは、CDを買ってきたり、レンタルしてきたりして、iTunesで楽曲を取り込み、iPodに転送して楽しむ、というスタイルをとってきたはずだ。

 価格という点で言えば、「iTMS」より「レンタルCD」のほうがはるかに安価ですむ。「iTMS」と同様、合法的に、しかも「iTMS」で購入するより安価に、音楽を楽しめる環境が日本にはあるわけだ。こうした「レンタルCD」の存在を、アップルコンピュータではどう見ているのか?

 シラー氏によれば、日本の音楽市場のリサーチを通じて、この点はすでに認識済みだという。その上で、「音楽をレンタルすることと、iTMSには決定的な違いがある」と強調する。「まず、『iTMS』には100万曲の楽曲が用意されている。しかも、すべての楽曲を30秒間フルクオリティで試聴することができる。まず試聴してみて、気に入ればその楽曲を購入するということが可能なわけだ。それを24時間365日、いつでも好きなときに行うことができる。提供する楽曲数は今後ますます増えていくだろう。『iTMS』にアクセスするだけで、パソコンは100万曲を超える膨大な楽曲を保有する音楽ライブラリに変わる。しかも『iTMS』には、探している楽曲をたちどころに見つけることができる強力な検索機能まで備わっている。曲名、アルバム名、アーティスト名、そのほかさまざまな条件で、100万曲の中からたった1曲を瞬時に選び出すことができるのだ。こうしたことがレンタルCD(ショップ)で可能だろうか? 世界ナンバー1の音楽配信サービス『iTMS』は、日本人のデジタルミュージックライフも根本から変えてしまうと私は信じている」(シラー氏)。

●「シャッフル」が「アルバム」の持つメッセージを損なわないか?

 シラー氏のいう「iTMS」とiPodが創り出すデジタルミュージックライフは、私たちの音楽の楽しみ方を変えると同時に、音楽のあり方そのものにも大きな変化をもたらす。最も危惧するのは、「アルバム」というものが意味をなさなくなるのではないか、という点だ。

 「iTMS」ではアルバムの中の楽曲を1曲単位で購入することができる。アーティストが、あるコンセプトを持って制作したアルバム、全12曲なら12曲をひとつのまとまりとして聞いてもらうことで、自分の表現したい世界を描くコンセプトを持ったアルバムを、バラバラに解体して購入することができるようになってしまうわけである。アーティストが、アルバムの曲順も含めてあるコンセプトを表現している場合、Shuffleという音楽の楽しみ方は、そのコンセプトをないがしろにしていることになるのだろうか?

 もちろん、1曲単位でも購入できることで、無名のアーティストにも楽曲を発表・発売できる場が増える、私たちは新しい音楽に出会える機会が増える、といったメリットはあるだろう。それでも、これまでの「アルバム」というアーティストからのコンセプト=メッセージが消え去る危険性は無視できない。常にクリエイターを応援してきたアップルコンピュータは、この点をどう考えているのだろうか。また、日本のアーティストたちはこれからこうした問題に直面することになるのだが、「iTMS」で先行する米国のアーティストたちは、それに対してどのような反応を見せているのだろうか。

 「その懸念は私も十分に理解できる」としながらも、シラー氏は次のように続けた。「私たちは、何よりもユーザーの希望を叶えるために最大限の努力をしたいと考えている。1曲単位で楽曲を購入したいという人も、アルバム単位で楽曲を購入したいという人も、どちらの人にも満足して欲しい。『iTMS』ではそれが可能なようになっている。もちろん、だからといって「アルバム」に込めたアーティストのコンセプトをないがしろにしていいなどとは考えていない。『iTMS』を見てもらえば、アルバム単位で楽曲を購入しやすいようになっていることがわかっていただけるだろう、それは私たちが、ユーザーの利便性だけでなく、アーティストのアルバムコンセプトも大切にしたいという思いを持っているからに他ならない。

 米国のアーティストたちの反応だが、1曲単位で販売することを積極的に支持する人たちは大勢いる。彼らは、ひとりでも多くの人に自分の音楽を知ってもらうチャンスが増えると捉えているのだ。一方で、自分の音楽をぜひアルバム単位で聞いてほしいと考えるアーティストもいる。彼らは、アルバムを購入した人にだけ入手可能なボーナストラックや限定ビデオクリップをセットにしてアルバムを販売している。アーティスト自身がアルバムコンセプトを記したPDFファイルが一緒にダウンロードできるようになっているアルバムもたくさんある。日本の『iTMS』でも、そうしたアルバムはすでに数多く提供されている。ユーザーは、アルバム単位で楽曲を購入することで、CDジャッケトに相当する「アートワーク」のほか、こうした限定コンテンツも手に入れることができるわけだ」(シラー氏)

「ぜんぜんかまわない。いい楽曲をつくっていくだけ」(佐野元春氏)

 シラー氏の話を聞いているうちに、「iTMS」によって、アーティストが「アルバム」に込めたコンセプトが意味をなくすのではなく、むしろより鮮明にコンセプトをアピールすることも可能になるのではないか、という気がしてきた。音楽のデジタル化は、国境や言語を超えて世界中の音楽と出会える可能性を私たちに与えてくれるものであろうし、楽曲を提供するアーティストにとっては、自身のコンセプトをどう表現し提供するか、日本でもさまざまな新しいチャレンジがこれから始まっていくのだろう。

 「スペシャルイベント」に姿を見せたミュージシャンの佐野元春氏は、シャッフルするという新しい音楽の楽しみ方について次のようにコメントした。「アルバムの曲順というのはアーティストの意図を反映したもの。だから、作る立場として、バラバラに聞かれるのはどうかなと『昔は』思っていた。ただ、音楽は、とくに僕らがやっているロックンロールは、リスナーの楽しみにつながるのが一番大切なこと。もしリスナーが新しい楽しみ方をしたいというなら、僕は『それに合わせて別のアイディアを出すよ』という感じで柔軟になってきた。僕らより上の世代だと、アルバムで育って、曲順を壊されるのは嫌だと考えるかもしれないが、僕はぜんぜんかまわない」。

 また、曲の「バラ売り」については、「今の時代、僕たち音楽をつくる者たちは嵐の中にいるようなもの。これまでは旧来の仕組みの中で守られていた部分もあった。だけど僕らは権利を守るために音楽を作り出しているわけではない。良い音楽を作り出すために必要なことではあるけれど、権利は誰かにしっかり守ってもらいたい。厳しい時代であるからこそ、良い楽曲をつくるということに対してもっとチャレンジしていくべきだと思う。曲の対価が150円であれ200円であれ、僕らはビジネスマンたちが作った構造に負けないくらいのいい楽曲を作りつづけていくしかない。ソングライターとしてそう思っている」と語った。

●日本では最近元気のないMac、iPodが救うのか?

 さて、話をシラー氏に戻そう。各マスコミが大きな関心を持って報じた「iTMS」スタート。しかし、アップルコンピュータが先に行った四半期決算報告では、ワールドワイドで絶好調のセールスを記録する中、日本市場だけが、Macの販売でやや世界の足並みに及ばないという結果が出ていた。ワールドワイド・セールス&オペレーションズ担当エグゼクティブ・バイスプレジデントのティモシー・D・クック氏は、「日本市場は、前四半期と比べてユニットセールスで25%、収益は20%低下し、昨年同期と比べて収益は32%増加したが、ユニットセールスは7%低下した」とコメントしていた。「iTMS」のスタートがMacの販売も押し上げる「ハロー効果」を、アップルコンピュータでも期待しているのではないだろうか。少々聞きにくい質問だが、あえてシラー氏にぶつけてみた。

 シラー氏は苦笑しながら、「確かにそのとおり。私たちもそうなってくれることを大いに期待している」と答えた。「『iTMS』やiPodですばらしい体験をしたユーザーが、『アップルっていいね。楽しくってワクワクするようなものを提供してくれるよね。iPodなどのほかにもアップルがつくっているものってあるんだろうか? あ、Macっていうのがあるんだ』と、Macを発見してくれる、Macユーザーになってくれることが、私たちの願いでもある」(シラー氏)。

●デジタルオーディオではソニーには負けない自信がある

 もうひとつ、「BCNランキング」としてはぜひ聞いておきたい質問があった。それは、ソニーの「ネットウオークマン」をアップルコンピュータはどう見ているか、ということだ。とくにシリコンオーディオプレーヤーのジャンルでは、「ネットウオークマン」の販売シェアが「iPod Shuffle」を凌駕してしまっている現状があるからだ。iPodファミリーに新たなハードを投入するなど、対抗策を検討しているのだろうか? シラー氏に尋ねてみた。

 「ソニーは偉大なカンパニーだ。アップルとしても尊敬している企業であり、アップルとソニーは、長年にわたってさまざまな分野で協業を図ってきた。初代PowerBookであるPowerBook100や、かつてのアップルのCRTモニタの多くがソニー製だったことは有名な話。最近では、次世代DVDの規格争いでアップルは、ソニーなどが提唱するブルーレイ陣営への支持を表明している。(編集部)>しかし、デジタルミュージックプレーヤーの分野では、アップルは他のどの企業をもはるかにリードしていると自負している。今後の商品展開についてはお話することはできないが、アップルはこのリードを今後もさらに維持していく自信がある」(シラー氏)と語った。

 インタビューを通じて、シラー氏が、日本での「iTMS」に大きな期待と、そして確かな自信を抱いていることがうかがえた。ともあれ、「iTMS」はいま、まさに始まったばかり。これがどのようにこの国のデジタル音楽配信ビジネスを変えていくのか、私たちのデジタルミュージックライフをどんなふうに豊かにしてくれるのか、そして、「iTMS」とiPodがMacの世界、Macの魅力をどう拡げていくのか、これからしっかり注目していきたいと思う。(フリーライター・中村光宏)