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日本がもつゆるぎない歴史をもっと世界に誇っていいと思います――第180回(下)

千人回峰(対談連載)

2017/03/27 00:00

マンリオ・カデロ

マンリオ・カデロ

サンマリノ共和国 特命全権大使 駐日外交団長

構成・文/浅井美江
撮影/長谷川博一

週刊BCN 2017年3月20日号 vol.1670掲載

 マンリオ・カデロ大使のお話をうかがって感じたことの一つに、目線が私たちに近いことがある。前回、ユーモアたっぷりに語ってくださったロボティズムのこと、駐車禁止のこと。そして今回の伊勢神宮のご遷宮のこと。前職のジャーナリストという目線をいまだにおもちのように思える。「ずっと日本にいます」とおっしゃる大使に、「でも今の日本は、スローライフじゃありませんよ」と申し上げたら、「大丈夫。私はマイペースだから」と微笑まれた。(本紙主幹・奥田喜久男)


2016.11.18/サンマリノ共和国大使館にて

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第180回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

ステレオだと思ったら、なんとオーケストラ!

奥田 前回お約束した天皇陛下のエピソードをお願いします。

大使 陛下とは何度かご陪食を賜ったことがあるのですが、ある時、食事の間中すばらしい音楽が流れていたのです。私は音楽が大好きなので、「いいなあ。すばらしいなあ。どこのステレオなのかしら」と思ってしまったんですね。それで陛下に「このステレオはどこのですか」とうかがったのです。

奥田 思わずたずねられたということですか。

大使 そうなんです。本当にすばらしい音だったし、もし陛下と同じものをもてたら、なんと光栄なことかと思って。そうしたら、陛下が「大使、食事が終わったらステレオをおみせしますね」とおっしゃって。

奥田 どこのメーカーだったのですか? 国産?

大使 食事が終わって、陛下が厚いカーテンを開けてくださったら、なんと、小さなオーケストラがいたんです!

奥田 ステレオじゃなくて!

大使 そうなんです。もう私、感激して思わず拍手をしてしまいました。

奥田 なんだか瞼に浮かびます。その時陛下はどんなお顔をされていましたか。

大使 やさしく微笑んでいらっしゃいました。陛下は本当に紳士な方です。

奥田 楽しいエピソードをありがとうございます。ところで、大使は日本の神社がお好きとうかがいました。

大使 大好きです。一番好きなのは出羽三山神社かな。でも、伊勢神宮もすばらしいし、岩清水八幡神宮もいいですね。

奥田 よくご存じですね。大使と神社との出会いはいつ頃ですか。

大使 日本に来てからです。神社は本当に日本的だと思います。デコレーションが少なくてシンプル。それに自然のなかにありますね。きれいな緑や水。伊勢みたいに神社のなかに川があったりね。立派な樹がたくさんあって。私、2013年の伊勢のご遷宮にもお招きいただいたんですよ。

奥田 それはそれは。内宮と外宮、どちらでしょう。

大使 大きな階段があったから……。

奥田 では内宮ですね。印象はいかがでしたか。

大使 お手洗いも行かずに5時間みんなじっとしてました。お隣ともしゃべらずに。あれ、日本人だから静かにずっと待てるんですね。ラテン人だったらたぶん喋っちゃいます。

奥田 (大笑い)

大使 伊勢神宮は森のなかでしょ。だから虫除け持っていったんです。でも不思議なことに虫はいませんでした。とても静かで、たまにふくろうかな。鳥の鳴き声がして。本当に神秘的でした。

奥田 ご遷宮は神様がお宮をお移りになる儀式ですよね。お移りになる時、どんな印象をもたれましたか。

大使 静かで平和でした。おおげさじゃない。灯りはトーチだけ。神秘的で自然と一体化していて。一言ではとても言い表せませんが、いろんな意味で本当にいい経験でした。20年に1回だけですよね。次はもう出られませんから。

奥田 20年後、2033年には大使おいくつですか。

大使 うーん。午年だから80歳くらいかな。あ、だったらもつかな(笑)

もっと上手に日本のよさをアピールすべき

奥田 大使はサンマリノに神社を建立されていますね。

大使 14年の6月22日に建立しました。サンマリノ神社。ご祭神は天照大御神です。東日本大震災で亡くなられた方のためのメモリアルな神社です。

奥田 なぜ神社を建てられたのでしょう。

大使 東日本大震災の時、世界中が日本に寄付をしました。サンマリノも少し寄付をしましたが、それ以外に何かできないかと考えたのです。何年もいろいろ考えて、日本の形が残るものがいいのかなと思いました。それで神社がいいかなと。ヨーロッパでは初めての神社です。

奥田 どのように建てられたんですか。

大使 伊勢の宮大工さんに頼んでつくってもらいました。一度組み立てて、またバラバラにして船に積んでサンマリノに運びました。日本から職人さんが2人、サンマリノのローカルの職人さんが3人、みんなで力を合わせて3日間で組み立てました。神社の回りはオリーブ畑とぶどう畑。とても眺めのいいところです。

奥田 華やかなオープニングセレモニーだったとうかがっています。

大使 安倍晋三首相のお母様をはじめ、日本や海外から300人くらいおみえになりました。最初のスピーチが安倍さんのお母様でね。

奥田 大使の人脈は大したものですね。

大使 これは平和とか文化的なことですから、皆さん参加してくれたんだと思います。ポジティブなことですから。

奥田 そんな風にお考えなんですね。

大使 私は神道を宗教とは考えていないんです。哲学とかライフスタイルだと思っています。お祭りされている神様が、太陽とか海とか大きな樹とか。非常に自然に近いですよね。女性神だというのもいいと思います。なぜなら人間は女性から生まれるものだから。日本はもっと自分たちの国の文化とか歴史を教えた方がいいと思います。あと、ヒーローについても。

奥田 ヒーローですか。

大使 そうです。例えばイタリアのヒーローは、マルコ・ポーロ、レオナルド・ダヴィンチ、ガリレオ・ガリレイ、クリストファー・コロンブス……みんな世界中が知っています。日本にもコロンブスと同じように、異国であるヨーロッパに渡り、ローマ教皇に謁見した少年たちがいますよね。伊東マンショたち「天正遣欧少年使節」。

奥田 知っています。でも、みんなが知っているわけではありませんね。

大使 それが残念なんです。なぜかというと、伊東マンショのような人たちが歴史の財産なのです。イタリアは世界で最も世界遺産が多く、51件あります。それは大きな文化遺産であり、かつ収入源でもあります。日本にも世界遺産はありますけど、もっと国や観光庁、文部省が上手にアピールしないと、非常にもったいない。日本のように長い歴史をもつ国は世界でも非常に少ないですから。サンマリノは世界最古の共和国ですが、国の歴史は1716年ですから。それに比べて日本はもっと長いでしょう?

奥田 日本は皇紀でいえば、2017年は2677年になります。

大使 だからそれをもっともっとアピールしないと。

奥田 改めて考えないといけないですね。ちなみに大使は、いつかはサンマリノにお帰りになるのでしょうか。

大使 帰りません。ずっと日本にいます。

奥田 お決めになっているんですか。

大使 もう長いですから。日本に慣れちゃいました。よその国は住みにくいです(笑)。

奥田 私もずっと日本に居ますので、どこかでまたお会いできればと思います。今日はどうもありがとうございました。
 

こぼれ話

 当日のことである。対談に入るやいなや、「最近の日本は少々厳しくなりましたね」と相成った。聞けば実に頷ける内容なので、首の上下を繰り返すばかりである。 

 さて私ごとだが、7年前から中国によく出かけている。今年からは山東省の首都である済南市に出かける回数が増えるので、利用する飛行会社を中國東方航空とした。決めた理由の一つに機内サービスのあり方がある。

 離着陸の前になると「テーブルと座席の背もたれをもとの位置に戻す」ようにとアナウンスがあって、機内乗務員の点検がある。イヤホンを着けて電子機器で音楽を聴いていると、取るように指摘を受ける。だが、東方航空のそれは緩いのだ。それに慣れると何だか居心地がよくて、航空会社の選択要素にまでなったのだ。もちろん、規定を徹底することは、ものづくり日本の品質基盤を支えている要素だということは十分に承知している。
 

 飛行機の待ち合いの場から、イヤホンでアデルを聴きながら機内に入り、うっとりと歌に浸りながら席に着く。しかし離陸前になると「イヤホンをお取りください」と丁寧ではあるが指摘を受ける。アデルの歌が耳から離れる段になると、「いいじゃないか、この前の中国機では指摘を受けなかったぞ」と、つい思ってしまう。すべてのサービスが徹底していると安心安全なのだが、ときおり過ぎてはいまいかと思うことがある。カデロ大使の言い分は交通ルール的には、「それはいかがなものか」となるのだが、ケースバイケースでのアローアンスセンスを磨いてはどうか、という発言に対し同感の意思を示したい。
 

Profile

マンリオ・カデロ

(Manlio Cadelo)
 イタリア・シエナ生まれ。イタリアの高等学校を卒業後、フランス・パリのソルボンヌ大学に留学。幼少期から幾度か来日。1975年日本に移住後はジャーナリストとしても活躍。89年駐日サンマリノ共和国領事、2002年駐日サンマリノ共和国特命全権大使。11年5月からは日本に駐在する各国大使全体の代表である「駐日外交団長」に就任。外交団長として多忙な公務をこなしつつ、講演や執筆活動など幅広く活躍している。著書に『だから日本は世界から尊敬される』小学館、『世界でいちばん他人(ひと)にやさしい国・日本』祥伝社(共著)などがある。