• ホーム
  • 千人回峰
  • 【対談連載】キヤノン電子 代表取締役社長 橋元 健(上)

自分たちの頭で新たな事業を考え 自分たちの手によるものづくりに挑み続ける――第339回(上)

千人回峰(対談連載)

2023/11/03 08:00

橋元 健

橋元 健

キヤノン電子 代表取締役社長

構成・文/小林茂樹
撮影/長谷川博一
2023.7.14/東京都港区のキヤノン電子東京本社にて

週刊BCN 2023年11月6日付 vol.1991掲載

 【東京・芝公園発】今回の対談取材の端緒は、キヤノン電子がそれまでとはちょっと毛色の違う新製品(albos Light & Speaker)を出したことだった。そのユーザーである当社(BCN)の会長から託された製品の使い勝手についてのリクエストを伝えると、社長の橋元さんはにこやかに「あ、プラスプラスですね」とおっしゃった。最初のプラスは文字どおりのプラス評価で、次のプラスは改善提案の意だそうだ。そんなところにも、ものづくりに対する前向きなスタンスが感じられた。
(本紙主幹・奥田芳恵)

2023.7.14/東京都港区のキヤノン電子東京本社にて

いまある技術の組み合わせで
新たな製品を創造する

芳恵 キヤノン電子というと、どうしてもカメラや複写機といったイメージが先行するため、おしゃれなライト&スピーカーを発売されたと聞き、ちょっと意外な感じがしました。

橋元 たしかに、おっしゃるような製品の開発や製造が事業の主軸なので、そう思われるかもしれませんね。

芳恵 実は、私どもの創業者で会長の奥田喜久男がオーディオマニアで、こちらの「albos Light & Speaker」のユーザーなのです。それで、ぜひ開発者のお話を聞いてきなさいという命を受けて、こちらにお邪魔した次第です(笑)。でも、まさか社長が出てこられるとは思いませんでした。

橋元 ご愛用いただいているというのは、とてもうれしいですね。実は、このalbos Light & Speakerは、私が担当した事業部で開発し、私自身も企画から携わっていたのです。

芳恵 そうでしたか。もともと技術畑のご出身ですものね。それで、このalbos Light & Speakerですが、どんな経緯で誕生したのでしょうか。

橋元 当社はキヤノングループの一員で、先ほどのお話のとおり、カメラや事務機を中心に展開する会社です。もちろん、現在もこれらの事業は会社の基盤をなしていますが、産業としてはすでに成熟しています。そこで、当社では、医療機器や歯科用ミリングマシン(切削加工機)、植物工場用自動機の開発、本格的な宇宙事業への参入、また、ハードウェアだけでなくセキュリティ分野のソフトウェア開発など、さまざまな新たなビジネスに挑戦しています。

芳恵 その一環として、オーディオ製品にも進出したと。

橋元 私たちはキヤノンブランド製品だけでなく、ファブレスメーカー向けのOEM生産や企画・開発から行うODM生産も数多く手掛けています。

 そうした経験を通じて磨いてきたのは、既存の技術を組み合わせることで、いかに新たなソリューションを生み出すかということでした。実際のところ、新たな技術が生まれることはきわめて稀だからです。

芳恵 今ある技術の組み合わせというのなら無限にあるような気がしますが、それを新たなビジネスとして収益化するまでには、いろいろなハードルがあるのでしょうね。
 

Makuakeでの成功を受け
満を持してリリース

橋元 それで、albos Light & Speakerの誕生のきっかけですが、当社では「スモールビジネス」と称する、今後成長が見込まれる事業ユニットをいくつかつくり、その一つとしてスタートさせたものです。

芳恵 スモールビジネスというのは、具体的にはどのくらいの規模と考えればいいでしょうか。

橋元 当社は連結ベースで売上高1000億円程度の企業ですが、たとえば30億円規模のビジネスを10個つくれば、300億円の上乗せが可能になります。もちろんこれは机上の計算であり、現在の最も大きな事業の規模が200億円程度ですから、それほど簡単なことではありません。

 ただ、成熟期に入った事業だけに頼り続けるわけにはいきませんし、常に種を蒔いておかなければ成長することはできません。

 まだ、albos Light & Speakerが最終的にどの程度の収益をもたらすかはわかりませんが、既存技術である照明と音楽を組み合わせたらどうかという発想から生み出されました。

芳恵 albos Light & Speakerの開発では、どんな点にこだわりましたか。

橋元 今は、海外でつくられた安価な製品が世の中にあふれています。その土俵で勝負するのではなく、カジュアルオーディオでありながら高級感のあるものに挑戦しようと考えました。オーディオマニアが納得する音質、そしてインテリアとしても高級感を醸し出すデザインを追求し、アルミの削り出しを採用しました。アルミの削り出しは、ごく一部の高級カメラで使われることはあっても、それ以外のカメラやプリンタの開発ではまず考えられない技術です。

芳恵 これまでの延長線上で考えるのではなく、これまでにない発想がいろいろな部分で求められるわけですね。そのほか、製品化にあたって留意されたことはありますか。

橋元 私たちは、つくるのは得意ですが、売るのは苦手です。そこで、国内を中心にマーケティング活動を担っているキヤノンマーケティングジャパンに持ち込んで相談したところ、自分たちも一緒に挑戦してみたいと言ってくれました。また、私自身、海外のネットワークを通じて打診したところ、米国、欧州、アジアのいずれでも販売したいという話をいただいています。

芳恵 新製品開発では、開発者の思い入れが強すぎて、「いい製品だったが、売れなかった」ということも耳にしますが、販売体制もしっかり整えられたのですね。

橋元 それから、正式発売は昨年12月だったのですが、それに先立ち、5月にクラウドファンディングMakuakeの応援購入プロジェクトに出してみたところ、購入金額は2500万円を突破しました。このセグメントでは、最高金額を記録したのです。

芳恵 順調な滑り出しですね。

橋元 そうですね。先ほどスモールビジネスの話をしましたが、この事業を10億円、そして30億円規模に育てていければと思っています。

芳恵 ところで、albos Light & Speakerを企画するにあたり、どのくらいの数のアイデアが出されたのですか。

橋元 数百というところだと思いますが、これまでの蓄積もありますから、一概には言えません。

 少し古い話になりますが、いまから20年ほど前、私がプリンタ部門の管理部長だった頃、「Future10プロジェクト」というものを立ち上げました。当社はものづくりの会社ですが、当時は製造工場の海外移転が進み、国内でつくるものがなくなっていく状況にありました。そこで、自分たちで新たな事業を考え、自分たちの手でものづくりができないか模索していたのです。まさにそれを受け継ぐかたちで、albos Light & Speakerが生まれたといえるでしょう。

芳恵 新製品や新事業といっても、そうした連綿と続くものづくりのDNAがあるからこそ、世に出すことができるということですね。後半でも、ものづくりについてもう少し深掘りして、お話をうかがえればと思います。(つづく)
 

albos Light & Speaker

 とてもスタイリッシュなフォルムだが、アンプの最大出力は10Wで、オーディオマニアを満足させる音質を実現している。ちなみにalbosとは、always by our sideの頭文字。「いつも私たちのそばに」という意味が込められている。
 

心に響く人生の匠たち
 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第339回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

Profile

橋元 健

(はしもと たけし)
 1962年9月、鹿児島市生まれ。85年4月、キヤノン入社。2000年1月、キヤノン電子へ出向。07年3月、取締役LBP事業部長。09年3月、常務取締役。12年1月、事務機コンポ事業部長。12年3月、専務取締役。13年12月、生産技術センター所長。13年3月、取締役副社長。18年7月、代表取締役副社長。20年6月、秩父事業所長兼美里事業所長兼赤城事業所長。21年3月、代表取締役社長に就任。