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コンピューターが存在する限り その本質さえつかんでいれば生きていける――第286回(下)

千人回峰(対談連載)

2021/07/16 00:00

上條英樹

上條英樹

TDCソフト 執行役員 経営企画本部長兼ビジネスイノベーション本部長

構成・文/小林茂樹
撮影/長谷川博一
2021.5.27/東京都渋谷区のTDCソフト本社にて

週刊BCN 2021年7月19日付 vol.1883掲載

【東京・代々木発】プロフィールにあるように、上條さんは、顧客に開発コンサルティングを行うビジネスイノベーション本部の本部長を務めているが、昨年4月からは経営企画本部の本部長を兼務している。昨年4月といえば、首都圏や関西圏に1回目の緊急事態宣言が出された大変な時期だ。「コロナとともにですよ」と上條さんは笑うが、先行きの見えないなか、社内でもたびたび緊急対策会議が開かれたそうだ。こんなときこそ、変化に即応するアジャイル的な発想が役立つのではないかと、ふと思った。
(本紙主幹・奥田喜久男)

2021.5.27/東京都渋谷区のTDCソフト本社にて

アジャイル開発では経営層を
巻き込んで納得してもらうことが必須

奥田 アジャイルもウォーターフォールも、目的ではなく開発の手段であり、顧客の真の目的を確かめてその手法を決めるべき、とおっしゃいましたが、そのあたりをもう少し具体的に説明していただけますか。

上條 アジャイルのフレームワークである「SAFe(Scaled Agile Framework)」では、顧客を、経営層、現場層、その中間に位置して各々のプロジェクトを束ねるラージソリューションの三階層に分けています。その際、それぞれの層の積極的な関与と各層との連携および全体での目的の共有が大事で、ことに経営層の「この開発による投資がどのような結果をもたらすのか」という疑問や不安を解消し、システム開発に経営層を巻き込むことが必須となります。

奥田 たしかに、現場から「アジャイルで行きましょう」と提案されても、ウォーターフォールに比べると、経営層にとっては全体像が見えにくいかもしれませんね。

上條 そうですね。そこで、真の目的を聞くことが重要になります。そのヒアリングの後に、アジャイルがいいかウォーターフォールがいいかというチェック診断を行い、開発方針について腹落ちしてもらうというプロセスが必要です。私たちはアジャイル開発を推進する立場にありますが、お客様の状況や目的により、ウォーターフォールによる開発をあえて提案することもあるわけです。

奥田 私自身、これからはアジャイルとウォーターフォールが開発手法のハイブリッドになるだろうという感覚を持っていますが、いま一度、アジャイルのメリットについてまとめていただくと……。

上條 ITが進んだことで、ビジネスの世界でも小が大を食うことが可能な時代になりました。つまり、大企業も危機感をもって素早く変化したいのであれば、アジャイル開発を選択すべきということですね。

 大規模なウォーターフォール開発の場合、何千人月もかけてシステムを構築していくわけですが、その機能や使い勝手を最終確認できるのが1年後であったり2年後であったりします。これに対してアジャイルの場合は、例えば2週間といった小さな単位でリリースするため、そのつど確認ができますし、その時点からバリューを生み出すという点が異なるところですね。

 また、ビジネス環境の変化は速いため、1年前に求められたシステムの機能が、いまは違うものに変わっているというケースもあります。アジャイルであれば、その時点でやりたいことを開発に取り込めるため、そうした意味からも有利だと思います。

奥田 なるほど。すばやい変化への対応ということがアジャイルのキーコンセプトになるのですね。

アジャイル開発のルーツは実は日本にあった

上條 アジャイル開発は、実は日本の「トヨタ生産方式」と密接に関係しているんです。私がはじめてアメリカで開かれたSAFeのカンファレンスに出席したのは2017年のことですが、このとき、至るところで“トヨタウェイ”の話が聞かれました。かつてアメリカの製造業が低調で日本の製造業の勢いがあった頃、アメリカはトヨタウェイに学び、それをリーン生産方式に発展させて、復活を遂げたという流れがあります。

奥田 トヨタ生産方式といえば、「カイゼン」ですね。

上條 まさにそのカイゼンを重ね、カンバン方式によって無駄を省いたことでアメリカの製造業は上昇していったのですが、その延長線上にソフトウェアのアジャイル開発があるのです。

奥田 ということは、アジャイルも細かなカイゼンを重ねることで成り立っているということですね。

上條 そして、もう一つ。アジャイルの最もスタンダードな開発手法に「スクラム」というものがあるのですが、著名な経営学者である野中郁次郎先生が竹内弘高先生とともに執筆し『ハーバード・ビジネス・レビュー』に掲載された英語の論文が、その手法を生む大きなヒントになったのです。

奥田 その論文はどのような内容なのですか。

上條 1980年代の日本企業の新製品開発手法について書かれたものです。専門組織を越えて集まったメンバーが一体となって開発に従事していることがラグビーのスクラムを想起させることから、そう名付けられたそうです。

奥田 アジャイルは、実は日本発の手法だったと。

上條 根底は、そうなります。だからこそ私は、アメリカで体系化し洗練されたものとはいえ、ぜひとも日本に持ち帰って普及させたいと思いました。

 最近、SAFeのコンサルタントメンバーにトレーニングを始めたばかりなのですが、トヨタウェイもリーン生産方式も体系、つまり形だけでなく、そこに「心」を入れるフレームワークを実践しようとしています。でも、海外勢もそれに気づいてきたようで、日本勢としては「まずいよね」と話しているんです(笑)。

奥田 うーむ、アメリカ人に、魂を込めることの有効性に気づかれてしまったわけですね。

 ところで、アジャイル開発の今後について、上條さんはどう見ているのでしょうか。

上條 現在のところ、日本ではまだ浸透しているとは言いがたい状況であり、何年かかけて一般化した後の明確な方向性はまだわかりません。

 ただ、ソフトウェア開発のパターンはおそらく多様化し、プレーヤーが変わる可能性はあります。例えばこれまでは1か所に集まって大規模開発していたものが分散化したり、自動化ツールの活用が進んだりして、それにより全体的には進化していくのではないかと思います。

奥田 開発に携わる人の立ち位置も、変わる可能性があるということですね。

上條 でも、コンピューターがある限り、ソフトウェア開発は続いていくわけです。デバイスの形態が変わったり、クルマに組み込まれたり、クラウドになったりという変化は起こるにせよ、開発そのものがなくなることはありません。

 20代の頃、先輩エンジニアから「コンピューターとソフトウェアの本質さえつかんでいれば生きていける」といわれたことがあります。表面的なテクニックではなく、きちんと設計思想を理解していることが大事だということですね。私は三十年来、ずっとそれを胆に銘じてきました。

奥田 「本質」ですか。若い時期にいい言葉をもらったものですね。

上條 本質の大切さは、部下たちにも常々話すようにしています。また、非常勤講師を務めている近畿大学の学生たちにも話しているんですよ。いまはピンとこなくても、社会人になってからこの話を思い出してくれるとうれしいですね。
 

こぼれ話

 “アジャイル”とはなんじゃ。少し駄洒落風に書き始めてみました。上條さんにお会いしようと思った動機は、アジャイル開発について人に説明ができるようになろうという自覚をふと持ったからだ。今のところ、説明する機会はないのだが……。この言葉はもう10年以上前から耳にしている。コンピューターの業界紙だから編集部では当たり前のように飛び交っている。幾度も説明を受けるのだが、そのつど生半可な理解で終わってしまう。わかった気になっているだけだ。こうしたレベルの理解度の状態でコロナ禍に見舞われた。在宅勤務にして、もう一年以上、オフィスに顔を出すこともなくなった。当初は快適だったが、最近は、徐々に退職気分を味わっている。この状態を快適に感じる場合もあるが、「これでいいのか」と問いかける自分がいる。もちろん自問自答だ。そんな今日この頃、業界の出来事を反芻することが増えた。考えているうちに、重要な“業界用語”を実に曖昧なまま理解をしていることに気づく。これではいかん。勉強しようと思った。その一つがアジャイル開発だ。

 業界の最前線を歩いているBCNの記者に人選してもらった。そこで出会ったのが上條さんだ。「アジャイルとは何か」を教えてくださいと開口一番、お願いした。おや、『千人回峰』の企画趣旨は、「人とは何ぞや」である。筋が違うではないか。もちろん、基本的な質問は忘れてはいない。アジャイルについて話を聞くうちに、気づいたことがある。その説明の中に、上條さんの“人となり”が、たっぷり含まれている。そうなんだ。話しぶり、話す内容、質疑の呼吸という話し方そのものに、人となりが存在しているのだ、と。『千人回峰』でこれまでに280人を超える方々にお会いした。これまでは一生懸命、引き出そう、聞き出そうと気負っていたように思った。そうなんだ。話そのもの、すべてに上條さんが存在するのだ。人には身体から発散するオーラがある。色までは分からないが、その気配はいつも感じている。それを感じるのは私に限ったことではなく、感じようと注意深く意識を研ぎ澄ましているからにすぎない。

 上條さんという姓、そして松本市出身という履歴を聞くと、山好きは「山小屋の関係者」ですかと聞きたくなる。今回もお聞きした。そうではない、との返事だった。ところが、上條さんが取材後に送ってきた「お気に入りのモノ」の写真は『SINANO』ブランドのポールだ。トレッキングで以前、愛用していたぞ。サイトを訪ねてみた。ポールがずらりと出てくる。これだ、これこれ……。ポールメーカーの老舗『SINANO』。サイトに「マイトレッキングポール受注開始、数量限定」とある。よし、注文しよう。

 おっと、脇道にそれた。本題に戻ろう。上條さんの話しぶりは、まるで教育者のようだ。丁寧な説明。アジャイルの本質をいろんな角度から伝えようとしている。こちらの理解が進むと、体系図の説明に入った。この理解が進むと、全体と部分、部分と全体が把握できて、それ以降の話が早く理解できるようになった。この段階までの理解を、10代の頃にやっていたバスケットボールの用語で記そう。ゾーンディフェンスとマン・ツー・マンディフェンスでいえば、前者がウォーターフォール型ソフト開発、後者がアジャイル開発。この喩えを、次回、上條さんに採点していただこう。  


心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第286回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

Profile

上條英樹

(かみじょう ひでき)
 1964年、長野県松本市生まれ。87年、中央大学理工学部管理工学科卒業後、富士通入社。金融系大規模システムなどの開発に携わる。2009年、TDCソフト入社。19年、ビジネスイノベーション本部長。20年、経営企画本部長を兼務。近畿大学経営学部の非常勤講師も務める。情報システム学修士(専門職)、SPC(SAFe Program Consultant)、国際P2M学会、PM学会(アジャイルマネジメント研究会副主査)。