【東京発】松﨑さんとは、シュナイダーエレクトリックの社長として出席されたBCN AWARDの授賞式以来のおつき合いだ。組織を引っ張っていくことが楽しくて仕方ないというエネルギッシュな経営者だが、その背景には究極の楽観主義があるようだ。「これまでのビジネス人生でピンチと思ったことは一度もない」「過去は振り返らず、引きずらない」。外資系企業で数々の修羅場を経験してきたはずなのに、そんなことをさらりと言う。おそらくそれが、常に先を見据える力の源となっているのだろう。(本紙主幹・奥田喜久男)

2020.6.16/東京都千代田区のフジシール東京本社にて

IBMは自分たちの事業を世界展開することが当然と考える

奥田 松﨑さんは、長年外資系企業で活躍され、昨年、初めて日本企業であるフジシールに入られました。そうしたこれまでのキャリアを通じて、とくに感じられたことはありますか。

松﨑 新卒時に日本IBMに入社して約30年間勤務した後、フランス資本の重電メーカー、シュナイダーエレクトリックに移ったのですが、同じ外資系企業でもこれほど違うものかと思いました。

奥田 具体的には、どんなところが違うのですか。

松﨑 ご存じのように、IBMは世界130か国以上に拠点を持つアメリカ資本のエクセレントカンパニーですが、興味深いのは、ニューヨーク本社で決めた事業はすべての国で展開するということです。

奥田 130か国すべてで?

松﨑 そうです。例えば、IBMは1995年にソフトウェア大手のロータスを買収しましたが、それとともに基本的に世界中の現地法人に「ロータス事業部」ができるわけです。そして、人事制度、評価制度、給与制度もすべてIBMのやり方に統一していく。

 ところが、シュナイダーでもM&Aは盛んに行われていましたが、買収しても2、3年はそれまでの体制のまま放っておくんです。しばらくは社名もロゴも変えません。そして、徐々にその被買収会社を取り込んでいき、儲かる見込みのある国や地域でのみ、その事業を進めていきます。シュナイダーも世界100か国以上に展開する年商3兆円ほどのグローバル企業ですが、その経営姿勢はIBMとは対照的ですね。

奥田 同じ外資でも、アメリカの会社とフランスの会社では正反対だと。なぜ、そんなに違うのでしょうか。

松﨑 やはり国民性の違いでしょうか。アメリカの歴史は浅いですが、自分たちがつくった国という自負がアメリカ人にはあります。だからIBMも、自分たちがつくったビジネスはとてもよいものだから、全世界に広げてもうまくいくはずだという思いがあるわけです。

 これに対してフランスは、長い歴史と文化に裏打ちされた誇り高い国であり、かつてはアフリカやアジアに多くの植民地を持っていました。つまり、植民地政策に長けているがゆえにM&Aに際しても、そのようなプロセスをとるのではないかと考えられるわけです。

奥田 ところで、日本人はどうでしょう?

松﨑 これは私の持論ですが、いわゆる先進国の中で大陸から離れており、大きな侵略にさらされることがなかったのは日本だけであり、いいか悪いかは別にして、それが協調性の高さや価値観を共有しやすいことにつながっているのではないかと思います。それゆえに「出る杭は打たれる」こともあり、アメリカンドリーム的なイノベーションが生まれにくいのではないかと思いますね。

奥田 なるほど。それは理解できますね。

松﨑 知り合いの中国人と話したとき、日本人は小さな頃から「人に迷惑をかけるな」と教育されるといったら、中国人は「人に絶対負けるな」と教育されると返されました。それは、中国の歴代王朝の興亡を考えれば納得できることです。一つの王朝が倒れれば一族郎党は皆殺しですから、信用できるのは自分と家族だけ。日中を比較しても、そうした歴史的バックボーンの違いから、それぞれの国民性があぶり出されるのではないでしょうか。
 

アメリカンフットボールの話題が唯一の息抜きに

奥田 外資系企業2社に勤務されて、何か国くらいの方とおつき合いされましたか。

松﨑 行ったことがあるのは30か国くらいですが、実際に一緒に仕事をした人の出身国は15か国ほどですね。

奥田 仕事の際の言語は?

松﨑 英語ですね。シュナイダーに移ってパリで会議をするときも、全部英語です。フランス人の英語はとても聞き取りにくいのですが(笑)。

奥田 IBMといえば人種のるつぼのような会社ですが、入社した頃から英語を使いこなしていたのですか。

松﨑 私が入社して10年から15年ほどは、日本IBMはほぼ「日本の会社」でしたので、英語を使う機会はほとんどありませんでした。私の入社時に社長を務められていたのは“Sell IBM in Japan,Sell Japan in IBM”という有名な標語をつくられた椎名武夫さんで、まだ外国人の役員もそれほどいませんでした。

 そういう意味からは、個人的に転機となったのが、2001年にニューヨーク州アーモンクにあるIBM本社に駐在を命じられたことでした。

奥田 アーモンクでは、どんな仕事をされたのですか。

松﨑 当時のナンバー3、技術系シニアバイスプレジデントのニック・ドノフリオの補佐です。私は日本人で初めて彼の補佐となったのですが、着任すると、彼が紹介する人にどんどん会ってこいといわれました。

奥田 それは、ある意味、経営幹部昇格のためのトレーニングのような仕事ですね。

松﨑 そうですね。ただ、それほど英語が得意なわけではないのに、周囲には日本人はゼロ。そういう環境で8か月ほどその仕事に携わっていました。毎日、朝7時半に出社し、残業はほとんどなかったのですが、一日のすべてが英語でのコミュニケーションだったため、家に帰るともうヘトヘトでしたね。

 人と会うこと以外では、ミーティングの議事録をとるようにいわれていました。ただ、その場ですべてを聞き取ることはできないのでボイスレコーダーに録音して、家で聞き直して書き起こしていたんです。

奥田 タフな松﨑さんにとっても、なかなかきびしい経験だったのですね。

松﨑 そうですね。日本企業の人がアメリカ駐在になると、現地の日本人ネットワークのおかげであまり英語を使わないことすらあるのですが、幸か不幸か、私にはそういう環境はありませんでした。最初の3か月ほどは、これまでこんなに疲れたことがないと思うくらい疲れていましたね(笑)。ただ、昼休みはそれでもリラックスできたんですよ。仕事の話はみんな一切しないですから。

奥田 ほう、ランチタイムにはどんな話をされるのですか。

松﨑 ニューヨーク・ジャイアンツがこうで、ニューイングランド・ペイトリオッツがどうしたといったアメリカンフットボールの話ばかりです。すると同僚たちは「なんでおまえがアメフトにそんなに詳しいんだ?」と。「芸は身を助く」ではありませんが、学生時代にアメフトをやっていてよかったとつくづく思いましたね。(つづく)

大切にしている“サイン本”

 松﨑さんの趣味の一つは、実際に経営者に会って、その著書にサインしてもらうことだ。今回、用意していただいたのは、ファーストリテイリングの柳井正CEOの『一勝九敗』と、IBMの中興の祖といわれるルイス・ガースナー元会長のWho Says Elephants Can't Dance?(邦題『巨象も踊る』)だ。柳井氏の「店は客のためにあり、店員とともに栄え、店主とともに滅びる」の言葉から、いかにリーダーが大事かということを改めて噛み締めたという。
 

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第266回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。