今回の対談取材では、この『千人回峰』(2019年1月7日・14日号)にも登場していただいたウイナーソフトグループの周密総裁兼CEOに通訳をお願いした。実は、斉さんが日本でのビジネス展開にあたってパートナーとして手を結んだのが周さんなのだ。日本での法人設立は2020年1月1日。取材時には「まだ社名が決まっていないんですよ」とのことで、こんなところにも、中国そして日本の人工知能(AI)マーケット拡大に伴うビジネスのスピード感と勢いが感じられる。お二人の話を聞いて私も何やら楽しくなってきた。(本紙主幹・奥田喜久男)

2019.11. 8/BCN22世紀アカデミールームにて

ビジネスチャンスを見きわめ起業に踏み切る

奥田 斉さんが創業し、CEOを務める数据堂(Datatang)のビジネスについて説明していただけますか。

 AIがその能力を獲得するためには、人間の子どもが体系立った知識を得るためにはテキストブックが必要なように、機械が学習しやすいように知識を編集・加工することが求められます。つまり、数据堂のビジネスモデルは、機械が学習しやすいように必要なデータを採集し、分かりやすく加工することなのです。

奥田 それは、どのようなデータですか。

 例えば自動運転のAIをトレーニングするために、まず道路そのものをカメラで撮影し、それをデータとして採集してきます。そこに、アノテーションというのですが、「これは道路」「これは樹木」「これは建物」「これは人間」というタグをつける加工作業を行うのです。

 実際には数十万、あるいは百万㎞単位の道路を実際に撮影し、その一枚一枚を加工することで、初めて機械に学習させることができます。

奥田 ところで、社名の「数据堂」というのはどんな意味を表していますか。

 これはデータバンクとかデータマーケットといった意味です。創業者全員で半年かけて考えたのですが、中国ではとても浸透力のあるネーミングで、この3文字を見れば何をやる会社か一目で分かるんです。

奥田 何人で創業されたのですか。

 3人です。私のほかに、副社長を務める肖永紅は中国科学院で一緒に学んだ仲間で、CTOを務める豊強澤はNEC中国での同僚でした。

奥田 11年に起業した理由は?

 私は03年から11年まで外資であるNECに在籍していたわけですが、当時は外資の業績がシュリンクして、逆に中国系企業が伸びてきた時期にあたりました。中国国内では起業の機運が高まっており、ずっと研究を続けてきたAIにビジネスチャンスが到来したと考え、先の2人に声をかけて起業を決意したのです。ニッチな分野ですが、これからは機械学習のためのデータの質と量が求められると考えて、事業化に踏み出しました。

奥田 創業した時、どのくらいの規模の会社にしようと思っておられたのですか。

 初めから世界最大のAIデータサービス会社になろうと考えていました。その目標は今でもオフィスの壁に掲げてあります。

奥田 それはすごい!
 

急速に拡大する市場で世界トップを奪取へ

奥田 ところで斉さんは、博士号を持つ技術者というよりは経営者の雰囲気がありますね。

 この会社をもう8年間経営していますが、初めの3年ほどは技術者、5年ほど前からは経営者としての意識が強いですね。もっとも、魂はずっと技術者ですが(笑)

奥田 5年前に何かターニングポイントがあったのですか。

 起業当時は技術者寄りの考え方でしたが、しばらく経営を続けて考え方が大きく変わりました。理想論や現実離れした技術者の考え方だけでは、会社を運営していくことができないことに気づいたのです。技術者は、物事を単純に考えてしまいがちですが、経営となると、そうはいかない。

奥田 では、経営者はどう考えますか。

 経営者は、ビジネス、顧客、チーム、戦略、資金、方向性……といったように、もっと総合的に考えます。

奥田 うまく経営していくために一番重要なものは何だと思います?

 いちばん重要なのは「戦略」ですね。二つめは「人材」。志に共感し、苦しいときも一緒に乗り越えてくれる人を見つけることですね。三つめは「製品」。顧客が満足してくれるような理想的なサービスをいかにつくり上げるか。そして四つめは「資金」。会社にとっての血液であるお金をどう回していくかということになると思います。

奥田 それでは、現段階で経営者として自己採点すると何点くらいになりますか。

 世界トップクラスの企業になることが目標なら20~30点、中国国内での有名企業を目指すなら50~60点、AI企業として有名になることを目標にするのなら80点でしょうか(笑)

奥田 さすが技術者! 明快な答えですね(笑)ところで、今、AIデータサービスでは中国内では1位ということですが、会社としての強みはどこにあるのでしょうか。

 当社には、二つのコアコンピタンスがあります。一つは、データの採集・自動加工・品質コントロール・納品のプロセスを効率よく実現できるプラットフォームを持っていることです。もう一つは、版権(データ提供者の許諾)とセキュリティをクリアしたデータを2.5ペタバイト(1PB=1024TB)も保有していることです。これは、AIデータサービス会社が保有する世界最大のデータ量です。

奥田 世界一のAIデータサービス会社になる目標は、何年後に実現しそうですか。

 3年から5年後ですね。

奥田 そんな短期間で実現できるのですか。

 それは私たちの努力だけでなく、中国のAIデータ市場の成長によるところが大きいと考えています。

奥田 今後、どのくらいのペースで市場の成長が見込まれるのですか。

 3年後には現在の10~15倍、5年後には25~30倍になるでしょう。

奥田 そんなハイペースで成長すると……。

 中国のAIデータ市場には、三つの成長段階があります。2010年から15年頃までが第一段階で、顧客は主に大学や研究所。市場規模は20億元程度と小さいものでした。15年から20年頃、つまり現在までが第二段階で、主な顧客はBtoCビジネスを行うインターネット企業で、市場規模は10倍の200億元ほどに成長しました。そして、18年の後半あたりからこの市場は第三段階に入っています。顧客は、銀行・証券・保険・電力・通信・自動車といった伝統的な大企業であり、市場規模は堅く見積もってさらに10倍の2000億元ほどと考えられます。第三段階については、中国の状況と日本の状況はあまり変わらないため、今が日本に進出するタイミングだと判断したのです。

奥田 なるほど、日本でのビジネスも楽しみですね。ますますのご活躍を期待しています。

こぼれ話

 斉紅威さんと出会って、慌ただしいほどの速度で、仕事を進めた。私と斉さんとの間はウイナーソフトの周密さんが仲立ちしてくれた。周さんは成都で起業し、日中経済の懸け橋として活躍している人だ。2019年新年号の『千人回峰』で登場していただいた。ちょうど1年前だ。この間が長かったのか短かったのかを考えると、出来事によっては駆け足だったようにも思われる。

 何が駆け足だったかといえば、事業承継だ。BCNの創業者として来年に40周年を迎えるにあたって、10年前から事業承継を経営案件に掲げた。そして昨年は社長業のバトンを次に託す準備の年となった。今年9月には完全にバトンを引き渡す。10年という期間は長いようだが、昨年は“アッ”という間に時が過ぎた。

 周さんの紹介で会った斉さんは輝いていた。経営者に限らず、『千人回峰』に登場していただいている人たちの姿は誰もが美しいアスリートのように見える。

 私は矢継ぎ早に質問を投げかけた。この質問にはどんな解が返ってくるだろうか。どんな質問にも的確な解が返ってくる。キャッチボールの速度が速くなる。ピュンピュンとボールは投げては返される。この人はあらゆることを想定して常に考え続けている、と思った。会社の創業期、それ以前の経験、そして現在から未来へ。私も一緒にスタッフとして仕事をしている気分になって、心が高ぶった。「斉さん、現時点の事業成果を採点すると何点でしょうか」。一瞬の間があって、解が返ってきた。その解は、世界の領域では、中国の領域では、業界の領域では、の採点が返ってきた。あまりの心地よさに唸ってしまった。考える手法も考え続けている人だ。
 

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第249回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。