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ソフトウェアには人格が現れる 繊細な人がつくれば繊細になる――第120回(上)

千人回峰(対談連載)

2014/10/02 00:00

阿部 淳

阿部 淳

日立製作所 理事

構成・文/畔上文昭
撮影/津島隆雄

週刊BCN 2014年09月29日号 vol.1548掲載

 日立製作所の「日立ソフトボール部」は、日本リーグ1部や国民体育大会(国体)で優勝実績がある強豪チーム。2013年までは「日立ソフトウェア女子ソフトボール部」というチーム名で、応援団長はソフトウェア事業部の事業部長だった阿部淳さんが務めていた。たまたま観戦したソフトボールの試合内容と応援に感銘を受け、それがきっかけとなって親交を深めてきた。ソフトウェア事業部で約30年のキャリアを積んできた阿部さん。ところが、昨年の4月にまったく畑違いの事業部に異動してしまう。本人に心境をうかがった。(本紙主幹・奥田喜久男) 【取材:2014.8.18/東京・千代田区のBCN 22世紀アカデミールームにて】

2014.8.18/東京・千代田区のBCN 22世紀アカデミールームにて
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第120回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

もやもやっとした課題から本質を突き止めて解決する

奥田 昨年の4月に長らくお勤めになったソフトウェア事業部からソリューション・ビジネス推進本部に異動されました。まったく畑違いの事業部だと聞いて驚きました。異動先では、どのようなお仕事をされているのですか。

阿部 ひと言でいえば、「グローバルなフロントエンジニアリング」です。

奥田 それはどういうことですか。

阿部 その前に、実は私どもの母体となった組織は、1970年に発足しているんです。

奥田 たしか、日立製作所は2010年が創業100周年でしたから、半分を過ぎたあたりですね。

阿部 創立から五十数年も経つと、事業の領域が広がってきます。そうすると、営業担当がお客様から難しい課題をもらってくるわけです。「この製品がほしい」なんてわかりやすい話じゃなくて、もやもやっとした課題です。それを工場にもっていくと、「一部は自分の工場にも関係あるけれど、全部じゃないよね」などといわれてしまう。営業担当は困るし、お客様にも提案できない。そこで営業を支援する技術部隊ができて、私どもの組織の母体になっているんです。そのときの組織の名前が「システム技術部」でした。要するに、システムで考える部隊です。

奥田 そのシステムとは、コンピュータ屋がイメージするシステムですか。

阿部 違います。IT業界でいうシステムの範囲を超え、全体の仕組みで考えるようなイメージです。お客様のもやもやっとした課題から、本質的な課題をみつけて、それをどう解決するかを考えます。それを日立製作所単体の事業範囲で考えるのではなくて、日立グループトータルで、もっというとパートナー企業様と一緒にお客様の課題を解決するという役割です。

奥田 お客様とは、ある程度の信頼関係ができていることが前提になりますか。

阿部 必ずしもそうじゃありません。新規のお客様、とくにグローバルのトップ企業で、私どもがなかなか入り込めていないお客様に対しても、キーアカウントを開拓する営業部隊とともにお客様の課題を探り、提案に行っています。

奥田 受け手側の日立は、何が出てくるかがわからないから、すごく間口を広くしておく必要がありそうです。

阿部 よくT型(多くの分野に幅広い知識をもちながら、同時に深く精通した専門分野を最低一つはもっている人)っていうじゃないですか。今の組織にきてから聞いたのが、「T型じゃだめだ、Π(パイ)型(専門分野が二つ)じゃなくっちゃ」って。なかには「いやいや剣山型じゃないとダメだ」と言う人もいます。

奥田 まるで針のむしろですね(笑)。

阿部 要するに常に勉強しないといけないんですよ。お客様のこともそうですし、世の中の動向も知らなければいけない。そのうえで、お客様の課題の本質をきちんと突き詰めていくために日立グループやパートナー企業様の商材を理解し、最適な組み合わせを考えていくアプローチが必要です。

奥田 去年の3月までと、4月以降では、やはり商談の規模が違いますか。

阿部 私どもの事業部は、今の商談というよりも、次のビジネスをどうつくっていくかがターゲットですから、金額規模の大きな案件にかかわることは少ないのです。3年先、5年先、あるいは10年先に事業になるネタを、どうつくるか。とくにサービス事業やグローバル事業をいかに伸ばすかを考え、ビジネスの形をつくるかが中心になります。日立は2015年度にグローバル比率を50%以上に高める目標を掲げていますが、その先も見据えたグローバルビジネスの拡大に対して、どうやっていくかですね。
 

お客様の気持ちに“寄り添う”という感じ

奥田 サービス事業とは、どう理解したらいいですか。

阿部 ここでのサービスとは、設備を納めて、メンテナンスを請け負うというのから、もう一歩超えたものです。例えば、設備を納めるだけではなくて、一緒に会社をつくって、エンドユーザーにエネルギー供給サービスを提供するとか。お客様の課題や状況に応じたいろいろなサービスが考えられると思うんですよ。

奥田 商談の過程では、相手の心に響くような本質を投げることが求められそうですね。

阿部 それが大事です。響かなければ何も進みません。

奥田 物販は、比較的つかみやすいですよね。でも、そうではない仕事をされている。そこでお聞きしたい。一つの本質を見抜くとか、相手の心に響くものを自分のなかで吸収して、相手に投げる場合、どのような要素が必要とされているのですか。

阿部 相手の立場で考える、に尽きます。

奥田 ということは、聞く技術ですね。

阿部 だから、何かを売ろうではなくて、お客様の課題が何かということです。そのためには、お客様の気持ちに寄り添うという感じですね。

奥田 あ、その言葉はわかりやすいですね。そうすると、日立のリソースがあるのは大前提でしょうけれど、個人の器量がすごく問われるということですね。

阿部 どの部署でも問われるでしょうが、とくに私どもの場合は人の力によるところが大きいと思います。

奥田 人の力とは?

阿部 さっきのパイ型とか、剣山型とか。最後は人間の資質というところがあると思います。

奥田 それにしても、おもしろい仕事に就かれましたね。

阿部 今はまだ大変です。ソフトウェア事業部に約30年いたじゃないですか。そこから、ぽつんと一人で異動してきたので、右往左往しています。人を知るとか、事業の中身を知るとか、そういうところからですね。

奥田 ソリューション・ビジネス推進本部には50年近い歴史があるということですが、連綿とした申し送りみたいな風土はあるのですか。

阿部 どうでしょう。ちなみに、IT出身の事業部長はかなり少ないようで、とくにソフトウェア出身となると、私が初めてみたいです。大変だねという言葉をかけてもらいますが、「同情はいらないから、お金と人をちょうだい」って返しています(笑)。(つづく)

 

自作の文鎮

 新入社員時の工場実習で作成して、今も愛用している文鎮。鉄を削りだして、六角形に仕上げた。実習期間は2年。工場ではユーザーの立場でソフトウェアを使っていたことから、ソフトウェア事業部に戻ってからもユーザー視点の経験が生きたという。

Profile

阿部 淳

(あべ じゅん) 宮城県出身。84年、福島大学経済学部卒業後、日立製作所入社。ソフトウェア事業部 DB設計部長、Hitachi Data Systems社シニアバイスプレジデント、ソフトウェア事業部長として、データベース、ストレージ運用管理ソフトウェアなどミドルソフトの開発、販売、保守サポートなど一貫してソフトウェア事業に従事。ITプラットフォーム事業本部開発統括本部長を経て、2013年より現職。日立グループ横断での社会イノベーション事業を推進するために重要な役割を果たしている。情報処理学会会員。コージェネ財団理事、日本ボイラ協会理事、衛星測位利用推進センター理事などを務める。