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テクノロジーの最先端とリアルな人のふれあいを結ぶ――第107回(下)

千人回峰(対談連載)

2014/03/27 11:27

江渡 浩一郎

産業技術総合研究所主任研究員/ニコニコ学会β実行委員長/メディアアーティスト 江渡 浩一郎

構成・文/小林茂樹
撮影/津島隆雄

週刊BCN 2014年03月24日号 vol.1523掲載

 私たちがリアルな世界に生きていることに疑いはないが、ITに携わる人々、とくに技術者や研究者はその価値観を含め、サイバーの世界にどっぷりと浸りがちだ。ところが、江渡さんの片足はリアルの世界をしっかりと踏みしめ、模索を続けているように私の目には映る。この対談の後半では、テクノロジーの進化が私たちの社会や生活に何をもたらしてきたのか、そして未来にどんな影響を及ぼすのかという、いささか根源的なテーマに話が及んだ。(本紙主幹・奥田喜久男) 【取材:2014.2.25/東京・千代田区内神田のBCNオフィスにて】

2014.2.25/東京・千代田区内神田のBCNオフィスにて
 
 「千人回峰」は、比叡山の峰々を千日かけて歩き回り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借しました。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れることで悟りを開きたいと願い、この連載を始めました。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第107回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

リアルと接続するところに価値が生まれる

奥田 コミュニケーションツールは、タブレット端末やスマートフォンの時代になり、企業の事業展開の多くはサイバーの世界で行われています。しかし、リアルの世界がなくなることはあり得ません。この先、その二つの世界のバランスはどのように考えればいいのでしょうか。

江渡 私も、かつてはサイバー側に両足を突っ込んでいました。つまり「未来はウェブですべて完結するようになる」というようなことを本当に思っていたし、実際にそのような時代になりました。みんながコミュニケーション中毒になって、スマートフォン上の文字のやり取りですべてを済ませるような時代になり、まさしくそれが世の中の趨勢であるかのようにみえます。

 しかし、一歩引いて観察すれば、サイバーの世界はそれほど理想的なものではなかったということもわかってきました。例えば「誰もが情報発信できる時代が来たら、その情報の信頼性はどうなるのか、デマが増えるのではないか」という懸念が当初からあって、実際にそういう時代になったらその通りになったという現実もあります。ただ、そこだけをみて「ほら、ダメだったじゃないか」と否定するのも違うと思います。コミュニケーションにはリアルな人とのふれあいが極めて重要だということがわかったとして、そこにコミュニケーション技術の最先端を導入すれば、大きな力が発揮できるのではと思うのです。それが今の自分の役目ではないかと考えています。

奥田 ニコニコ学会βは、まさにその役割を果たしたわけですね。

江渡 そうです。ドワンゴも私と同じ問題意識をもっているのではないかと感じていました。というのも、ニコニコ動画というネット上で完結するコミュニケーションのシステムをつくって普及したのに、ニコファーレという建物をつくり、ニコニコ超会議というイベントを開いています。インターネット上のコミュニケーションにこだわってきたからこそ、それがリアルと接続することで大きな価値が生じると考えたのでしょう。そのためにニコファーレをつくるという決断を下したのだと思います。そこに私は強く共感して、互いの持ち味を生かしつつ、両者が共に強くなるようなコラボレーションをしましょうと提案して、現在のかたちになってきたのです。
 

ビッグデータの本質、そしてビットコインのからくり

奥田 ところで、江渡さんの研究対象は集合知ですが、いま話題となっているビッグデータとは、共通する部分があるのでしょうか。

江渡 だいぶ違うのではないかと思います。まず、ビッグデータという言葉はバズワードの側面があって、その定義は難しいのですが、本質としてはグーグルがもっていたMapReduceという技術が核となっています。この技術によって、大量のデータを現実的な時間内に処理することができるようになり、だからこそグーグルはあれだけ巨大なウェブの集合から検索エンジンをつくることができたわけです。このような技術的な背景がビッグデータという言葉につながっているというのが私の理解です。もちろん、ウェブサイトのデータ集合が元となっているので、集合知といえなくもありませんが、集合知というのは、どのようなユーザー参加によってデータができるのかという点がより重要です。掲示板、Facebook、Twitterなどのように、情報の投稿を促す仕組みによってつくられたデータは集合知と呼ぶにふさわしいですね。

奥田 なるほど。ただ、ITの業界では、ビッグデータは事業や市場を拡大していく救世主だという捉え方をされています。例えば、ビッグデータから導き出す集合知によって、商品の入れ替えをしたり、サプライチェーン・マネジメントをより適正化するといったイメージですね。

江渡 私の専門とは異なるというだけで、たしかに広義の集合知の一種です。救世主かどうかはわかりませんが、大量のデータ解析が可能になって、これまでにないサービスや意思決定ができるということに大きな可能性があることは間違いありません。

奥田 もう一つ、最近のキーワードであるビットコインについて解説していただけますか。

江渡 ビットコインはインターネット上の仮想通貨ですが、非常に将来性のあるテクノロジーといえます。

 その技術、アルゴリズムは大変難しいので、比喩でしか説明できません。例えば、私のスマートフォンから奥田さんのスマートフォンに100円送金する場合、普通だったらサーバーに「私のスマートフォンから100円分、価値を減らしてください」という情報が送られて、サーバーから100円の価値が奥田さんのスマートフォンに送られることになります。これまでは、こうしてサーバーを介する方法しかありませんでした。しかしこのテクノロジーを使えば、私と奥田さんとの通信ができて、そこでデータを移動させるだけで、それが正しい、つまりちゃんと私のスマートフォンの価値が減って、奥田さんのスマートフォンの価値が大きくなるという仕組みを実装することができるわけです。これは、これまでのデータ処理の常識から完全に外れています。つまり、情報は複製することができるというのがこれまでの常識でした。それを覆したのがビットコインなんですね。こうした技術を背景とした電子的な通貨は、ほかにも生まれるはずですし、送金メカニズムをはじめとする周辺技術も非常に重要なファクターになると思います。

 ただ、技術そのものは非常に将来性がありますが、ビットコインが通貨として価値をもつかというと、国家の後ろ盾のない仮想通貨という貨幣がどれだけの価値をもつのかという根本的な問題に行き着いてしまう。国の後ろ盾がないということは、金融当局がある種の規制を強めるだけで簡単に価値が崩壊してしまう可能性を否定できません。東京にあるマウント・ゴックスという取引所が機能しなくなったという事件も起こりました。技術と貨幣としての価値は切り離して考えなくてはなりませんが、ビットコインがそのまま普及するかどうかについては懐疑的です。

奥田 難解な話をわかりやすく解説していただいて、ありがとうございました。(おわり)

こぼれ話

 ビットコインの話題がかまびすしい。公開対談を実施した当日も新聞、テレビを賑わしていた。江渡先生に技術者の立ち位置から難しいことをやさしく解説してもらった。「今なぜ、ビットコインの話題なのか」。たまたま経営が立ち行かなくなって話題になったのか、それともネット社会の台頭をさらに加速させる特別の意味をもっているのか。公開対談以降、ビットコインの話題は日を追って国の金融政策にまで影響を及ぼすほど大きなものになってきた。「ビットコインのことを正確にわかっている人は少ないはず」と技術的側面で先生は言う。ミヒャエル・エンデのいう「根源的なお金の問い直し」の面からも目が離せない。江渡先生の出番が増えそうだ。
 

Profile

江渡 浩一郎

(えと こういちろう)  1971年、東京生まれ。1997年、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。2010年、東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。博士(情報理工学)。1997年、アルス・エレクトロニカ賞グランプリを受賞(sensoriumチームとして)。2001年、日本科学未来館「インターネット物理モデル」の制作に参加。2011年、ニコニコ学会βを立ち上げる。ニコニコ学会βは、2012年にグッドデザイン賞、2013年にアルス・エレクトロニカ賞を受賞するなど高い評価を受ける。産総研では「利用者参画によるサービスの構築・運用」をテーマに研究を続ける。主な著書に『パターン、Wiki、XP』『ニコニコ学会βを研究してみた』『進化するアカデミア』。 ホームページ:http://eto.com/

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