成功の秘訣は、構想力とオーナー的決断――第50回

千人回峰(対談連載)

2011/03/10 00:00

沓澤 虔太郎

沓澤 虔太郎

アルパイン 相談役

構成・文/谷口一

いかに相手を成長させるか

 奥田 今は、中国の会社も力をもち始めて、日本の会社を買いに来ている。そんな傾向がありますが、そのあたりは今後はどうなっていくんでしょうか。

 沓澤 M&Aですね。今後はもっと進みますよ。それはね、一つは中国の政府が進めているからです。中国の大手企業は半分は国営ですから、金はあります。これからは、日本が30年ほど前にやっていたことを、もっと大胆にやってくるでしょう。オーナー企業ですから。日本の場合は提携に1年はかかるところを、2、3回会って決めてしまいますね。

 奥田 日本は稟議制度で物事が決まるので、やはり遅れる傾向がありますね。

 沓澤 スズキ自動車の鈴木社長も言ってました。フォルクスワーゲンとの契約を俺は5分で決めた、おそらく日本のメーカーは1年かかっても決まらないだろう、と。やっぱりあそこもオーナー的な経営の企業ですね。

 奥田 これまでのお話を踏まえて、日本の企業に対するアドバイスをいただきたいのですが。

 沓澤 1990年代は、オープン系も組み込み系も中国は日本に20年ほど遅れていました。だから、どうしても日本から学びたいという気持ちがあって、アルパインや東芝との合弁会社をつくったわけですね。彼らは、ノキアやインテルなどの欧米の企業ともそういう関係を築きながら勉強してきました。技術も伸びていますよ。2000年には日本とのギャップも10年に縮まりました。

 奥田 現在はどうなんでしょう。

 沓澤 今はですね、モノによっては同等もしくは5年のギャップですね。日本のほうが間違いなく今はまだ進んでいます。たとえば、Suicaなんかもすごい技術ですよ。でも、彼らも一生懸命追いつこうとしていて、実際に急速に追いついてきています。

 奥田 すぐ後ろに足音が聞こえてきている感じですね。

 沓澤 今、大連にはソフトウェア会社が800社ほどあって、そのなかに日本の企業が300社ほどありますが、成功しているところはあまりないんじゃないですか。

 奥田 ないですね。その辺りはどう思われますか。

 沓澤 これはね、日本から来ている企業がほとんど本社の下請けをやっているからですよ。私の場合は、「下請けではなくて、自分たちで中国一の会社になりなさい」と最初に言ったんです。中国に進出している日本の多くの企業が下請けからスタートしてしまっている。Neusoftがそういう会社と違うところは、自力で販売ネットワークをつくり、自分たちで開発しているところですね。そういうふうに育成してきたのです。下請けは絶対にダメ、リスクは自分で負って、好きなようにやりなさいと。

 奥田 日本の企業はそうではないと。

 沓澤 日本は企業を育てるのがへたなんです。だからレベルが上がりません。それも下請けに甘んじているからです。本社で上流工程をやり、下流工程は中国の関連会社でと。下流工程はほとんどがアプリケーションですから、レベルは上がりませんよ。三流四流の仕事だけを中国に出しているわけです。それでは成長しません。下請け根性で使っていたら絶対に成長しません。いかに相手を成長させるかですね。

 奥田 相手を成長させて、こちらはどんなトクがあるのでしょう。

 沓澤 いちばん大きいのは安くできるということです。われわれも日本の企業にも仕事を頼んでいますが、中国に出せば日本の3分の1の金額で済むんですよ。安くできるということです。これがいちばんの経済メリットですね。それに、私どもの場合は出資してますから、配当とか株資産などにも影響しますね。

 奥田 相手を成長させるということはそういうことなんですね。

 沓澤 中国人は、日本人よりもコンピュータへの親和性が高いですから、ソフトウェアも5年後には日本に並び、ある分野では追い抜かれるかもしれません。

日本はどう生きていくか

 奥田 そういうなかで、日本はどう生きていくかですね。

 沓澤 先ほども言いましたが、時代の流れがあるわけです。その流れが、今は中国にいっています。その次はインド・ブラジルにいくでしょう。この流れは崩しようがないと思いますよ。これは成熟型先進国の宿命ですね。グローバルの観点でみて、その動きは否定できません。

 たしかに日本人は優秀だと思います。だけど、日本人だけが優秀ではないんですね。人口が多ければ、それだけ優秀な人もいるわけです。中国もインドも優秀な人材は数多くいますよ。インドはIT技術のレベルが高い。中国は言われたことをやりますが、提案能力は低いんです。インドにはその提案能力があります。上流工程のプラットホームやコアモジュールとかにどんどん手をつけていかないと、提案能力は育たないですね。

 奥田 劉さんには提案能力もあるんですね。

 沓澤 もちろんありますが、一人くらいではダメです。中国は今、どんどん新卒者を育成しています。中国のソフトウェア企業の平均年齢が25歳くらい、中間層も若いです。若手がスーパーエンジニアに育つまでには今から5年はかかります。重要な5年間です。ソフトは提案能力が鍵なんです。もちろん提案できる技術力がなくてはなりませんが…。中国はここさえしっかりやれば、インドが台頭してきても大丈夫でしょう。

 奥田 日本の今後はどうなんでしょう。

 沓澤 先端的な技術を追い続けるしかないと思います。日本が過去60年間、継続的に資金や人材を注ぎ込んで勝ち得た技術のレベルを、どんどんこれからも引き上げていくことです。先端なものを追求していくしか生きる道はないでしょうね。日本は完全に開発思考でいかないといかんと思います。そうなった時に、5割を占めるブルーワーカーの仕事をどう見つけるかですね。それが今後の日本の非常に厳しい課題です。

 私が考えるのは、時代の流れというものがあるので、そういう時代の流れのなかでいち早くソリューションを見つけ、日々ベストを尽くすということではないでしょうか。知的な部分で勝負していくしかないですね。

 奥田 生きる道はあるということですね。

 沓澤 時代の流れを観察しながら、よく考えることですよ。素材や究極の部品をつくっていけば、日本はやっていけます。iPhoneが出て、まさか日本の企業があんなに忙しくなるとは誰も考えていなかったですよ。そういうチャンスはあるわけです。

 ただ、昔のように日が昇る日本とか、高度成長を夢見てはいけません。普通の国なんです。そうした状況下で、日本独特の生き方にベストを尽くすということだと思います。携帯電話のような日本独特の閉鎖社会ではダメですね。農業と一緒ですよ。日本も1億人の人口があったからそれなりに市場がありましたが、それに甘んじてグローバル化に遅れたんですね。グローバル化についていえば、今、台湾がすごいです。

 奥田 そうですね。

 沓澤 いい実例が台湾です。台湾みたいな生き方も一つですね。これもオーナー経営です。サムスンなんかと同じですね。思い切った投資をするんです。日本も、京都に本社を置く会社はオーナー経営ですよ。立派だと思います。

 奥田 日本の会社がすべてオーナー系というのは無理ですから、オーナー的なセンスをもって事業にあたるということですね。

 沓澤 二代目はまだいいんです。先代の後ろ姿をみていますから。三代目はダメです。創業の苦しみをまったく知らない。苦労していない。苦労していなくては、これからの厳しい環境では通用しないですね。

 奥田 同感です。

 沓澤 三代目がうまくいくのは集団経営だと思います。今の日本は、オーナー経営的な人材をいかに育成するかというのが課題です。そういう塾があればいいんですがね。松下政経塾のような。

 奥田 塾長になられてはどうですか。

 沓澤 もうこの年ですから(笑)。

 奥田 今日はお忙しいなか、貴重なお話を聞かせていただきました。本当にありがとうございました。

「李教授と劉さんの関係について沓澤さんは、『素晴らしい師弟愛』と言われたが、沓澤さんと劉さんとの関係にも、素晴らしい師弟愛を感じた」(奥田)

(文/谷口 一)

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Profile

沓澤 虔太郎

(くつざわ けんたろう)  1930(昭和5)年、秋田県生まれ。1945年3月、家族と共に中国東北部の丹東市(旧安東)に移住。終戦後、日本に帰国。東京理科大学在学中の1948年、片岡電気(現アルプス電気)に入社。以後、アルプス・モトローラ(現アルパイン)取締役やアルプス電気取締役、アルプス・モトローラ専務取締役を経て、1986年アルパイン代表取締役に就任。  その後、同社代表取締役会長を経て、2003年同社相談役。1991年に設立された、中国・東北大学とアルパインの合資会社・東大アルパインの事業を積極的に支援し、2003年に同社の副董事長に就任。2002年、中国の電子産業の発展に尽力したことを評価され、中国政府から「国家友諠賞」を贈られた。