成功の秘訣は、構想力とオーナー的決断――第50回

千人回峰(対談連載)

2011/03/10 00:00

沓澤 虔太郎

沓澤 虔太郎

アルパイン 相談役

構成・文/谷口一

 ビジネスの基本は信頼にある。対中国も然り。その言葉通りに、東北工学院(現東北大学)との合弁で中国一のソフトウェア会社を築きあげたアルパイン相談役の沓澤虔太郎さん。夢を現実のものにした人との出会いや、さまざまな局面での決断とその経緯などを、著書『日中合作』(小学館クリエイティブ刊)の話題も交えながら話していただいた。【取材:2010年12月28日、アルパイン本社にて】

「日本の企業は、中国の法人を下請け根性で使っていたら絶対に成長しません」と沓澤さんは苦言を呈する
 
 「千人回峰」は、比叡山の峰々を千日かけて歩き回り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借しました。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れることで悟りを開きたいと願い、この連載を始めました。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
株式会社BCN 社長 奥田喜久男
 
<1000分の第50回>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

中国一のソフトウェア会社を目指す

 奥田 つい先日、北京から青島までの6時間の電車の中で、沓澤さんが上梓された『日中合作』を読ませていただきました。いい本に出会ったなぁというのが実感でした。

 沓澤 ありがとうございます。この本は、私どもが中国と共同で始めた企業Neusoft(ニューソフト、東軟集団)が、創業15周年になるものですから、会社のストーリーをまとめてくれといわれて書いたものです。難しいことばっかりでは仕方がないので、前半は私の紹介みたいなことも書いております。

 奥田 感銘させられました。

 沓澤 最初は4、5名でのスタートでした。1990年のことです。その時に私は夢みたいなことを言ったんですよ。10年、20年の間にはきっと中国もコンピュータ社会になるから、そこで中国一のソフトウェア会社になりなさいと。夢を託したんですね。

 奥田 そして、その夢が……。

 沓澤 そうです。10年後にそうなったんです。

 奥田 すごいことですね。

 沓澤 そうなれたのも、やはり劉積仁教授との出会いですね。当時、彼は30代の半ばでした。中国ではいちばん若い教授で、学者としてもすぐれていましたが、潜在的に事業家としての才能ももっていたんですね。最初は、学者なので会社の経営や経理のことはあまりわかりませんから、教えたり、マーケティングの重要性なども説きました。彼は飲み込みが速いんです。そして教えたことをすぐに実行する。センスがあり、誠実な男です。

 奥田 私も劉さんに会いました。

 沓澤 彼は、アメリカの招待で1年間留学したのですが、他の人がアメリカに残るなかで、中国に帰ってきたんですね。彼は教育者ですから、中国の若い人を教育したいという希望も強かったんでしょう。ですから、後には学校も創設したのです。

 奥田 東軟技術情報学院ですね。

 沓澤 そうです。あそこは今では、一部が国立の東北大学の分校になっています。どうして彼が学校を創ったのかというと、今までの中国の大学は日本の大学と同じように、学問を追求するだけで、実学をやっていないからです。卒業してすぐに仕事ができる人材を育成したいというのが、彼の意図でした。

 奥田 まさに事業家のセンスですね。
 

ビジネス構想力とリスク

 沓澤 彼との出会いは偶然でしたが、ここまで成長するとは思ってもみませんでした。彼は今、中国のビル・ゲイツと呼ばれています。私、思うんですけど、日本のIT業界でグーグルのようなサービスやゲイツみたいな人物が出てこないのは、結局、ハード系が強いからなんですね。ソフトウェアやネットワークをよく理解している人間でないと、ああいうビジネス構想力が生まれないんですよ。

 奥田 なるほど。

 沓澤 最近も、劉さんは大きなシステムを提案するために来日しましたが、うまいんですね、プレゼンテーションが。へたな英語ですが、すばらしいプレゼンテーションです。プレゼンテーション能力がないと、ワールドワイドでは通用しません。やっぱり、日本の場合は大型のソフトウェアを考案する人間はいないですね。ハードが中心だから、目先の直近の問題だけです。

 奥田 そういうことですか。

 沓澤 たとえば電話でもNTTの提案通りにやると、国内はよくても、海外は全部やられてしまう。グローバルにやるには、それだけの器量が求められるということです。そういう器量を劉さんはもっていますね。今度、大きなプロジェクトを世界に向けて始めようとしていますよ。

 奥田 どんなプロジェクトでしょうか。

 沓澤 ヘルスケアです。

 奥田 ほう、有望な分野ですね。

 沓澤 中国政府のバックアップで、中国の10都市から、もう注文が入っていますよ。

 奥田 構想力と実行力ですね。

 沓澤 そうです。そういう大きなビジネス構想力です。これが重要だと思います。

 奥田 そこが、日本は乏しいということですか。

 沓澤 残念ながら…。決断力もありません。すばやい決断は、オーナー経営でなければできませんね。日本の大企業の経営者は、2期4年、3期6年で辞めるでしょう。だから問題を先送りするじゃないですか。決断しないし、リスクを負わない。サムスンにしてもLGにしても、オーナー経営でしょう。創業者っていうのは、好むと好まざるとにかかわらずリスクを負うことになる。

 日本でも京セラとか村田製作所とか任天堂とか、ユニクロも楽天も、成功しているところはみんなオーナー経営ですよ。残念ながら、日本の大企業は、ほとんどがサラリーマン経営者。だから、スピードもないし、リスクも負わない。それじゃあ世界では勝てません。

 奥田 確かにそういう面がありますね。

 沓澤 これからのソフトウェアというのは、今だとクラウドに代表されるようにネットワーク化がどんどん進みます。それに対する理解力とそれをうまく活用したビジネス構想力が立てられるかどうかが、分かれ目でしょうね。日本の経営者でいえば、楽天の三木谷社長のような人物が、どんどん出てこなくてはいけない。30代、40代の若手ですよ。50を過ぎてからでは遅いですわな。リスクを負えないから。30代、40代なら無茶をやれますからね。

 奥田 リスクがエネルギーを生むということですね。

 沓澤 新しいことに挑戦するには、向こう傷を覚悟しなければならないということです。

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