「FUNマネジメント理論」で脚光――第28回

千人回峰(対談連載)

2008/09/22 11:27

Jinsoo Terry

Jinsoo Terry

AGC プレジデント

 Jinsoo Terry(ジンソー・テリー)さんとは、韓国のとても親しい友人の紹介で面談することになった。会ってみると、大変な苦労人であり、笑顔の美しい人だった。FUNマネジメント理論については、アメリカの大学教授のなかにも「MBAを超える」と評価する人が現れているという。来年、英語版が出版されれば、新たな旋風を巻き起こすことになりそうだ。【取材:2008年6月9日、BCN本社にて】

 「千人回峰」は、比叡山の峰々を千日かけて歩き回り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借しました。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れることで悟りを開きたいと願い、この連載を始めました。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
株式会社BCN 社長 奥田喜久男
 
<1000分の第28回>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

博士号を取得したものの評価されず

 奥田 まずアメリカに渡ることになった経緯から教えてください。

 Terry 私、1978年に釜山大学を卒業したんですが、当時の韓国では大学卒の女子を採用しようとする企業はなく、就職できませんでした。それならば博士号を取ってやろうと思い、ソウルの淑名女子大学の大学院に進みました。専攻したのは繊維機械工学で、81年に卒業したときは、博士号を取得していました。

 この時は、繊維系の会社に就職できたのですが、博士号を持っているにもかかわらず、女性ということで私にとっては不本意な待遇を受け続けました。

 奥田 韓国も儒教の強かった国だから、女性に対する扱いは厳しいんですね。

 Terry そういうことなんでしょうね。

 奥田 転機はどんな形で訪れたのですか。

 Terry 1984年にニュージーランドのエンさんという女性に偶然会ったんです。ある会合があって、日本に来ていたんですが、帰国の際、私は手元不如意だったものですから、飛行機には乗らず下関から船で釜山に帰ったんです。この船上で出会ったのがエンさんで、「世界は広いよ」ということを教えていただきました。

 エンさんの体験談を聞きながら、まさに目からうろこが落ちる思いを抱きました。

[次のページ]

次へ

オススメの記事