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交換レンズ市場でニコンが1位に 80年続く「NIKKORレンズ」の魅力に迫る

インタビュー

2013/04/26 18:03

 デジタル一眼カメラと交換レンズの市場が盛り上がっている。家電量販店の実売データを集計する「BCNランキング」では、昨年末からレンズ交換型デジタルカメラ(デジタル一眼カメラ)と交換レンズの販売台数が前年同月比120%以上で推移している。なかでも交換レンズは3月に前年同月比137.7%を記録して好調だ。この市場で3月、ニコンが22.6%の販売本数シェアを獲得して1位に立った。

1959年に発売した「ニコン F」

1959年に発売した「ニコン F」 Fマウントはいまだ健在

 今年、ニコンの写真用レンズ「NIKKORレンズ」の誕生から80年がたつのを機に、BCNの道越一郎アナリストが、ニコン映像カンパニー開発本部第二設計部第二設計課の佐藤治夫主幹に、「NIKKORレンズ」の歴史、そしてブレない開発・設計のこだわりを聞いた。

道越アナリストがニコン 映像カンパニー開発本部 第二設計部 第二設計課の佐藤主幹に「NIKKORレンズ」開発秘話を聞いた

道越アナリストがニコン 映像カンパニー開発本部 第二設計部 第二設計課の佐藤主幹に「NIKKORレンズ」開発秘話を聞いた

こだわり続ける「Fマウント」



道越 「NIKKORレンズ」誕生から、もう80年ですね。

佐藤 1932年12月に写真用レンズの商標として登録したのが最初です。弊社は1917年(大正6年)に創業し、望遠鏡や双眼鏡の研究をしてきました。戦時中は、戦艦大和の測距儀に弊社で設計製造されました。戦後は、戦前からやり慣れている双眼鏡、望遠鏡、顕微鏡に加え、長らく途絶えていた写真用レンズの研究・開発を再開し、再出発いたしました。

「NIKKOR」レンズ発売80周年記念ロゴ

「NIKKOR」レンズ発売80周年記念ロゴ

道越 そうして生まれた最初の写真用レンズが航空写真用の「Aero-Nikkor」ですね。

佐藤 はい。弊社のレンズの開発には、当時世界一といわれたドイツの技術者として招いた、ハインリッヒ・アハト氏の研究や設計の伝統が脈々と伝承されております。戦前や戦時中に航空写真用レンズの開発に携わった技術者が、戦後に写真用レンズの開発へと移行していったのです。彼らの残した設計データとドイツ流の設計手法は、後の写真レンズの基礎的な設計資料になっています。

道越 その流れを受けて、一眼レフ「ニコン F」といまなお続く「ニコンFマウント」が生まれたんですね。

佐藤 「ニコン F」の発売は1959年でした。同時に発売した「NIKKOR-S Auto 5cm f/2」が、最初の一眼レフカメラ用「NIKKOR」レンズということになります。いまは小さいといわれている「ニコンFマウント」ですが、当時は最も大きな口径(内径)のマウントの一つでした。当時、内径に35mmセンサが入るマウントは少なく、「Fマウント」はそれを達成していました。他社はもっと小さかったのです。いまでも「Fマウント」が通用するのは、口径が大きかったからだと思います。

佐藤主幹が手にしているのが1959年発売の「ニコン F」

佐藤主幹が手にしているのが1959年発売の「ニコン F」

道越 それが50年以上も続いているのですね。マウントを変えるメーカーがあるなかで、ずっと同じというのは安心感があります。「Fマウント」を続けるこだわりとは何でしょうか。

佐藤 長い間使ってくれているお客様を大事にしなくてはいけない、という思いです。新しいカメラでも、すべての機能というのは難しいですが、古いレンズで最低限の機能は使えるようにする。この思想をずっと受け継いできました。例えば、おじいさんの形見のレンズを、最新の「D800」に装着して撮影できる。おじいさんの形見が宝物になるかもしれない。これはすごいことでしょう。そうした楽しみを提供したいのです。

道越 変わった味わいのある写真になりそうですね。

佐藤 例えば、有効画素数36.3メガピクセルの「D800E」に「Micro-NIKKOR Auto 55mm f=3.5」を装着して写真を撮ってみてください。絞りは4~5.6ぐらいで。等倍拡大するとボケボケになるかと思いきや、いわゆる「使える像」になっていてびっくりします。また、近接撮影ではボケも芯のある、形が見えるボケ方をするんです。「Micro-NIKKOR Auto 55mm f=3.5」を発売したのは1963年ですが、いかに当時のレンズ設計がしっかりしていたかがわかります。まるで、こういう時代が来ることがわかっていたかのようです。また、たとえ収差が残っていても「どの収差をどう残すか」をきちんと考えれば、それも味わいになり、心地よい絵になります。昔のレンズでしか撮れない絵を楽しんでほしいですね。

有効画素数36.3メガピクセルのフルサイズセンサを搭載する「D800E」

有効画素数36.3メガピクセルのフルサイズセンサを搭載する「D800E」

道越 カメラはフィルムからデジタルへ移行しました。フィルムとデジタルでは、レンズづくりでどんな違いがありますか?

佐藤 実は、光学設計の基本は変わりません。変わったといえば、いまは道具立てがよくなったことです。昔は焦点距離が変わるズームレンズを設計するのは大変でした。焦点距離が動くぶんだけ計算を増やさなくてはなりませんから。いまはコンピューターとソフトが発達し、より早く、複雑な計算ができるようになりました。シミュレーションの技術が進み、いろいろな評価をしながらレンズを仕上げることができ、技術的な成熟度が増しました。現在では、より高性能化を目指し、残存収差を極限まで減らす方法が確立したといえます。

道越 現在のほうが設計しやすいということですか。

佐藤 そうですね。ただ、厳しくなった点もあります。銀塩の頃は印刷用途がほとんどで、多少大きめに引き伸ばしても気にならなかったレンズのアラが、デジタルになってピクセル等倍で見ることが増え、気になることがあります。このアラを減らしていくことが課題ですね。 ___page___

ニコン映像カンパニー開発本部第二設計部第二設計課の佐藤治夫主幹

ニコン映像カンパニー開発本部第二設計部第二設計課の佐藤治夫主幹

道越 ちょっと戻りますが、時代とともに道具立てがよくなると、各社とも技術的に横並びになりますよね。ニコンらしさをどう出していますか。

佐藤 いま取り組んでいるのが、三次元的な絵づくりです。写真は三次元を二次元に、つまり立体映像を平面に押しつぶしているわけです。いま、巷では写真の評価といえば、ピントが合っているところがバリッとシャープに仕上がることがよしとされています。したがって、そのシャープ感が評価されています。しかし、それだけでは「いい画像」としては不満足です。例えば斜め上から撮影したポートレート写真では、顔にピントが合ってシャープに見えますが、からだは大きくボケて、まるで首が空中に浮いているように見える写真がよくあります。これでは奥行き方向の描写が好ましくない。顔からからだにかけて、徐々にボケてくれるレンズが必要だ、という考え方です。

道越 まるでボケのグラデーションのようですね。

佐藤 そうです。ぼけた部分にも主張があるわけです。すべてのレンズが三次元的にハイファイなレンズにならなくてもいいのです。ですが、お客様がそんな絵が欲しいときに提供できるようにしたい、というのが我々の思いです。

脈々と受け継がれる「NIKKORレンズ」のDNA



道越 それでは「NIKKORレンズ」のDNAを継いだ名玉について教えてください。印象的なレンズに「Noct Nikkor 58mm F1.2」がありますね。

佐藤 ノクターン(Nocturne=夜想曲)に由来する名をもつ夜景撮影に適したレンズです。夜景は暗いので、できるだけ大口径のレンズにしました。ですが、大口径レンズで解放絞りで撮影すると点がフレアで鳥の羽のような形になってしまう。これを補正したのが「Noct Nikkor」です。「NIKKORレンズ」のなかで、唯一機能以外の名前がついたレンズでもありますね。

当時12万円もした憧れの名玉「Noct Nikkor 58mm F1.2」

当時12万円もした憧れの名玉「Noct Nikkor 58mm F1.2」

道越 最新のレンズですと、約10年ぶりにモデルチェンジした望遠ズーム「AF-S NIKKOR 80-400mm f/4.5-5.6G ED VR」が人気ですね。

佐藤 80-400mmの高倍率でありながら、VR(手ブレ補正)をつけました。描写性能はこれまでの80-400mmからブラッシュアップして、ひと皮むけたできになっています。シャープネスだけではなく、ピントが合った部分から自然にボケるよう、こだわってつくっていますので、気持ちのいい写真が撮れますよ。テレコンとの相性も抜群です。

道越 ターゲットはバードウォッチャーの方々ですか。

佐藤 もちろん、野鳥も十分いけます。また、80mmの絵も撮れますから、鉄道や飛行機、クルマなど、乗り物系を撮る方からの要望が非常に多いです。

「AF-S NIKKOR 80-400mm f/4.5-5.6G ED VR」

「AF-S NIKKOR 80-400mm f/4.5-5.6G ED VR」

道越 広角レンズでは「AF-S NIKKOR 18-35mm f/3.5-4.5G ED」が3月7日に発売されましたね。

佐藤 前モデルは、逆光時にフレアが出てしまうことがありました。ゴーストフレアが出ないように味つけしたのがこのモデルです。

「AF-S NIKKOR 18-35mm f/3.5-4.5G ED」

光学設計から見直してフレアを抑えた「AF-S NIKKOR 18-35mm f/3.5-4.5G ED」

道越 そもそもフレアはどうして出るのですか。

佐藤 強い光がレンズに入ってくると、レンズの表面で反射した光が、レンズ内部やカメラ内部で複雑に反射しながらセンサに届いてフレアを生み出します。「AF-S NIKKOR 18-35mm f/3.5-4.5G ED」は、ナノクリスタルコートをレンズの表面に施して反射を抑えるのではなく、光学設計を見直して反射した光がセンサに当たらないよう、そもそも反射しないよう設計しました。これは先に説明したシミュレーション技術の向上によって実現したものです。また、7枚羽根円形絞りによって、自然できれいなボケを表現できるのも特徴です。

道越 最後に、これからデジタル一眼レフカメラを購入する人に向けて、アドバイスをお願いします。

佐藤 家族写真など、日常の風景を撮りたい方は、最もコストパフォーマンスのいいダブルズームキットからスタートするのがいいと思います。キットレンズはよく写らないと思われるかもしれませんが、実はその逆で、かなり気合いを入れてつくっています。

ニコンF、ニコンSの実写テスト写真

ニコンF、ニコンSの実写テスト写真、テストを繰り返して理想の絵に近づけていく

 キット用のレンズは一番難しいレンズで、ベテランが設計を担当します。コストを抑えなくてはいけない、簡単につくれなくてはいけない、よく写らなくてはいけない、レンズ枚数を減らして軽く、小さくしなくてはいけない……。制約条件が非常に多く、それをクリアできるベテランがつくっているので、かなり自信をもってお勧めできます。

 キットのレンズにもの足りなさを感じるようになってきたら、次の一歩を踏み出してください。例えば、暗いなあと思ったら大口径の明るいレンズを、もうちょっと被写体に近づきたいと思ったらマクロレンズを買い足してください。そうやって、写真の世界を広げていってください。また、ニコンのショールームやサービスセンターにカメラを持ってきてくだされば、気になるレンズを装着してテスト撮影ができます。レンズだけではなく、最新のカメラも試せますので、描写力の違いをぜひ体感してください。そして、撮ってみて、気に入ったものを買われるといいと思います。

道越 ありがとうございました。


(取材・道越一郎/文・山下彰子)