トレンドマイクロ社が配布したウイルスパターンファイルのバグによって、社会システムに大きな混乱をもたらしたトラブルから2か月半が経過。その後同社は検証体制の見直しなど抜本的な改善策を実施した。しかし、セキュリティソフトのアップデートによって、逆にPCに不具合が生じるという事態は、現在のネット社会そのものが抱える脆弱性を浮き彫りにし、社会的にも大きな問題を提起した。この事件がソフトウエアの売り上げにどのように影響したのか、さらに再発防止に向けて、セキュリティソフトメーカー各社の取り組みはどこまで進んだのだろ

 トレンドマイクロ社が配布したウイルスパターンファイルのバグによって、社会システムに大きな混乱をもたらしたトラブルから2か月半が経過。その後同社は検証体制の見直しなど抜本的な改善策を実施した。しかし、セキュリティソフトのアップデートによって、逆にPCに不具合が生じるという事態は、現在のネット社会そのものが抱える脆弱性を浮き彫りにし、社会的にも大きな問題を提起した。この事件がソフトウエアの売り上げにどのように影響したのか、さらに再発防止に向けて、セキュリティソフトメーカー各社の取り組みはどこまで進んだのだろうか(図表)。

●事件直後6.7%落ち込んだ店頭シェア、ようやく回復へ

 事件の影響が大きかったのは、やはりトレンドマイクロだった。店頭のPOSデータを集計する「BCNランキング」では、個人ユーザーを対象とする「ウイルスバスター2005」を中心に、同社の売り上げが一時大きく落ち込んだ。



 事件前週まで25.7%だったシェアは、一気に19%にまでダウン。個人向け製品の影響が大きかったことを物語る。逆にこの期間、シェアを伸ばしたのはトップのシマンテック。3位のソースネクストも、わずかながらシェアを上げ、一時2位をうかがう位置にまで迫った。

 この間の状況について、パソコン専門店の担当者は、「コンシューマ市場はこうした事件に敏感。マスコミの報道をみて、今回は別のメーカーにしておこうというユーザーが多かったのではないか」と振り返る。

 その後、トレンドマイクロの善後策が発表されるにつれて、徐々にではあるがシェアも持ち直し始めている。直近では22.5%まで回復。立ち直りに向けて、ようやく足並みが整ってきたようだ。

●トレンドマイクロ、検証体制など全面的な見直しを実施

 トレンドマイクロは6月23日、今回の事件を総括する会見を開き、対策の概要を発表した。品質向上に向けた取り組みについて、清水智・トータルクオリティマネジメント担当ディレクターは「今回の事件を契機に、社内体制の全面的な見直しを実施した。検証設備の増強とプロセスの自動化、認証方式の強化。さらに監査、教育体制の拡充などを通じて、高品質なパターンファイルを発信する体制を構築する」とした。さらに「検証設備はハードウェアを1000台規模に増強し、さまざまな作業を自動化することで、検証プロセスの精度向上と時間の短縮をはかった」と説明し、検証の精度を維持しながら、パターンファイルを素早く提供できる体制を整えたと強調した。

 さらに、9人のシニアマネージャをフィリピンの同社ラボに派遣し、教育と改善策を実施する一方、日本IBMとの提携によるテストセンターの設立によって、テストプロセスの多重化を行うなどの再発防止策をとっている。これまで土曜・日曜が休みだったポートセンター窓口の電話受付も、7月2日から1年365日9時30分から17時30分まで受け付けることにした。

 これについてマヘンドラ・ネギCFO(最高財務責任者)は、「問題が起きたのは、日本時間で4月23日土曜日の朝9時というタイミング。サポートは休みだった。ユーザーにしてみれば、どこに電話すればいいかわからないという状況になってしまった。そうしたことを避けるためにサポートを年中無休にした」と語った。会見の最後にエバ・チェン社長兼CEOは「ウイルスバスター2005のデイリーアップデートを7月11日から再開する」と発表し、事件の総括を締めくくった。

●プロジェクトチーム結成で安全対策徹底したシマンテック

 一方、競合メーカーでも、今回の事件は人ごとではないという捉え方が多い。現在セキュリティソフト市場でトップシェアのシマンテックでも、「ひとつのミスで通信社の記事配信が止まったり、公共交通機関に影響が出たりするほどの社会的な混乱が生じるとは、正直想定していなかった。そうした影響力をあらためて考えさせられたという意味でも、大きな事件だった」としたうえで、「詳細は公表できないが、社内でプロジェクトチームを作って作業内容等の検証を行い、安全対策をさらに徹底した。また、Web上で行っている定義ファイルの情報公開の範囲を広げ、ユーザーにきめ細かい情報提供を行うようにした」(齋藤秀明副社長)と語る。

 また、「セキュリティソリューションは、もはやネット時代のベーシックな社会インフラの役割を担っている」として、「誰もが安全な水を飲める環境を提供することと同じように、重要な仕事を担っているという認識をさらに深めた」という。また「プロバイダーとの関係だけでなく、OSメーカーとの関係も密にしなければ、トータルなセキュリティを維持することは難しくなってきた。1社のメーカーだけでは難しい。協業環境というものはやはり必要」と、セキュリティ対策にさまざまな企業の相互の協力体制が重要だと強調する。

 同社は現在、映画「バットマン・ビギンズ」とタイアップしたキャンペーンを展開し、個人向けのセキュリティソフトの認知向上にも力を入れている。海外では、これまでも映画素材を使ったキャンペーンを実施してきたが、日本では今回が初めて。「エンドユーザーに喜んで選んでもらえるだけでなく、バットマンという犯罪撲滅型のキャラクターが、セキュリティソフトの製品イメージにぴったりだったので採用した」という。こうした戦略を通じ「販売シェア50%を超えるという当面の目標が視野に入ってきた。ユーザーに選んでもらえるソフトとは何か、パートナーに喜んで売ってもらえるソフトとは何かと考えながら、地道にいろいろな試みを繰り返したい」(齋藤氏)と今回のキャンペーンを機にシェア拡大にも意欲的に取り組む。

●3重4重の安全対策をさらに5重6重にしたソースネクスト

 メーカーシェアでは現在3位につけているソースネクストでは、「当社の場合、もともと安全性は確保されていると考えている」(青谷征夫取締役)と安全面への自信をのぞかせながら、「しかし複雑なソフトなので、念には念をということで事件以降、さらにもう1重2重の対策を行うようフローを変更した」という。「1980円という低価格のソフトだが、最新のウィルスへの対応など、やっていることは他社と同じ。責任も重大で大変だが、なんとがんばってやっていきたい。例えば自動車メーカーは事故を起こすような車を作ってはならないのと同じように、われわれも製造者責任をきちんと果たしていきたい」と意気込みを語る。

 松田憲幸社長は「セキュリティソフトでのシェアは着実に上がってきている。そのうち2位に浮上できる可能性はあると思う」と、今後の伸びを期待する。同社は「全方位コモディティ化戦略」を発表し、今後ソフトウェアのラインアップを大幅に拡大する方針。女優の松下奈緒をフューチャーしたパッケージを採用するなど、販売戦略にも力を入れる。「今のソフトウェアのパッケージは、コモディティ商品にしてはまだイメージが硬い。そこでタレントさんに登場してもらうことで、そうしたイメージをくつがえし、もっと身近に感じてもらうのが狙い」という。

●PCを守るのはいったい誰なのか?

 セキュリティベンダーが開発体制をいくら強化しても、連日のように発生するウイルスなどの悪質な犯罪行為との「いたちごっこ」に、本質的な解決策があるわけではない。

 ある業界関係者は「ウイルスパターンファイルを自動でダウンロードするというのは一見便利ではあるが、実は既存のシステムに新しいプログラムをインストールするのと同じ事。想定外の支障が生じるリスクは否定できない。ユーザーにもそうした認識が必要だ。もちろん、供給側の責任はきわめて大きい。しかし、どこまでがメーカーの責任、どこからはユーザーの責任とその範囲を明確にしておく必要はある」とユーザー側の自衛策の必要性も説く。

 インターネットが現代社会の基本的なインフラと捉えられるようになった今ですら、「利便性とリスク」のトレードオフの関係は変わらない。別の関係者も、「今回のような事件は、セキュリティソフトだけの問題ではなく、他のオートアップデートを行うソフトでも可能性のある話。一番安全なのはインターネットに接続しないということだが、それも本末転倒。便利なものは使いながら、そのリスクを認識してバランス感覚を失わないというユーザー側の理解も重要だ」と語る。

 セキュリティソフトに限らず、あらゆるメーカーは事故が起きないよう最善の努力をするべきであることは言うまでもない。しかしハード、OS、アプリケーションと、その組み合わせを考えると、およそ無限とも思われるほど複雑に入り組んでいる現在のPC環境。「絶対に不具合が起こらない」と保障することはほとんど不可能だ。ユーザーもそうした前提を忘れてはならない。(Web BCNランキング編集長・道越一郎)


*「BCNランキング」は、全国のパソコン専門店や家電量販店など18社・2100を超える店舗からPOSデータを日次で収集・集計しているPOSデータベースです。これは日本の店頭市場の約4割をカバーする規模で、パソコン本体からデジタル家電まで125品目を対象としています。