美術品を、もっといろんな角度から深く知ってもらいたい……。フランスのルーヴル美術館と大日本印刷(DNP)の共同プロジェクト「ミュージアムラボ」。映像、音声などのマルチメディア技術を駆使して美術品の新しい展示方法を模索している。それは一体どんなものなのか? 「ミュージアムラボ」の展示を実際に体験しながら、技術開発を担当した大日本印刷 C&I事業部 第1トータルソリューション本部 第3TS企画開発室・久永一郎氏に話を聴いた。

●美術品に関する多角的な情報をマルチメディアで提供

 「ミュージアムラボ」とは、ルーヴル美術館とDNPが3年間にわたり美術品の新しい展示方法を模索する共同プロジェクトのこと。美術品の魅力を、よりわかりやすく伝えたいと考えるルーヴルとマルチメディアに強いDNPが意気投合し、06年に活動を開始した。ルーヴル側が美術作品と展示のアイディアを提供、DNPが映像、音声などのマルチメディアツールを駆使してそのアイディアを形にしていく。さらに、東京・DNP五反田ビルで開く展覧会で実際に試し、ルーヴル美術館での展示に生かしていこう、という試みだ。

 マルチメディア技術を応用して、美術品に関するさまざまな情報を提供する中心的な機器が「マルチメディアディスプレイ」。端末やディスプレイなどから構成される専用の複合装置だ。作品が生まれた地理的・歴史的な背景などをはじめ、作品のさまざまな付帯情報を、映像と音声でガイダンスとして解説していく。久永氏は、「従来の展示方法より、多くの情報をわかりやすく伝えられることを考えれば、今の段階ではマルチメディアディスプレイが最適だと判断しました。しかし、来館者がマルチメディア端末を操作しなくても、情報が伝わるというのが理想です」と話す。


 「ミュージアムラボ」で生まれた新しい展示方法を使う一番のメリットは、美術品の理解が深まるということ。マルチメディア技術を活用し、作品の生まれた背景や、作者の生涯などの多くの情報を受け取ることができる。そのためいろいろな角度から作品を理解できる、というわけだ。こうした展示に触れることで「1つの作品を鑑賞する際も、多角的に観る方法があることを知ってほしい」と久永氏は話す。

 提供する情報の充実だけでなく、ラボでは情報の伝え方にも工夫を凝らす。例えば、ICタグを使った来館者ごとに異なるガイダンスの配信。まずICタグに年齢、性別、希望言語などの属性を登録する。そのICタグを首から下げて歩くだけで、館内のセンサーが反応し、その人に合わせたガイダンスを配信する、というものだ。これまで、希望観覧時間を登録すると、解説を短くするなどして観覧時間を管理したり、ICタグに記録された来館者の観覧履歴に応じてルートを案内したり、日、仏、英の3か国語から希望する言語でガイダンス配信したりといったことを行ってきた。今後、年齢別にガイダンスを配信する可能性もあるという。

 さらに、専用のウェブサイトも用意。自宅のPCから展覧会を振り返ることもできる。「ミュージアムラボ」のウェブサイト「Louvre-DNP Museum Lab」にアクセスし、ICタグの番号を入力すれば、自宅に帰ってからでも自分が見て回った作品を後から辿れるようになっているのだ。「来館者が体験を振り返ることにより、自分がどこを見逃しているのかに気づきます。そして、『ここを見ていないからもう一度見に行こう』と、再来館のきっかけを作りたいんです」と久永氏。会場で流れている音声ガイダンスも再録されており、会場で聞き逃してしまっても、文章でもう一度読むことができる。

●あたかも作品に触れながら解説しているよう――「AR鑑賞システム」

 「ミュージアムラボ」では、これまでに3回、それぞれ半年間にわたる展覧会を開催してきた。第1回展では、タッチディスプレイなどを使い、フランスの画家テオドール・ジェリコーの代表作「銃騎兵」の見所を分析。第2回展では、古代ギリシアで作られたテラコッタの小像「タナグラ」を、マルチメディアディスプレイに3D映像として映し、作品を画面上で回したり、拡大できるようにした。第3回展では、イタリアの画家ティツィアーノの代表作「うさぎの聖母」の世界に踏み込むため、室内の壁をグラフィックスで覆い、16世紀ヴェネツィアの映像空間を作り出した。

 今回実際に体験したのは、現在開催中の第4回展「都市スーサとその陶器 イスラム時代の創成期」。ルーヴル美術館では2010年オープンをめざし、現在、イスラム新展示室をつくる準備をすすめている。この中で、ルーブルとしては初めてマルチメディア機器を使った展示を行う予定だ。第4回展は、このイスラム新展示室に実際に導入することを前提とした展示を行っている。久永氏は、「一番力を入れたのは、マルチメディアを建築に組み込み、作品鑑賞に影響を与えない鑑賞システムの開発でした。いかにディスプレイを目立たせないかに気を配りました」と、語った。

 実際に展示を観て回るとラボの成果を実感できる。例えば、館内右奥に位置するディスプレイは、9?14世紀のイスラム文化圏の都市「スーサ」の地理や、発展過程を説明している。地図上に都市スーサの広がりをアニメーションで示するなど、動きのある地図を採用。音声ガイダンスも組み合わせ、わかりやすく展示されていた。


 また、都市スーサの地図上の光るポイントから、好きな箇所を選んで押すと、画面にスーサの建築物の情報が映し出されるマルチタッチディスプレイを導入。従来は1人でしか操作できなかったが、複数の人が同時に操作できるように改良することで、来館者同士で会話が弾むよう配慮したという。


 館内でのガイダンス受信は、「AR(Auqmented Reality=拡張現実)ガイダンス」「音声ガイダンス」「ガイダンスなし」から選ぶことができる。「ARガイダンス」は、A4サイズほどのディスプレイにカメラが付属した端末。館内の地図を撮影すると、画面の映像に3Dのキャラクターが合成され、音声を伴ったルート案内をしてくれる。こうした技術も、広くて迷いやすいルーヴル美術館ではまだ不十分だという。「来館者の目の前の風景に方向や解説を加え、目的に合わせたルート案内が可能なシステムにする必要があります」と久永氏。なお、「ARガイダンス」は、現在重さが1kg近くあるため、実用にはさらに小型化・軽量化も不可欠だろう。


 同じくAR技術を使ったものに、作品の鑑賞に使用する「AR鑑賞システム」がある。スーサの陶器の横に置かれており、A4サイズほどのディスプレイの上部にカメラがついた、美術品鑑賞用の端末だ。カメラで撮影した陶器に、修復前の3D映像を合成して、いくつかのパーツに分かれていた発掘当時の様子を見ることができる。本来は直接作品に触って見所を解説したいところだが、それは難しい。そのため、この「AR鑑賞システム」を使って作品の細かい鑑賞ポイントを指し示す。現在は1つの作品のみに活用されているが、今後は展示品全てに使用されると、作品の見所に迷うことがなく、来館者にとっては大きな魅力だ。


●広がる「ミュージアムラボ」の技術、美術展示のこれから

 今後、ルーヴル美術館で「ミュージアムラボ」の技術を実用化するにあたって久永氏は、「1日に大勢の人が訪れるルーヴル美術館において、1か所に人を固まらせず、人の流れを作れるような展示を検討なければいけません。それにはマルチメディアのコンテンツの長さも重要になってきます」と、内容以外にも課題があることを教えてくれた。

 また、「ミュージアムラボ」で開発した展示技術は、他の美術館にも提供する可能性があるという。久永氏は、「『ミュージアムラボ』の技術を、さまざまな美術館へも提供していくつもりです。DNPはソリューション(問題解決型)企業なので、どんな美術館でも依頼があればそれに合わせて技術を提供します」と語った。

 これから先、美術展示でのデジタル技術の活用はどのように進んでいくのだろうか。久永氏は、「デジタル技術そのものが大切なのではなく、『美術品をどう鑑賞するか』が重要になっていくでしょう。そのための道具の1つがデジタル技術なのです」と話す。

 美術館で、絵の前に立つ。この絵はどんな時代に描かれたのだろう? この絵を描いた時、作者は何を考えていたのだろう? 絵を前にすると、さまざまな疑問が浮かんでくる。「ミュージアムラボ」の技術が応用され、全国の美術館で実用化された時、わたしたちは美術作品と、今までにない対話ができるかもしれない。(BCN・武井美野里)