豊かな時間を過ごしてもらう道具を世界中に提供したい――第82回

千人回峰(対談連載)

2013/03/27 00:00

福野 泰介

jig.jp 代表取締役社長 福野泰介

構成・文/小林茂樹
撮影/津島隆雄

 私たちBCNは、NPO法人ITジュニア育成交流協会を通じて次代のものづくりを担う若きエンジニアの卵を支援している。そんな活動を展開し、高専生を応援するなかで、行政にも積極的に提言する若いIT企業経営者が福井を中心に活動していることを知り、ぜひお会いしたいと思った。jig.jpの福野泰介社長だ。終始ソフトな物腰ながら、決して妥協を許さない、ある種の職人的な頑固さと誠実さが感じられた。おそらくそれは、ものづくりに生きる高専OBの息づかいのようなものなのだろう。【取材:2012年11月20日 東京・新宿区のjig.jp本社オフィスにて】

「道具は時間をつくり出すものだと思います。世界中の人に、豊かな時間を過ごしてもらうための道具を提供したいですね」と福野さん。
 
 「千人回峰」は、比叡山の峰々を千日かけて歩き回り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借しました。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れることで悟りを開きたいと願い、この連載を始めました。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
株式会社BCN 社長 奥田喜久男
 
<1000分の第82回>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

小学3年生でプログラミングに目覚める!

奥田 福野さんは34歳ですよね、コンピュータとの最初の出会いはいつ頃ですか。

福野 小学3年生のときに買ってもらった「MSX」ですね。立ち上げると真っ青な画面に「何かキーを打て」と表示されます。説明書どおりに打ち込むと、そのとおりに動くので夢中になって……。もちろん理論は何もわかりませんが、当時は子ども向けのMSX入門の本がたくさん出ていたので、そこに載っているプログラムを打ち込んで楽しんでいました。

奥田 なるほど、それが今のビジネスの原点であるわけですね。

福野 そうですね。小学生の頃、工作も得意だったのですが、実際にモノをつくってみるとどうも完成度が低い。これでは売りものにならないと考え、何度でもやり直しのきくソフトウェアのほうがいいと考えたわけです。

奥田 小学生でそこまで考えたのですか。それはすごい。それで、中学卒業後は福井高専に進まれた、と。

福野 親が転勤族だった関係で、中学3年生のときに福井へ引っ越してきました。中学校の先生に自分はプログラミングが好きだと伝えたら、鯖江市にある福井高専のことを教えてくれたのです。ここでは、多くの仲間と先生に出会えました。いまでも、起業家講座の講師をしたりインターンシップの学生を受け入れたりと、さまざまな関わりをもち続けています。

奥田 高専には、若くて優秀な頭脳が集まり、どこの出身であっても高専生というだけですごい団結力を発揮すると聞きます。

福野 そうですね。それに加えて技術が好き、ものづくりが好きという学生が集まっています。全国に60校足らずしかない5年制の専門教育機関ということで、高専というだけで非常に親近感が湧きますし、団結しますね。
 

自分の好きなものをつくるために起業する

奥田 福野さんは大学への編入も就職もせず、21歳にして起業されたわけですが、どんな思いからだったのですか。

福野 起業することが目的ではありませんでした。好きなものをつくりたいという気持ちをずっともち続けていました。在学中にアルバイトをして、自分のプログラミングがある程度社会で通用するとは認識していましたが、人に指図されて自分がいいとは思わないものをつくるのは嫌だったんですね。そこで、会社をつくろうと考えたのです。当時、ビットバレーブームの最盛期で、ネットも上り調子。まだITバブルがはじける前ですから、腕があるなら独立すればいいという雰囲気も追い風になりました。地元のIT関連企業が何社か支援してくれたおかげで、意外と簡単に事が進んだのです。

奥田 支援をいただけたということは、周囲の人たちから福野さんのプログラミング能力が相当注目されていたんですね。

福野 そうかもしれません。おそらく新しい技術、当時はブラウザ上でJavaが動くようになった頃なのですが、それを比較的早い段階で取り入れていたので「福野はけっこうやるようだぞ」とみられたようです。

奥田 技術者である一方で、経営者として、会社の目的や価値についてはどうお考えですか。

福野 コアバリューとしては、イノベーティブ、コラボレーティブ、カスタマーフォーカストであること。つまり、お客さんを見て、発想豊かに、協調しながらやっていこうということですね。価値ということを突き詰めると、時間にたどりつきます。私は道具をつくるということにこだわりがあるのですが、道具は時間をつくり出すものだと思います。誰にとっても時間には限りがありますから、幸せに生きるために、道具によってある部分を効率化することが重要で、なおかつそれは普遍的な価値であると思っています。ですから、世界中の人に、豊かな時間を過ごしてもらうための道具を提供したいですね。今のところ、「jigブラウザ」や「jigtwi」など、一定の評価をいただいていると考えています。
 

子どもたちを夢中にさせるプログラミング教室

奥田 ところで東京と鯖江にほぼ30人ずつ社員を配置しているということですが、オフィスを2か所に分けるメリットは何でしょうか。

福野 東京は、マーケティング的に有利であることが挙げられます。多くのIT企業やメディアがあることが大きいですね。鯖江のメリットは、技術者にあります。福井高専とのつながりがあるので、そこを経由して全国の高専出身者を採用することが可能です。開発するにはシリコンバレーのような広々とした豊かなイメージのある所が向いていると思っています。高専がある場所は田舎ばかりですから、各地の高専を卒業して鯖江に来ても、あまり抵抗がないようです(笑)。家賃や生活コストも安いですし、意外に東京に住みたくないという技術者も多いので、ほかの会社との差異化という意味でも役立っています。

奥田 福野さんがモノをつくるプロセスの根底には、どんなものがあるのですか。

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