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原点は「つくりたい」という気持ち。それが人々の共感を呼び起こす――第133回(下)

クリプトン・フューチャー・メディア 代表取締役 伊藤博之×サイボウズ 代表取締役社長 青野慶久

構成・文/小林茂樹
撮影/津島隆雄

週刊BCN 2015年04月13日号 vol.1575掲載

 2014年のBCN ITジュニア賞表彰式で、協賛企業を代表して伊藤社長は、子どもたちへ「好きなことをやり、それをやり続けることが大事」とスピーチしてくれた。そして青野社長は、昨年度からU-22プログラミングコンテストの実行委員長を引き受け、志ある若者たちを積極的に支援している。お二方ともIT業界のスター経営者だが、今に至るまでの足跡をうかがうと、「ものづくりが何より好き」という原点が浮かび上がる。(本紙主幹・奥田喜久男)

伊藤さんは、若い頃、ギターに手を染めたが、ロックで求められる速弾きができず、断念した。一方、子どもの時に機動戦士ガンダムのプラモデルづくりに夢中になった青野さんは手先の不器用さを自覚して断念。そんな二人がそれぞれ出会ったのがパソコンだった
 

「伊藤さんと青野さんが主役ですので、私は合いの手しか入れません」と冒頭に挨拶した奥田は、宣言通り、今回は黒子に徹した
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第133回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

「つくりたい」という気持ちが大切

奥田 着メロ配信を始めた頃、従業員は何人くらいだったのですか。

伊藤 社員は10人くらいですね。通常は外注してやってもらうサーバー構築を自分たちでやったのも、この事業ではプログラミングスキルやサーバーのメンテナンススキルが重要だと思ったから。自力でやったことで、サーバーのことやモバイルコンテンツをつくるコツみたいなものがわかってきました。人に頼むとなかなか自分のものにならないですね。

奥田 自分でつくるのがお好きですね。

伊藤 大好きですね。

青野 私もつくるのが大好きなんですよ。最初、小学校3年のときにガンダム(アニメ『機動戦士ガンダム』)がブレイクして、ガンプラ(『機動戦士ガンダム』シリーズのプラモデル)を一生懸命つくっていたんです。ところが、手先が器用じゃないのでうまくつくることができない。「これは自分に向いてないな」と子ども心に思ったものでした。高学年になってからは『子供の科学』という雑誌を読んで、ハンダづけをしてラジオをつくるといった電子工作にトライしました。でも、音が鳴らない。がっかりでした。その後、出会ったのがパソコンです。プログラムなら手先が不器用でも関係なくて、つくることで表現ができます。

伊藤 私も同じです。ギターをやっていたのですが、ぜんぜん上達しなくて。当時、ロックはスポーツだったんですね。ギターをいかに速く弾くかとか、歯で弾いたりとか、曲芸的な技が求められたんです。それで壁にぶつかって速弾きは断念して、コンピュータのほうへ寄っていったという経緯があります。

青野 コンピュータは、頑張ればなんとかなる。

奥田 お二人にとってはそうかもしれないけど……(笑)。

青野 プログラムは、とりあえず時間をかけて必死に取り組めば、ある程度のところまでは行くことができます。

伊藤 頭の中で考えたことをかたちにできるというところがすばらしい。実際にコードを書いて、その通りに動くか検証して、これで合っているという小さな達成感の積み重ねでゴールに向かうわけですが、それがすごく楽しいんですね。

奥田 プログラミングに最低限必要なものはなんですか。

青野 「つくりたい」という気持ちですね。私はいまだにつくりたいプログラムをリストアップして、「どれからやろうかな」と悩むぐらいなのに、そういう気持ちがない人が多い。そこが、つくる人とつくらない人の違いなのかな、と思いますね。

伊藤 つくる人というのは、つくることができるからつくるのではなくて、つくりたいからつくるんです。これおもしろいな、というワクワクした気持ちで取り組んでいるから、うっかり徹夜してしまったりする(笑)。
 

これからの企業が目指すべき「時価総共感」

奥田 「初音ミク」への思いを聞かせてくれますか。

伊藤 「初音ミク」は音楽のソフトウェアなので、当然、クリエーターやファンはこれを使って音楽をつくります。でも、音楽のクリエーターだけでなく、イラストを描く人、動画をつくる人、振りつけをする人まで出てくる。ありとあらゆるクリエーターが「初音ミク」の世界で遊び始める。つまり、背後に多くの人が介在している「初音ミク」は、クリエーターやファンをつなぐハブであり、メディアでもあるのです。普通、キャラクタービジネスの会社は、著作権で作品をしっかりガードしますが、むしろ自由に使うことを奨励したことが結果的にはよかったですね。

青野 海外でコンサートを開いて、去年はレディ・ガガの前座までやったそうですね。今のビジネスの中心はコンサートなのですか。

伊藤 コンサートがビジネスになることはまれです。初音ミクのコンサートは、映像設備など、人間のアーティストにはないコストが必要になるものですから。

青野 伊藤さんのビジネスモデルをひと言でいうと、どんなものになりますか。

伊藤 フリーミアムモデルに近いかもしれません。個人が非営利で使うぶんにはフリー、企業が営利で使う際には使用料をいただくというかたちです。個人が「初音ミク」を非営利で使えば使うほど露出の頻度も高まり、なかには人気の作品が出てきます。企業はそうした作品を放っておきません。そこで、クリエーターさんとわれわれがロイヤルティを得られるわけです。一社がつくるコンテンツの量には限界がありますが、何十万人という人が作品をつくり、多くの人の目にさらされ、いいものが支持されます。すでに支持されている状態で商品化できることは、大きな強みだと思いますね。

青野 なるほど。音楽づくりの敷居を下げた大きなハブであると同時に、すぐれたフリーミアムモデルなんですね。

伊藤 私たちもサイボウズのグループウェアのお世話になっていますが、青野さんはビジネスコミュニケーションソフト導入の敷居を下げた先駆者ですね。

青野 私は株主総会の冒頭で「サイボウズは売り上げ・利益よりもユーザー数を重んじます」と言い切っています。せっかくつくったソフトだから、なるべく多くの人に使ってほしい。それが一番やりたいことで、売り上げや利益そのものは目標じゃない。

伊藤 企業の価値には、時価総額、売り上げ、利益と、いくつか指標があると思いますが、単に金銭価値だけを追い求める経営は経営ではないと思っています。企業が目指すべきは、時価総額ではなく「時価総共感」、つまり、どれだけ共感してもらえるかが大事だと思いますね。

青野 それはすごくいい言葉ですね。

伊藤 世の中には、使えば使うほど減る価値と、使えば使うほど増える価値があります。お金は使えば減りますが、感謝や親切は相手から返ってきます。だから親切の総量は増える。コンテンツというのはそういうものなんですね。人に共感してもらうということは双方向だから。

奥田 話は尽きませんが、今日はひとまずこれで終わりにして、ぜひまた2回戦をやりましょう。今度は公開で。

 

こぼれ話

 昨年1月のBCN AWARD2014の時のことだ。伊藤博之さんはITジュニア賞のプレゼンターとして演台で、高らかに受賞者名を読み上げて手渡した。あれ!? 変だ。「向きが逆ですよ」と声をかけたが、読み上げた向きのまま、賞状をスッと差し出したのだ。何かあったの?と不思議そうな一瞥を受けて、言葉をかけたこちらが唖然とするような人だ。

 一方、青野慶久さんは気遣い感じさせないような深い気遣いをなさる。今回の鼎談中に、初音ミクの少しレアな情報を投げかけてみた。そこから話が弾んで盛り上がっていく。あれ、先刻ご存知なのだ。そうだったのか。そこまで事前情報に気配りされたんだ。これはまいった。ご両人とのつき合いにあって、気遣いは禁物だ。それぞれ、特別製の行動思考回路をお持ちのようだ。

 この記事を書いている最中に、非常にうれしいニュースが飛び込んできた。「冨田勲×初音ミク、中国政府からの要請を受けて北京公演決定」(5月20日公演)というニュースがそれだ。伊藤さんの念願だった北京公演が、ついに実現する。おめでとうございます。成功を心から祈っております。次は上海公演だ。

Profile

伊藤 博之(いとう ひろゆき) 1965年、北海道標茶町生まれ。北海学園大学経済学部卒業。北海道大学職員を経て、95年に札幌市で効果音やBGM、携帯電話の着信メロディなど、音に特化した事業を展開するクリプトン・フューチャー・メディアを設立。2007年、音声合成ソフト「初音ミク」を発売し、大ヒットする。北海道情報大学客員教授。京都情報大学院大学教授。13年、藍綬褒章受章。

青野 慶久(あおの よしひさ) 1971年、愛媛県今治市生まれ。大阪大学工学部情報システム工学科を卒業した後、松下電工に入社。97年、愛媛県松山市でサイボウズを設立、取締役副社長に就任。マーケティング担当としてグループウェア市場を切り開く。その後、「サイボウズ デヂエ」「サイボウズ Garoon」など、新商品のプロダクトマネージャーとしてビジネスを立ち上げ、事業企画室担当、海外事業担当を務める。2005年4月に代表取締役社長に就任。15年1月からはグローバル開発本部長を兼務。著書に『ちょいデキ!』(文春新書)がある。