物事の本質を知ろうとする気持ちが 新たなイノベーションにつながっていく――第322回(下)

千人回峰(対談連載)

2023/02/17 08:00

宮沢和正

宮沢和正

ソラミツ 代表取締役社長

構成・文/小林茂樹
撮影/松嶋優子
2022.11.25/東京都渋谷区のご自宅にて

週刊BCN 2023年2月20・27日付 vol.1958掲載

【東京・恵比寿発】現在、宮沢さんが社長を務めるソラミツの社名だが、『古事記』や『日本書紀』、それに『万葉集』に登場する大和の国の枕詞「そらみつ」から名づけられたという。最先端技術とともにあるスタートアップ企業のネーミングとしては意外な感もあるが、創業者の武宮誠さんと岡田隆さんは、「大和の国は空を満たすほど大きく広がっている」というその意味から「世界中を覆うようなブロックチェーンをつくりたい」という願いを社名に込めた。現代の日本に生きる一人として、少し誇らしい気持ちを抱いた。
(創刊編集長・奥田喜久男)

2022.11.25/東京都渋谷区のご自宅にて

銀行設立プランの凍結により
電子マネービジネスに転換

奥田 1998年にシリコンバレーから日本に戻り、ソニー銀行の開設準備室の技術担当となられてからは、どんな仕事に携わったのですか。

宮沢 ネット専業銀行の立ち上げですから、ICカードやインターネットの技術開発を行っていました。ところが、本業のエレクトロニクス事業の業績が急速に悪化し、年末の経営会議でこの構想は凍結されてしまったのです(注:その後、ソニー銀行は2001年4月に設立された)。

奥田 せっかく、新たな領域でのビジネスに着手したのに……。

宮沢 こんなに業績の悪い企業に誰もお金を預けてくれるわけがないと、銀行プロジェクトは解散となってしまいました。それならば、ソニーが開発した非接触ICカードFeliCaを使った電子マネービジネスをやろうと、当時のメンバー5、6人で新しい部署をつくりました。それが「Edy」の準備室でした。

奥田 Edyというネーミングの由来が面白いですね。

宮沢 ユーロとドルと円の組み合わせですね。ソニーでは、ネーミングとそのデザインの決定には社長の了解が必要でした。いろいろな案を出したのですが、当時、出井さんからは、オールジャパンの電子マネーとするためソニーの名は出してはならないと厳命されており、Edyというネーミングを提案したときは満面の笑顔で「グローバルでやるんだな」と了解してくれました。そのとき出井さんが「これはイデイとも読めるな」とおっしゃり、まったくそれに気づいていなかったメンバーは「そうですね」と話を合わせるしかなかったことを思い出します(笑)。

奥田 なるほど(笑)。宮沢さんご自身としては、ネット銀行構想がいったんご破算になっても、金融のカテゴリーで仕事を続けられるわけですが、その理由は何だったのでしょうか。

宮沢 当時、FeliCaが初めて採用された香港のオクトパスカード(交通系ICカード)の利用状況の視察に行ったのですが、「これは世の中を変える技術だ」と思ったことが理由の一つですね。そして、自分の天職かもしれないと思いました。実はソニーに入社したのは、世の中にないものをつくり、人々の生活を便利で豊かなものにしたいという思いからでした。

奥田 ソニースピリットそのものですね。そうした思いは、幼い頃から抱いていたのですか。

宮沢 好奇心旺盛な子どもだったことは間違いないですね。祖父が買ってくれたクルマなどのおもちゃを、私は必ず分解してバラバラにしてしまうのです。でも、それをすべて組み立て直し、元の姿に戻すことができました。周囲の大人はそれを見て驚きましたが、いろいろなものの仕掛けが知りたくて仕方なかったんですね。それから、私は東京の環状7号線のそばに住んでいたのですが、そこを走るクルマの車種と年式をすべて言い当てることができたんです。

奥田 神童ですね。

宮沢 それはどうかわかりませんが、物事の本質は何なのかという探究心と新たな技術を使って世の中にないものをつくりたいという思いにつながったことはたしかですね。最近は人の名前を忘れることが多くなりましたが、技術については決して忘れることはありません。

Edyの延長線上にあった
ブロックチェーンの技術

奥田 宮沢さんは、ソニーから楽天を経てスタートアップのソラミツに移られましたが、そこにはどんな経緯があったのでしょうか。

宮沢 私は01年から16年までフィンテックに携わっていましたが、後半は政府対応や対外交渉の仕事が多く、資金決済法(09年公布)の制定にあたっては電子マネー業界の代表として金融審議会のメンバーとなり、さまざまな議論やプレゼンテーションを行っていました。

 ソラミツの創業メンバーと出会ったのは楽天在籍中の16年4月のことで、当時、経済産業省の先端技術研究会の座長を務めていたとき、ブロックチェーンの研究者から紹介されたのがそのきっかけです。

奥田 ソラミツは16年2月創業ということですから、お会いになったときはまさにできたばかりですね。でも、そのわずか4年後には世界初の中央銀行デジタル通貨「バコン」をカンボジアで実用化してしまうのですから、その成長スピードにも驚きます。

宮沢 そうですね。実際に話を聞いてみると、私の質問に対する答えがとても的確で、最初からグローバルで勝負する姿勢がとてもいいと思いました。また、リナックス・ファウンデーションがブロックチェーンの標準仕様を募集したのですが、270社応募したうちの3社に選ばれたのです。ちなみに他の2社は、米IBMと米Intel(インテル)です。

奥田 それもまたすごい!

宮沢 当時、私は次にどんなテーマに取り組むか考えていましたが、ソラミツが進めるブロックチェーン技術はかつて手がけたEdyの延長線上にあると考え、彼らの求めに応じて17年1月に参加したわけです。

奥田 宮沢さん自身、起業家的でスピーディーな動きをされているように感じます。

宮沢 Web2.0の時代は、公平だったはずのネットの世界でGAFAなどのプラットフォーマーに富が集中し、日本はその波に乗ることができませんでした。けれどもWeb3の時代は、ブロックチェーン技術によりプラットフォーマーなしに直接相手にアクセスすることが可能になるため、逆転するチャンスが日本にはあると見ています。

 ただ、ブロックチェーンは発展途上の技術であるため、大手企業は手を出しにくい状況にあります。だからこそ、失うもののないスタートアップの出番であると思います。

奥田 日本の産業の復権のためにも、早いうちにグローバルで戦う必要があるのですね。

宮沢 そうですね。既存技術にこだわったり、過剰な法規制が残っていたりすると、世界から5年、10年遅れてしまうでしょう。

 ところで奥田さんはさきほど「起業家的」とおっしゃいましたが、実は私の祖父も父も起業家なんですよ。祖父は海軍から国鉄に移り、定年後に不動産業を始めて、その後、飲食業や手乗り文鳥の販売まで成功させました。そして、父はお金持ち向けの娯楽「鳩レース」の創始者でした。競馬と同様、血統が重視され「種鳩」の売買まで行われていたそうです。もっとも、私には祖父や父のように儲ける才覚はありませんでしたが(笑)。

奥田 新しい事業を起こすという宮沢家とソニーの遺伝子は、しっかりと受け継がれてきたということですね。これからも新たなイノベーションの創出を期待しております。

こぼれ話

 宮沢和正さんに、まずは感謝しなくてはならない。そのワケはこうだ。人は誰も「理解したいこと」をもっている。私の場合は「電子マネー」がそのひとつだ。理解したいと思いつつ、その機会をつかめないまま時が過ぎた。困ったことに、電子マネーの世界はインターネットの到来とともに、どんどん技術領域を広げ、理解が追いついていかない。極めつきは「ビットコイン」の登場だ。暗号資産とか仮想通貨という代物を理解したいと思いつつ、ブロックチェーンという言葉に目眩がして、「もういいか、高齢だし」という甘いささやきに負けて最近まですごしてきた。そうした後ろめたさを、宮沢さんはさらりとぬぐってくれた。

 その日、いつも通り、私はパソコンで新聞記事をチェックしていた。おやっ!? 少し瞳孔が開いた。「カンボジアは10月28日、ブロックチェーンによって日本企業が設計し、カンボジア中央銀行が後押しするデジタル通貨の導入を正式に発表した」という趣旨の記事が目に飛び込んできた。その通貨の名称は『バコン』、開発した会社は『ソラミツ』。2020年のことだ。記事を読みながら、変わった名前の企業だなと思った。ソラミツとは『古事記』にある「そらみつ 大和の国に 雁卵産と聞くや」で、「大和(やまと)」にかかる枕詞。世界を覆うスケールの会社になろうという思いを込めた社名だ。

 世の中はコロナ禍の真っ只中。こうした社会環境にありながらも、よくぞ遠い国の大きなシステム商談が成立したものだ、と感心した。どんな人が推進しているのだろうか。会いたいと思った。宮沢和正さんは、そのソラミツの社長だ。対談当日はいつになくワクワクした。なぜなら、念願の「理解したいこと」を今日こそ学べるからだ。核心部分は根掘り葉掘り聞いた。デジタル通貨と暗号資産は異なる概念である、と。そうなんだ。電子マネーの「Edy」「Suica」と同じであり、カンボジアではそれをネット上の決済通貨としたというわけだ。

 「世の中にないものをつくりたい」「世界のスケールで考える」。宮沢さんの思いがひしひしと伝わってくる対談であった。
 

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第322回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

Profile

宮沢和正

(みやざわ かずまさ)
 1956年、東京生まれ。80年、東京工業大学大学院修了(経営工学修士)。同年、ソニー入社。VOD企画室室長、ソニーUSAダイレクター、パーソナルファイナンス企画室長、ICカード事業部総合企画室統括部長などを歴任。2001年、ビットワレット執行役員企画統括部長に就任し、日本での電子マネーの草分けであるEdyの立ち上げに参画する。同社常務最高戦略責任者を経て、10年、楽天Edy執行役員企画室長に就任。17年、ソラミツ最高執行責任者(COO)。19年、同社代表取締役社長に就任。東京工業大学経営システム工学非常勤講師、ISO/TC307ブロックチェーン国際標準化日本代表委員も務める。

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