ゲーム市場での評価軸は技術力より面白さ だからジャイアント・キリングも可能となる――第318回(下)

千人回峰(対談連載)

2022/12/09 08:00

山岸聖幸

【対談連載】NextNinja 代表取締役社長CEO 山岸聖幸(下)

構成・文/小林茂樹
撮影/松嶋優子
2022.10.24/東京都品川区のNextNinjaにて

週刊BCN 2022年12月12日付 vol.1949掲載

【東京・五反田発】前回、山岸さんと出会ったきっかけがどうしても思い出せないと記したが、当時、複数の早大生と知り合い、話をした記憶がある。その一人は2021年4月~5月に本欄でご紹介した芝浦工業大学教授の増田幸宏さんだ。そして16年9月~10月、本欄に登場したイサム・ブカーリさんだ。彼は山岸さんの同級生。大学入学の初日に友達になったそうだ。イサムさんは母国サウジアラビアの国家機関に勤務した後、現在は同国のマンガプロダクションズCEOとしてアニメ映画製作に携わっている。歳月を経た後、同級生が隣接分野で活躍していると聞き、ここでも人の縁を感じたのだった。
(創刊編集長・奥田喜久男)

業種は変われど
三代続く起業家の血筋

奥田 やはり小さな頃から、ゲーム好きだったのですか。

山岸 好きでしたが、父親が厳しかったのでこっそり隠れてやっていたんです。だからソフトも買ってもらえず、ほとんど友達から借りたソフトで遊んでいました。

奥田 今は、その禁じられたゲーム開発で世界戦略を立てていると(笑)。その厳しいお父さんは、どのような方だったのでしょうか。

山岸 大阪で寿司職人をしていましたが、私には「医者か弁護士になれ」と言っていました。

奥田 ご自身の仕事とはずいぶん違いますが、なぜそうおっしゃったのでしょうか。

山岸 寿司職人の仕事は継がせないほうがいいと考えたのだと思います。父は故郷の福井から大阪に出てきて高級料亭で修業し、若くして料理長になるのですが、オーナーの死去によりその料亭はなくなってしまいました。そこで寿司屋を開業するのですが、いろいろ苦労があったのだと思います。それで、息子には好きな仕事を選べるよう、勉強しておきなさいと厳しく接したのでしょう。実際、親族の中で大学に進学したのは、私が最初でした。

奥田 山岸さんは医者や弁護士にはならなかったけど、勉強したおかげで、好きなゲーム開発で起業することができたと。

山岸 ちなみに、祖父は福井の鯖江で眼鏡工場を経営していました。中国製品などに押され、眼鏡産業全体が傾いたときに会社を閉じてしまいましたが、祖父、父、私と三代続けて起業したことになります。

奥田 業種は、製造業、飲食業、ITと変わってきたものの、山岸家には起業家の血が流れているのでしょうね。

 ところで、NextNinjaという社名にはどんな意味があるのですか。

山岸 起業する際に、海外からの留学生たちに知っている日本語の単語をいろいろと挙げてもらったんです。すると「ニンジャ」だけは、どこの国の留学生もみんな知っていたんです。

奥田 外国人にとって、忍者はどんなイメージで捉えられているのでしょうか。

山岸 ひとことで言えば、クールなイメージですね。先進的で技術力が高い印象で、海外の人たちの反応はとてもよく、すぐに覚えてもらえます。

奥田 起業当時からマーケッターだったんだ。

山岸 まあ、そうかもしれません(笑)。

同人コンテンツとのコラボが
新たな市場をつくり出す

奥田 ところで、山岸さんが取り組んでおられるゲームの事業展開について、もう少しくわしく教えていただけますか。

山岸 まず、ゲームはIP(Intellectual Property=知的財産)ゲームとオリジナルゲームという分け方ができます。簡単に言えば、別に原作があるものと新たにゼロからつくったものの違いです。前にご紹介した「東方LostWord」は、東方Projectという同人コンテンツのIPをお借りして製品化したものなんです。

奥田 同人コンテンツの「同人」は、同人誌などの“同人”と同じような意味合いですか。

山岸 そうです。この東方Projectの原作者は「ZUNさん」という世界的な同人ゲームの第一人者で、二次創作OKというスタンスです。すると、そこに参加する人がどんどん増え、つくられた同人楽曲が数万曲、「pixiv」に上がっている同人イラストが240万点という不思議で巨大な同人コンテンツが形成されているんです。

奥田 商業目的ではない、ある種の大きな市場がそこにあると…。

山岸 そこで、どうしたら私たちのつくったゲームを遊んで頂けるかと考えたとき、その同人コンテンツをつくっているクリエイターの方々、音楽、イラスト、小説といったコンテンツを生み出している人たちみなさんがこのゲームに関わっていただけるようにしたいと思いました。

 もちろん、二次創作OKといっても私たちは企業として同人コンテンツをお借りするわけですから対価をお支払いします。コンテンツをつくる人が1万人いるとすれば、それを楽しむ人は100万人ぐらいいるわけです。つまりスマホゲームを通じて、そういう新たなマーケットが顕在化するということですね。

奥田 商業化されていない、同人の世界とコラボすることで、広がりができると……。

山岸 そういうことです。いま、「Steam」というプラットフォームによって、個人がつくったゲームであっても全世界に流通させることができるようになっています。3兆円市場といわれていますが、これまでマイナーだったものが表に出ることによって、より市場は拡大していくと見込まれています。

奥田 その「東方LostWord」は80カ国に展開しているというお話でしたが、それはどのように?

山岸 「Google Play」と「App Store」を利用しており、広告もネット配信なので、海外に拠点を置く必要はありません。この五反田にオフィスがあるだけでOKなのです。ただ、グーグルもアップルも手数料が30%というのは、ちょっときついですね(笑)。

 ゲーム・エンタメ業界というのは、ジャイアント・キリングも可能な世界最大の成長市場だと思っていますし、技術力で劣ったとしてもゲームの面白さが勝っていれば、そちらが勝ちという世界です。アイデア勝負である点がとても魅力的だと思います。

奥田 アイデアで勝つためには?

山岸 どういうことをどういう人にアサインするかということが大事です。ですから、この仕事は編集者の仕事にとても近いですね。

奥田 山岸さんは、ご自身の強みをどう認識されていますか。

山岸 起業して20年になろうとしていますが、「ゲーム業界に20年」ではなく「IT業界に20年」いたことで、デジタルコンテンツならどんなコンテンツでもつくれるノウハウがあることですね。

 そして、講演などの依頼がよくあるのですが、「海外展開のしかた」「デジタル広告の海外プロモーションのやり方」「ゲーム開発のやり方」という三つのテーマについて話せることも強みだと思っています。私が経営者であり、プロデューサーであり、開発者であるからこそ各々のテーマについてお話しできるわけですが、そういう人は他にはおそらくいないでしょう。

奥田 相変わらずエネルギッシュですね。次にお会いするのが楽しみです。

こぼれ話

 「そうだ、山岸くんと対談してみよう…」。この4月からFacebook(FB)を再開した。久しぶりな、とても懐かしい友人たちの顔ぶれに触れた。その一人が彼だ。年末近くになると、大晦日のテレビ番組さながらに“ゆく年くる年”めいたことを考える。1年を思い起こし、どんな方々にお会いしたかを振り返る。この連載企画も15年目になると『千人回峰』登場者の候補から知人友人は底をついてくる。最近はさまざまなケースでいろいろな方からの紹介が多い。ありがたいことだ。来年の対談候補者のリストはすでに10人を超え、スケジュール調整が進んでいる。今年の最終ランナーは山岸聖幸さんだ。318人目である。FBを見ながらなんとなく年末号登場者のことに思いを巡らしていたら、冒頭のつぶやきに行き着いた。私にとっての山岸さんは“くん”なのである。“さん”付けにすると、そこらで出会った普通の山岸さんだ。私にとっての彼は「山岸くん」なのだ。このコラムも“くん”で通そう。

 最初の出会いは四半世紀前のことだ。が、どうしてもきっかけは思い出せない。山岸くんに聞いても「よく分かんないんですよね。ケッ、ケッ、ケッ」である。この最後の「ケッ、ケッ、ケッ」が彼なのである。この言葉を久しぶりに聞いて、この人は確かに“あの”山岸くんだと再認識し、懐かしくて安心した。言葉を発した後に、どういうわけか「ケッ、ケッ、ケッ」で終わるのだ。人の習慣って、変わらないモノなのですね。彼との再会は久しぶりだ。「今、何やってんの?」「ゲーム会社の社長ですよ」「どんなゲームなの」。いろいろな名前を聞いたが、チンプンカンプンなので、山岸くんも半ばからかい気味な話ぶりだ。矛先を変える。「事業構造を聞かせてよ」。突然、プロジェクターから光線が出て、プレゼンが始まった。立て板に水だ。「上場準備しているの?」「はい、そうですよ。ケッ、ケッ、ケッ」「近いの?」「はい、ケッ、ケッ、ケッ」だ。どうにも上場を控えた緊張感のない経営者だ、と普通ならそう思うのだが、山岸くんとはこういう人なのだ。四半世紀前の初対面から。プレゼンの内容は自社および競合他社の現状、もちろん質問するまでもなく業界の国内外事情について、特に世界事情に詳しい。定性定量情報をベースにしてとうとうと話す。まるで調査会社のセミナーを受講している気分になる。「はい、講演依頼が多いです。ケッ、ケッ、ケッ」だ。

 出会いは、彼が早稲田大学の学生の頃だった。当時私は、イスラム教信者の人と知り合いになりたいと願っていた。こうして綴るうちに突然、記憶が蘇ってきた。思い出したぞ。それは2001年1月1日のことだ。新年の目標の一つに「今年はイスラム教の人と出会うぞ」と自分に言い聞かせた。そこで新しい若い人との出会いを心掛けた。縁あって、山岸くんと知り合った。彼は留学生の友人イサム・ブカーリさんを紹介してくれた。イサムさんとは今も交流を続けている。すでに『千人回峰』にも登場してもらった。二人は共に大学院に進み、イサムさんは博士号を取得して、母国のサウジアラビアでアニメ制作会社を創業し、日本との交流を密にしている。BCN編集部にも顔を出す。二人ともゲーム分野で事業活動しているので「イサムさんとは会ってるの」と聞いてみたら、「ぜんぜん会ってませんね。ケッ、ケッ、ケッ」である。学生の頃の友人とはそんなモノだよな、と思った。イサムさんは私にとっていつまでも“イサム”なのだ。

 記憶に残る出来事がある。01年、私はNY9.11の現場にほど近い場所にいて、あの大惨事に遭遇した。帰国は予定を大幅に超えた。戻ってすぐにイサムさんに会った。自国の新聞はどのように報道しているのかを質問した。「まったく逆です」「ホント!?」。その隣には山岸くんが座っていた。いつもの顔をしていた。妙に印象深かった。
 

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第318回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

Profile

山岸聖幸

(やまぎし まさゆき)
 1977年、大阪生まれ。2002年、早稲田大学理工学部経営システム工学科卒業。03年10月、同大学院在学中に起業しNextNinjaを設立。09年7月、合併により現NextNinjaを設立。RPG『グランドサマナーズ』や『東方LostWord』など多くのコンテンツを手がけ、世界中に発信している。

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