「やらずに悔やむより、やってみて悔やむ」を信条に 防御を最大の攻撃として進む――第301回(下)

千人回峰(対談連載)

2022/03/11 00:00

安東晃一

安東晃一

ビジョンメガネ 代表取締役社長

構成・文/浅井美江
撮影/長谷川博一

週刊BCN 2022年3月14日付 vol.1914掲載

【大阪市発】安東さんは小学生の頃から始めたサッカーで、「防御は最大の攻撃なり」という自身の闘い方を学び、生涯の信条にもなった言葉に出会った。そして長じてから挑んだ100キロマラソンでは、そよ風が背中を押してくれることや逆風もまた順風であることに気づいた。安東さんが身につけた強い守備力と繊細な感覚は、有事のリーダーにふさわしい資質となっている。会社の存亡がかかった重大な局面に、安東さんが経営トップに就いておられたこと自体に、ビジョンメガネの強運を思う。
(本紙主幹・奥田喜久男)

2022.1.13/大阪市西区ビジョンメガネ本社にて

100キロマラソンに通じる
民事再生の道のり

奥田 お話をうかがっていると、安東さんはリーダーとして最前列で旗を振るタイプではないようですね。

安東 おっしゃる通りです。実は小学校、高校、大学とサッカーをやっているのですが、ポジションはすべてディフェンスでした。全体を後ろから見ていて何かが起きたら動いて支える。そんなタイプだと思います。

奥田 徹底してディフェンスにおられて、得た教訓はありますか。

安東 「防御は最大の攻撃なり」ですね。普通は逆を言いますが、守りあってこそ戦い続けることができると思います。

奥田 サッカーのほかにスポーツは?

安東 100キロマラソンやウルトラマラソンを走っています。

奥田 なかなかストイックですね。もしかして民事再生も100キロマラソンだったとか。

安東 ああ、そうかもしれません。そう言えば、100キロマラソンで一番しんどいのは30キロくらいなんです。ゴールまであと70キロもあると思うと、先の長さが結構きつい。でもやがて50キロを超えて70キロまで行くと、体力的にはきついんですが気持ちは意外に軽くなるんです。

奥田 ほお。そういうものですか。

安東 100キロを走って体力も精神力も限界に来ると、そよ風でも追い風になってくれるんです。厳しい上り坂があったら必ず下り坂がありますし。逆風も見方によっては順風といえるかなと。

奥田 できごとはどちらにも取れると……。安東さんは心の持ち方が上手ですね。民事再生の一連を100キロマラソンだとすると、申請した翌年の終結決定がゴールになるのでしょうか。

安東 いえ。まだ再生途上という気持ちがあり、実は今でも怖いです。ただ、昨年末に利益目標を達成することができて、従業員の方々に十数年ぶりに少し多めのボーナスをお渡しすることができました。

奥田 それはすばらしい。回復できたのは従業員の方々のおかげというお話がありましたが、ほかにはどう考えておられますか。

安東 取引先様など仕事を続けさせていただいた方々のおかげでもあります。厳しい態度に出られる方もおりましたが、「そこまで言うなら信用します」と理解を示してくださる方もいらして。

奥田 安東さん個人への信用なんでしょうね。

安東 いえ、ビジョンメガネがこれまで真面目にやってきた歴史が、再生につながったんだと考えています。

奥田 その歴史があって、安東さんがいらしたと。

安東 たまたま私がそこに居合わせたという感じでしょうか。そもそもビジョンメガネが運をもっているのかもしれません。

奥田 確かに。ビジョンメガネはもっていそうです。安東さんご自身は大丈夫だったんですか。

安東 心身ともに厳しかったことはありました。誰かに応援してもらわないと精神的にもたないなという時があって、当時、小学校の1~2年生だったわが子に「がんばれって言うてくれへん?」とお願いして、毎日、出社前に言ってもらってました。

奥田 乗り越えられたのは、お子さんや奥様、ご家庭の力もあったんでしょうね。

従業員の総意による
「マエストロ5ケ条」

奥田 現在のビジョンメガネについて教えていただけますか。

安東 メガネに加えて補聴器を扱うようになったので、「E2ケアホールディングス」という親会社をつくり、グループ会社としてビジョンメガネのほかに、「弐萬圓堂(アコール)」「ポーカーフェイス」の3社があるという形です。

奥田 3社のすみ分けはどうなっていますか。

安東 弐萬圓堂は、眼鏡一式を選べる均一価格(5プライス)で販売する業態、「ポーカーフェイス」は、もともと渋谷に1号店をオープンした若者がターゲット。百貨店や都心部にあって、セレクトショップの先駆けです。

奥田 ビジョンメガネの立ち位置は?

安東 総合眼鏡店です。ターゲットの年齢層や価格帯も広く扱っている。3社としてエリア、価格帯、ターゲットの棲み分けができていると思います。

奥田 安東さんがビジョンメガネとしてこだわっていることはなんでしょう。

安東 創業当時から技術や品質には強いこだわりがあります。「マエストロ制度」という社内資格制度を設けて、メガネに関する理論や知識、加工やフィッティングの技術などの向上に励んでいます。

奥田 マエストロというのは業界としての名称ですか。

安東 いえ、ビジョンメガネ独自のものです。メガネに関して、技術だけでなくお客様にとって最高のかけ心地や見え方を総合的に提供したいという思いから、マイスターやドクターではなくマエストロとしました。

奥田 なるほど。全体をまとめる指揮者であると。

安東 ホームページにも掲載している「メガネのマエストロの5ケ条」は、民事再生後に従業員の方々からの思いをまとめたものです。

奥田 皆さんの総意による5ケ条なんですね。ところで安東さん、母校の大学で講義をされたとか。

安東 昨年末ですね。卒業生で社長経験者として、1年生の学生さんたちに向けてのオンライン講義でした。

奥田 どのような内容だったのでしょう。

安東 学生時代に考えていたことや会社員になってからの経験などをお話して。あと、課題として全員に「株式会社自分」の代表として、自分で自分をどう経営していくのか信条を書いてもらったんです。

奥田 それは面白い。受講生は何人くらい?

安東 130人ほどでした。メールで提出していただいて、すべてにフィードバックしました。「自分を見つめ直すきっかけになった」と喜んでもらえて、講義を依頼してくれた先生からも感謝の言葉をいただきました。

奥田 すばらしい。いいコミュニケーションが生まれましたね。ちなみに、安東さんの信条は?

安東 「やらずに悔やむより、やってみて悔やむ」。子どもの頃に大好きだったサッカー漫画の『キャプテン翼』にあったセリフです。

奥田 何歳くらいの時に掲げたんですか。

安東 20歳とか21歳でしょうか。

奥田 それが現在も進行形で……。社長を引き受けられたのも信条からとも言えますね。

安東 確かに。通じているかもしれません。あの時ことわっていたら会社がつぶれていたかもしれない。でも、やってみてダメだったらまたやれる方法を考えて、やり続けたらいつかできるんじゃないかと。

奥田 お話をうかがってきて思いましたが、ビジョンメガネにとって安東さんがいらして本当によかった。創業者も喜んでおられると思いますよ。自分も創業者なのでわかりますね。今日は貴重なお話を本当にありがとうございました。

こぼれ話

 そんな出来事が実際にあるのだろうか。インタビューを終え、この原稿を書く段階になっても、狐につままれているというか、その話は本当なのだろうかと、今でも疑っている自分がいる。その話はこうだ。会社が役員会で民事再生の方向を決めた。では、誰が事業再生の旗振り役を担うのか。その役を“あみだくじ”で決めたという。「本当ですか」と聞いた。そのくじで安東さんは“当たり”を引いた。そして社長になった。「本当ですか」と再び聞いた。私はウーンと唸りながら、改めて社長を受けた理由を聞いた。(1)当たりを引いた縁を感じた(2)しばらく社長の座が空白だったので、誰かがやらなければと株主代表から言われた(3)ビジョンという会社が好きだった――それらの理由を聞きながら腑に落ちたことがある。私の経験だが、かつて事業の先行きがみえない暗闇を歩く不安な状況にあって、確信はないのだが、何となくやれそうな気運が体の底から湧き上がってきたことがある。安東さんに確認はしていないが、あみだくじは単なるきっかけに過ぎなかったのだなと思った。

 その夜、帰宅した安東さんは、家族に社長就任を伝える。が、民事再生の件は極秘事項だ。それでも「妻は何かを察していたのかもしれない」と。それはそうだと思う。民事再生の企業を率いる“人”にとって、その仕事は家族ぐるみの戦いと言ってよい。なぜならば、安東さんのエネルギーの源は家族にあるのだから。話を聞きながら、幾度もご家族の在りようを透視した。安東さんは微笑みながら楽しそうに話を進める。その中にあって、心が震えたくだりがある。この号の本文の中程にある。再録する。

 「安東 心身ともに厳しかったことはありました。誰かに応援してもらわないと精神的にもたないなという時があって、当時、小学校の1~2 年生だったわが子に「がんばれって言うてくれへん?」とお願いして、毎日、出社前に言ってもらってました」と微笑みながら話す。苦しみのピークにあっても、我が事であればやり抜けるかもしれない。そうなんだ。安東さんにとって、そのお役は我が事なのだ、と深く感じた。どうしてそこまで覚悟できたのだろうか。

 「ディフェンスだから受けてたつ」という。サッカーを小学生から大学まで通す人は少ないだろう。私の知人にもいる。還暦になっても続け、その人のサッカー解説は並外れてわかりやすい。以前、この『千人回峰』で岡田武史監督に話を聞いた。その時も試合の解説になると、目の前にピッチが広がった。皆さん、サッカーを頭の中でも熟知しておられるのだろう。安東さんの言い分もわかる。ディフェンスだから、どんな時でも守って攻めにつなげる、ということだ。意外と、安東さんの事業戦略はサッカー経験16年の間に培ったのかも知れない。それだけではない。事業戦略のもとで活動するのはビジョンメガネというチームの社員である。そうなんだけれど、社員が活動の原資であることを気づく“時”がある。社長であってもそうだ。安東さんは言う。民事再生を社内に告知した日に「従業員のみんなは明日、店に立ってくれるのだろうか」と心底思ったという。これがその時である。心からの言葉は人を感動させる。この話はドラマが多い。映画になりそうだ。主演は、安東晃一さんだ。
 

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第301回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

Profile

安東晃一

(あんどう こういち)
1972年6月大阪市生まれ。大阪国際大学経営情報学部(現経営経済学部)卒。96年ビジョンメガネ入社。店長職等を経て、2011年ビジョンメガネ代表取締役社長就任。13年、民事再生の適用を申請し、翌年8月、終結決定。その後業績を見事にV字回復させた。小学生から始めたサッカーは、高校・大学と継続。ポジションはディフェンス。現在は100キロマラソンなどウルトラマラソンにも参加。信条は「やらずに悔やむより、やってみて悔やむ」

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