患者さんとタッグを組んで治療にあたれば 神様を超えられるかもしれない――第277回(下)

千人回峰(対談連載)

2021/03/05 00:00

藤卷五朗

歯科医師・歯学博士 藤卷五朗

構成・文/小林茂樹
撮影/長谷川博一
2021.1.14/東京都台東区のパストラル歯科にて

週刊BCN 2021年3月8日付 vol.1865掲載

【上野発】この「千人回峰」の取材は、聞き手である私と記事をまとめるライター、そして現場の臨場感を鮮やかに写し取るフォトグラファーがクルーを組んで行っている。今回もその3人でお邪魔した。取材が佳境にさしかかった頃、藤卷先生はコロナ禍における免疫力に話が及んだ。誰しもが敏感な話題だ。そこで免疫力をアップする特訓が始まった。「はい、姿勢を正して、お尻を締めて、そうそう」。聞き手、書き手、撮り手はその場で姿勢を正して「うん、うん、うん」。見慣れない光景に吹き出してしまった。“凝り性”の先生は今、免疫力アップ体操がマイブームのようだ。
(本紙主幹・奥田喜久男)

2021.1.14/東京都台東区のパストラル歯科にて

すばらしい音楽は
感動するエネルギーを与えてくれる

奥田 音楽を趣味にするため歯科医になったとおっしゃいましたが、最初の音楽との関わりは?

藤卷 子どもの頃、ラジオづくりをしていたとお話ししましたが、そのつくり上げたラジオで駐留軍放送(AFN/旧FEN)やNHKの第2放送をよく聞いていました。まだFM放送が始まっていない時期で、第2放送では毎週日曜日にクラシックの番組を放送していました。また、八丈島の実家には蓄音機があり、78回転のSP盤を聴いたりと、家族みんなが音楽好きでしたね。

奥田 なるほど、そうした環境がベースにあったわけですね。ところで、それほど好きな音楽とは、先生にとってどんな存在なのですか。

藤卷 私は、感動するものに芸術という言葉が当てはまると思うのですが、音楽の中には身震いするような感動を覚えるもの、まさに芸術があるのです。

奥田 感動ですか。

藤卷 受け手が勝手に感動するわけですが、そのことに接して心がゆさぶられるような状況、その感動をもたらすエネルギーをいただいているということですね。自分の持っているエネルギーで感動するのではなく、いただきもののエネルギーに触発されて感動させられているわけです。

奥田 ちなみに、一番お好きな曲は?

藤卷 好きな曲はたくさんありますが、ブラームスの第4番とベートーベンの第6番(パストラール=田園)ですね。

奥田 そうか、この「パストラル歯科」の名はベートーベンの「田園」からとられたのですね。初めて気づきました。

単なる歯の「修理」ではなく
理想的な歯科医療を目指す

奥田 藤卷先生の診療方針は、保険診療はしないことなど、一般的な歯科医とは異なる部分がいくつかありますね。

藤卷 大学院の学費を捻出するために、私も大学院生の4年間は夜間診療でのアルバイトとして保険診療をしたことがありますが、当時の保険診療制度の枠の中ではきちんとした歯科医療が実現できないという現実がありました。

奥田 「きちんとした」というのは?

藤卷 当時の保険診療では、患者さんが困っていること、例えば歯が痛いとか噛めないといった症状がある場合、痛みをとったり噛めるようにしたりするという「修理」はできるのですが、歯を長持ちさせるとか、歯の病気の予防をして、ひとを健康にするといった修理の先にあるべき理想的な医療を行うことは残念ながらできません。それが「きちんとした」ということの意味です。

奥田 でも、保険医の先生も患者の状態に応じた治療をしているのではありませんか。

藤卷 それは、保険制度の範囲内でベストを尽くすということであり、現実には、待合室にいるたくさんの患者さんの症状をいかに効率的に「処理」するかということが優先されるのです。でも、それだけではイヤだと私は思いました。それに、歯科医なら誰でもしているような修理だけをしているのでは、高い学費を出してくれた父母に申し訳が立ちません。

奥田 だから治療の際には、歯の構造や原理、治療方針や将来の生活の仕方まで、事細かに耳元でささやかれるのですね(笑)。

藤卷 神様がつくってくれた歯が、患者さんの生活条件によって破損したり不都合な状態になり、それを私がなおすわけですが、大切なことは、どう頑張っても私が神様を超えることは100%できないということです。ですから、例えば神様がつくった歯が20年で壊れ、それを私がなおしたとしても、その先20年もたたないうちに必ず問題を起こしてくるわけです。

奥田 神様がなおすわけじゃないから……。

藤卷 そうです。でも、患者さんとタッグを組んで治療にあたれば、それを超えることができるのではないかと考えているわけです。

 ふつう、人が生まれてからある年齢に達すれば、加齢現象が起こってきます。当然、歯も身体の部品ですから劣化していき、どこで診てもらったとしても「これは加齢現象ですね」と判断されてしまいます。これは、お医者さんでも歯医者さんでも同じでしょう。でも、私はそれではイヤなんですね。神様がつくったものが壊れたことをきっかけにして、新たな生命を吹き込んで加齢を超え、もう一度青春の輝きを取り戻してもらいたいと思うのです。そしてそれは可能なことなのです。

奥田 私がBCNを創業して6年ほどした頃、歯が痛んで浮いてしまい、食べ物が噛めないほどの状態になったとき、藤卷先生を紹介してもらったんですよね。当時の私は多忙を極め、鎮痛剤を飲んでごまかしているような状況でした。1時間待って治療は10分というような歯科医にかかる気にはならなかったのですが、藤卷先生はじっくりと時間をとってくださり、「これは歯だけではなく、まず歯ぐきからなおすべきで、8か月から1年はかかる」とおっしゃったんです。

藤卷 そうでしたね。

奥田 「まず歯ぐきからなおすべき」といわれたときに、私はそういう治療の仕方もあるのだと意外感にとらわれました。そして、いつ連絡してもいいし何時間でも診てあげるといわれて、だんだん信頼のステージが上がっていったのです。

 それで、定期健診を受けるたびに状態がよくなっていき、自分の身体をつくっていくことに目覚めていったというわけです。

藤卷 奥田さんのように、自分の身体を大事にすることに気づくことはとても大切です。でも、無意識のうちに自分の身体を何度も壊してしまう人もまた多いのです。それでは歯も長持ちしませんし、劣化が進む一方です。

奥田 先生は「歯はすべての入り口だ」とおっしゃり、治療の際にはいつも耳元でささやいて、私のような患者はいつしか藤卷教の信者になっていくというわけですね(笑)。

 でも、今年BCNは創業40周年を迎えるのですが、先生との最初の接点は事業成功の入り口だと思っているんです。

藤卷 それはうれしいことですね。

奥田 ただ、先生のお話にいつも得心しているものの、たまに理屈では説明しきれないスピリチュアルなものを感じることがあるんです。だから、ちょっと眉唾なところが(笑)。

藤卷 ひとの免疫力を測る技術も、まやかしだと思うとうまく測れないことになります。だから、いつもいかに自分をピュアにしているかがカギになるんです。お天道様に後ろ指をさされない、恥じないような生き方と暮らしが大事ですね。

奥田 なるほど。話は尽きませんが、今日はこの辺でお開きにしたいと思います。そして、これからも私の歯をよろしくお願いいたします。

こぼれ話

 歯が痛くて眠れない夜を過ごした人は多いはず。あの痛みに襲われると、とても眠ってはいられないんですよね。「キ~ン」と唸る針のついた治療器具は、音と形状を思い出すだけで今も緊張してしまう。歯医者に行くってイヤですよね。だから朝と就寝前の歯ブラシ運動を習慣にしているのだが、お酒をいただいた夜は、ついついそのまま寝てしまう。こんな不摂生が続くと、間違いなく歯痛となる。藤卷五朗先生との出会いは歯の激痛に始まった。

 パソコン業界新聞『週刊BCN』 を1981年に創刊した。世界中で新しい人の渦が生まれ始めた。年齢を問わず、さまざまな業界から人が集まった。日本でも全国でパソコン市場誕生の火の手が上がった。47都道府県のパソコンショップを歩き、ソフトを開発するパソコンユーザーにも出会った。毎日、新しい人に会い、原稿を書き、宴席もあって忙しい。歯を磨くことを忘れていた。会社を興して6年目に虫歯が痛み始めた。歯医者に行くと、60分待って、10分治療。当時はスマホ、ネットのない時代だ。時間がもったいなくて、市販の鎮痛剤で急場を凌ぐ。月を追ってさらに悪化が進んだ。半年の間に6本の歯が痛み、痛み止めが効かなくなり、歯の全体が浮いて、顎が軋み始めた。その間にパソコン産業は膨張して、仕事の領域はアメリカにまで及んだ。事業が拡大して、忙しい日々が続く。

 そんな折、ある宴席でまったく噛めなくなって静かにしていると、矯正歯科医がいて、その場で検診となった。このまま放置すると、どこまで悪化するのか。ずいぶん脅されて、予約制で何時間でも治療をしてもらえる藤卷歯科医を紹介してもらった。治療をするにもまずは、歯茎を復活させなくてはならないという。復活に3か月を要した。でも納得できない。「早く治療してほしい」と迫るのだが、「まずは歯茎を元気にしましょう。歯ブラシをしてください」。歯茎の色も悪いという。鏡を見るとその通りだ。1か月、2か月、3か月と歯磨きをするうちに、治療ができるようになった。1年をかけて、すべての歯を治療した。完璧だった。

 最悪な歯は抜歯したが、藤卷先生の基本は歯の根っこを生かす治療だった。治療中は耳元で歯の構造から予防歯磨きの訓練などの講義が続く。おかげさまで歯の構造には詳しくなった。ある時から指を丸くしての計測が始まった。いつもそこで私はニヤッとする。先生もニヤリと返すが、私の歯の治療への信頼は揺るぎない。歯の治療が『週刊BCN』創刊40周年を迎える登山口であったと感謝している。
 
 

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第277回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

Profile

藤卷五朗

(ふじまき ごろう)
 1944年1月、東京・八丈島生まれ。69年、日本歯科大学歯学部卒業。73年、同大学大学院(薬理学)修了後、エンパイア歯科勤務。77年、パストラル歯科を千代田区神田淡路町に開設。2009年、台東区上野に移転。NPO法人恒志会常務理事、日本顎咬合学会認定医、日本全身咬合学会認定医、Bi‐Digital O‐Ring Test認定医(5段)、NCCP認定カウンセラー、国際鍼電気治療大学(ニューヨーク)歯科部門客員教授。