自分にも社員にも嘘はつきたくない言ったことは必ず守ります――第174回(上)

千人回峰(対談連載)

2016/12/19 00:00

岡本 浩一郎

岡本 浩一郎

弥生株式会社 代表取締役社長

構成・文/浅井美江
撮影/長谷川博一

週刊BCN 2016年12月12日号 vol.1657掲載

 岡本浩一郎社長が弥生のトップに就任したのは2008年4月。39歳という若さだった。以来、先頭に立ち弥生を率いた。14年にはオリックスグループの傘下に加わり、業界に衝撃を与えた。弊紙には年頭所感を始め、幾度も登場いただいているが、都度、その言葉は明確で率直である。就任から8年と8か月。IT業界では長期政権といえるなか、来年、年男を迎える岡本社長に、現在の思いをうかがった。(本紙主幹・奥田喜久男)

2016.11.2/弥生本社会議室「丸の内」にて
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第174回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

五つの社風を貫く中心は、お客様への思い

奥田 先日、弊紙で法人向けクラウド会計市場の立ち上げについて語っておられましたね。

岡本 本腰を入れて取り組むにあたり、客観的なデータの必要性を感じています。お客様のなかには、クラウドがあちこちで使われていて、自分たちは取り残されているんじゃないかと、相当焦りを感じておられる方もいらっしゃると思いますので。

奥田 数字は一人歩きしますからね。

岡本 お客様には、できる限り信ぴょう性の高い数字を示して、クラウドは取り組む必要はあるけれど、焦ることはなくて、これから数年かけて徐々に取り組んでいけばいいとお伝えしています。

奥田 岡本さんは、弥生の社長になられて何年になられましたか。

岡本 今年の4月で8年です。

奥田 就任される前はコンサルタントでいらしたんですよね。ずばりうかがいますが、経営者にとって必要な要素とはなんでしょう。

岡本 経営者としてやらなければならない仕事は三つあると思っています。一つは方向性を示すこと。弥生という会社がどう考えてどこに向かっていくのか、5年後10年後はどうありたいのかを示していく。二つめは判断すること。未確定要因の多いなかで、こちらの方が成功確率が高いと判断するのは経営者の仕事だと思います。三つめは範を示すこと。経営者に限らず、何事につけても正直であることはすごく重要だと思っています。口ではこう言っているけど、実際の行動が全然違うとなると、信用できません。

奥田 言葉と行動の一致ですね。

岡本 もう時効だと思うのでお話ししますが、私が就任する以前の弥生では、いわゆる“押し込み販売”をやっていたことがありました。ある期の数字を嵩上げするために、売れるめどは立っていないけれどとりあえず出荷するという……。見た目上の売上数字は上がるので、前年成長何%とかいえるわけですが、それはあくまで見た目だけ。結局翌期はマイナススタートになって、さらに押し込まないといけなくなる。

奥田 明らかな悪循環が生まれますね。

岡本 その通りです。なので、全部やめろと言いました。それは本当の売り上げじゃないからやめてくださいと。みんな、最初は半信半疑でしたけどね。

奥田 でも翻ることはなかった。

岡本 そういう部分でいうと、自分に嘘をつきたくないし、会社のみんなにも嘘をつきたくないので、言ったことは必ず守ります。やっぱり経営者がどういう人なのかということは、会社自体に反映されていくと思います。

奥田 会社には、社風というか風土がありますよね。弥生はどんな風土ですか。

岡本 ごぞんじのように、弥生はけっこう複雑な生い立ちの会社です。日本マイコン、ミルキーウェイ、インテュイット、そしてライブドアグループ。それぞれの時代を経て現在の弥生に至るわけで、非常にmixed。よくいえば個性豊か、悪くいえばまとまりがない。それを風土というかどうかは微妙ですが、ある意味固まった風土がない、そういう状況がかつてはありました。

奥田 現在の弥生を入れて、全部で五つの時代があるんですね。過去四つの土台をもって現在の一をつくったということでしょうか。

岡本 四つのさまざまな文化を取り込みながら一つの文化、一つの風土になっていると思います。その中心にあるのはお客様思いであること。これはどの時代においても変わりません。お客様のことを心から考えるという生真面目さをコアに置いて、みんなが集まってきているという感じですね。
 

業務ソフトメーカーから事業コンシェルジュへ

奥田 今はどういう方向を目指しておられるのですか。

岡本 弥生は現在、業務ソフトメーカーから「事業コンシェルジュ」へと進化を始めています。業務ソフトの提供はもちろんわれわれのコアではありますが、そこから先にお客様が必要とされることがあればどんどんやりましょうと。そのためには、業務ソフトメーカーという鎧に閉じ込められないで、われわれができることはなんだろうと考えてチャレンジする。こういう考えになったのは、この何年かの間の大きな進化だと思います。

奥田 岡本さんが率先されてやられるわけですか。

岡本 範は示しますが、私がすべてを指図したからやる、というのではなく、やりたいという力が社内にあるんです。例えば、私が就任してからずっと新卒を採用しているんですが、それも社内から「新卒を採用したい」という話があって、ぜひやるべきだと私は背中を押しただけです。

奥田 そういう社内からの力はすごいですね。

岡本 本当に会社のなかには種があるんです。もう一つ例をいうと、「仕訳相談サービス」というのをやっているんです。会計ソフトというのは、単純にいってしまえば、会計データを入力して記録して集計するための仕組みです。入力はできる、集計もできる、何を入れるかはお客様次第というのが、メーカーとしての基本的なスタンス。でも、実はお客様が悩んでいるのは“仕訳”そのものなんです。

奥田 仕訳の仕方ということでしょうか?

岡本 こういう取引の時はどういう仕訳にすればいいかという。仕訳相談サービスは有料の保守サービスの一環でやっていて、始めて7年ほど経つんですが、これも「仕訳相談をやりたい」という社内の声があって始めました。仕訳相談は、税理士法上の独占業務に引っかかるのではないかというグレーゾーンなところがあって、それまではリスクを嫌って取り組んでいなかったんです。だけど、お客様は困っていらっしゃる。であれば、リーガルチェックもきちんとしてやろうということで実現しました。

奥田 現場に内包されている声を聞くという技術は、経営にとっては必要だけれど難しいですよね。

岡本 弥生は現在、社員が650人です。まだ全員と接点がもてる規模だと思うんです。規模が何千、何万となっていくとどんな現場があって、どんな人がいて、どんな思いがあるのかをみていくのはなかなか難しいと思いますが、幸いに弥生はそんなに大きな会社ではない。

奥田 先ほどの新卒採用の話ですが、今年(2016年春)は何人入社されたのですか。

岡本 5人です。来年は現在のところ、4人が決まっています。

奥田 ずっとそのくらいの人数を採用していらっしゃるんですか。

岡本 私が就任した翌年(09年)は2人。3年めから4人になったのかな。去年が6人、今年が5人。基本的には6人ずつ採りたいなと思っています。

奥田 新卒採用された方は残っていらっしゃいますか。

岡本 はい。定着率すごいんですよ(笑)。

奥田 新卒を採用することにリスクは感じませんか。

岡本 新卒の方が本当に一人前になるのは時間がかかりますが、逆にいえば、成長のプロセスに直接関われるということ。これは貴重です。確かに時間はかかるけれども、リスクではないと思います。要はその時間を取れるかどうかではないでしょうか。(つづく)

自分にも社員にも嘘はつきたくない 言ったことは必ず守ります――第174回(下)
弥生株式会社 代表取締役社長 岡本 浩一郎

 

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