2014年、ハービーさんはライカの100周年記念に因んだイベントで、過去100年に遡り、世界中から選出されたカメラマン140人のなかの一人になった。その時選ばれた写真は、「3.11」の直後、撮影に行った東北で出会った人々の写真だったそうだ。人が好きで、ただ無欲で撮っているだけというハービーさんに、ゴールは何ですかとたずねたら、あえていうなら「写真を見て救われたという人が一人でも多くいればいい」と答えられた。かっこよすぎる。ハービーさん。(本紙主幹・奥田喜久男  構成・浅井美江  写真・大星直輝)

2015.11.4/Brooklyn Roasting Company Limited SHOP at Nakameguro BALS STORE 1F
 

写真1 人物を撮った三葉の写真。見つめていると陰影に引き込まれる。そして真の素顔に引き込まれる
写真2 撮影時のエピソードをハービーさんは体からにじみ出てくる言葉で語ってくれた
写真3 美しいペイズリー柄のシャツにポケットチーフ。ハービーさんはとてもお洒落だ。カメラマンは被写体に見られる職業なのだ
写真4 ハービーさんの手が示しているのは、執筆中の若き日の寺山修司氏
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第150回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

撮れる「場面」に出会う力

奥田 前回、「人間っていいな」と思ってもらえる写真が撮りたいとおっしゃっていましたが、今も同じですか。

ハービー 同じです。僕は人物が好きで、撮影する時は、その人の一番素敵なところを撮ります。写真を見た人がポジティブになれる力を秘めたいと思っています。

奥田 ポジティブになれる力ですか。

ハービー 何年か前に川崎で写真展をした時のことです。写真展には基本的に感想ノートを置かせてもらうんですが、そのノートに「私は自殺を何回もしかけているけど、ハービーさんの写真を見て気持ちが変わりました。(写真に写っている)いい表情を信じていいのなら、私はもう自殺はしません」という書き込みがあったんです。

奥田 それは……感動ですね。

ハービー そういうことって何か所かの写真展であるんです。自殺までの書き込みは川崎の時だけですが、明日もう一回頑張れそうだとか、気持ちが入れ替わったという書き込みは、数知れずいただいています。

奥田 そういう風に思ってもらえる“一瞬”を引き出すというのは、訓練でできることなんでしょうか。

ハービー 僕が若い頃、やりたくってもできなかったこと──人と遊ぶ、笑顔で話す──。それは僕にとって憧れであって、自分の手には入らなかったことです。

奥田 手に入らなかったからこそ、ハービーさんはほかの人以上に、人を見続けた。

ハービー そうですね。子どもの時に欲しかったものを、今でも探し求めているということかもしれません。20代の頃に撮った写真と今の写真がほとんど変わらないんですね。時代を判断する材料、例えば風景だったり洋服だったりが写っていると、その時代がわかるんですけど、長く続く学校の制服を着て、学校のなかで撮った女子校生とかだと、いつの時代か判断がつかない。

奥田 意地悪くいえば、成長がないという(笑)

ハービー (笑いながら)そういうことをトークショーの時に、「成長しないんですよ」と自虐的にいつもいうんですけど、聞いてる人が「いや、始めから完成していたんでしょ」と返してくれたりしてます。

奥田 その一枚を撮るのは、もちろん審美眼ですよね。技術ではなくて。

ハービー うーん。それはちょっとクロスしているかもしれません。例えば、人物を撮る時、上のスペースを大きく空けるとすごくポジティブに見えるんです。ほかにも、被写体が履いている靴まで見せると、リアリティが出るとか。後になってそういうことがわかってきて、それは技術の進歩だと思うのですが、寺山さんを撮った頃には、理論はなくて無意識で撮ってました。

奥田 となると、直感ということですね。

ハービー そうですね。後は「場面に出会える」こともあるかもしれません。偶然だけれど、撮るものに恵まれるとか。例えばベルリンの壁を撮った時は、世界中のカメラマンが壁が崩壊するのを、今日か明日かとチャンスを狙っているわけです。でもそれがいつ来るかわからない。僕は幸運にも、まさにその瞬間に立ち会えた。写真家として能力外の運というのがあるのかもしれない。
 

有名ボーカリストから贈られたエール

奥田 ハービーさんのゴールは何なのでしょう。

ハービー ゴールはないんです。あえていうなら、僕の写真を見て救われたという人が一人でも多くいればいいかなと……。キュレーターの方に聞いたんですが、僕の写真展で、涙を流して立ちすくんでいる人がここかしこでみられるらしいんです。

奥田 泣かせるカメラマン……。

ハービー いやいや。でも、ちょっと思うのは、心の琴線に何か陰をもった若者にはわかるのかもしれません。

奥田 だとすると、陰がないとわからないということでしょうか。

ハービー うーん。例えば、優等生とか優秀な人にとっては、一瞬の笑顔とかあたりまえですよね。「笑う」なんてことは一日に何十回もあるでしょう。でも、まる一日笑えない、笑わない、笑顔も交わせない心の闇をもった人──僕が過去にそうであったように。そういう人が僕の写真を見ると「そう。こういうやさしい目がほしいんだ、私たち」って、琴線に触れるのかもしれない。

奥田 そういう作品をつくっている人間なんだということは、意識しておられるんでしょうか。

ハービー いや、あまり意識はしてないです。僕、ほんとに撮りたいものを撮っているだけです。だから儲ける写真ではないので、経済的には辛い時もある。だけど、ラッキーなことに寺山さんをはじめ、福山さんとかユーミンさんとか、「好きに撮っていいよ」という人には恵まれましたね。それと、ロンドンに居た時に僕、あることがあって。

奥田 それはどんなことですか。

ハービー 地下鉄に乗っていたら、当時爆発的な人気があった「クラッシュ」というバンドのボーカリストであるジョー・ストラマーが真ん前に座っていたんです。写真を撮りたい! でもプライベートだから怒られるだろうなと、一旦カメラをしまったんです。でもどうしても撮りたい、こんなチャンスはこの先もう来ないと思う。で、思いきって聞いてみたら「いいよ、撮れよ」と。

奥田 まさに能力外の運ということですね。

ハービー で、撮らせてもらって、ジョーが次の駅で降りるのを見送っていたら、くるって振り返って、「君な、撮りたいものはみんな撮れよ。それがパンクだぞ」って。

奥田 すごいなあ。すごい人だなあ。

ハービー 彼はすごく有名人なわけです。何百人のカメラマンに撮ってもらってる。だけど、カメラマン全員にその言葉をかけてるわけじゃないと思うんです。たぶん、この下手な英語でおずおず聞いてくる小っちゃな日本人には、ひとこといっておこうと思ったのかな。きっと「頑張んなよ」って。

奥田 それ今聞いても感動します。エールですよね。

ハービー 中途半端で夢は終わらせるなと。その神様の言葉は、いろいろなところで話しています。パンクの話を知らない中学生くらいでも、みんなわかってくれますね。

 

こぼれ話

 お話をしていて、朗読を聞いているような気になった。質問をする。澱みなく、核心部とそれに肉づけをして話をされる。それが物語となって頭のなかで、私は絵を描いていた。写真家という職業の人はかくも話術に長けるのか。

 対談を進めるうちに気がついた。緻密なのだ。ディテールがしっかりしていて、それを組み立てるうちに、一枚の写真になる。確信したのは次のくだりだ。「ロンドンの地下鉄に乗っていた時のことです。私の席の前に……」で始まるパンク・ロック歌手を被写体とした時の話だ。「撮ろうかどうしようか……」。承諾を得るために声をかけた。

 「撮らしてくれたんですよ!」。彼は電車を降りる時に振り向いて「撮りたいものはみんな撮れ、それがパンクだ」と。満面の笑みだ。私は確信した。「その瞬間に、ハービー山口は誕生した」と。私の本業は新聞記者でカメラマンではないが、同じような体験を若い頃にした。「取材は人に始まって人に終わるんだよ」。この時に記者の芯ができた。きっとハービー山口さんの芯もこの時だと思う。写真集もステキだが、講演を一度お聞きください。