山口さんは不思議な人だ。普通の人なら、会話の中でだいたい上の句と下の句はつじつまがあっているものだが、山口さんの場合は違う方に飛んでいったりしてしまう。思いが強すぎて、先の方までいったり、方向を変えたりしてしまうのだ。しかし、その思いの源は単純だ。自分の好きなことを、純粋に伝えたいのだと思う。その本質を……。(本紙主幹・奥田喜久男  構成・谷口 一  写真・津島隆雄)

元F1ドライバーの鈴木亜久里氏とオートバックスが提携して設立した日本のモータースポーツプロジェクト「ARTA」。そのピットガレージで、レース前のエンジン調整に見入る山口さん。まわりにエンジン音が轟く。
 

写真1 コンマ1秒の世界。第1コーナーに向けて接戦がくりひろげられる
写真2 どこでも顔パス。40年のキャリアはなみじゃない
写真3 気軽に声をかけて、さりげなく応援する山口さん
写真4 この1台に結集した技術の数々が観客の興奮を呼ぶ
写真5 メインスタンド前の直線コースを轟音とともに疾走するレースカー
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第147回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

エコと減税とぶつからないクルマ

奥田 かつて、クルマはあこがれの的でしたが、今はどんな状況なんでしょうか。

山口 まあ、少なくてもメーカーが魅力的なクルマをそんなにつくっていない。みんなワンボックスカーみたいになってしまっていて、ホンダのS660やマツダのロードスターとか、いいクルマはなくはないですけどね。

奥田 なぜ、メーカーは魅力のあるクルマをつくらないんでしょうか。

山口 ほとんどのメーカーにとっていいクルマは、売れるクルマになっちゃっているんですよ。

奥田 なるほど、そういうことですか。

山口 小さい子どもは、ブーブーって、クルマのおもちゃで遊びますね。それは、今も昔も素材としては、まったく一緒だと思うんです。ところが、テレビをみていると、“エコと減税とぶつからないクルマ”を宣伝しているんですよ。ほとんど、すべてがすべて。このまま、エコと減税とぶつからないクルマで育った子どもは、クルマに“夢”をもてないんですよ。

奥田 なるほど。そういえば、そんなCMばかりですね。

山口 クルマは鉄のハコを買うんじゃなくて、なかに詰まっている夢を買うんですよ。これは、本も一緒だと思うんです。紙の束を買ってる人はいなくて、開けたときになんか夢がある、それを買っているんですよ。

奥田 本質ですね。

山口 昔、アイルトン・セナの本をつくったんです。書名は『VIBRATION』。トランペッターの近藤等則さんの言葉に、「おれが死んだらなにも残らないけど、トランペットを通じて、人の心にバイブレーションを残したいんだ」というのがあるんですよ。だから、セナの本にもぴったりだと思って、『VIBRATION』ってしたんです。

奥田 かっこいいですね。

山口 それを『週刊読書人』で褒めていただいたんです。その書評の最後に、「そもそも編集とは、人の大切にしていることを人に伝える作業であることを、この本が思い出させてくれたと」。

奥田 それはすごい褒め言葉ですね。

山口 やっぱり、自分の感動を人に伝えたいですよね。だから、クルマをつくる人も、自分が感動するクルマをつくってほしいと思うんです。60年代はクルマに対するあこがれを、こっちはもちろんあったし、クルマをつくるほうももっていた。だから、ものすごいセンスのあるクルマがいっぱいあったんです。感動するクルマが。エコと減税とぶつからないクルマ以外で宣伝ができるようなクルマをつくってほしいです。それにはまず、大人がクルマの本質を夢を理解して、楽しまなくてはだめですね。
 

クルマの夢ふたたび

奥田 クルマは夢を買うというお話でしたが、そういうクルマ文化の再生に動こうとされているとお聞きしましたが、具体的にはどんなことをされているんですか。

山口 クルマの夢のことをわかってくれている人は、かなりたくさんいらっしゃるので、そういう方や会社に賛同パートナーになっていただき、いろんなイベントを通じて、クルマの世界が楽しいものだということを、改めて広めていきたいと思っています。

奥田 先ほど、富士スピードウェイのあちこちを案内していただきましたが、山口さんはお顔が広いのがよくわかりました。賛同者は多いでしょうね。

山口 40年もこの世界にいますからね。ぼくは昔から、いわゆる金網の外からレースをずっと観てきたんですよ。今はパスをもらって中に入っていますが。よく多くの人が勘違いするんですけど、ぼくがレース界の人間だと思っているんです。ぼくは、金網の中にいても、レースをやってる人間ではないから、金網の外から観てる人間と同じなんですよ。

奥田 そういうもんですか。なにかサーキットの主のようでしたけど。

山口 そういう金網の中の人と、金網の外の人を結びつける場をつくるのも、クルマの世界を知ってもらうきっかけになると思います。

奥田 そういった活動を「STINGER」という受け皿をつくってやっておられるのですね。

山口 そうなってほしいです。レース好きのプロゴルファーとゴルフ好きのレーシングドライバーを集めて、ラウンドしたり、サーキットを走行したり。プロゴルファーの芹澤信雄さんとレーサーの星野一義さんが発起人ということで、何回かイベントを実施しました。

奥田 すごいメンバーですね。一般の方も入るんでしょ。

山口 ええ。芹澤さんや参加してくれたプロゴルファーの方が、クルマのことをあっちこっちで話してくれたら、レース界にとってはプラスになりますからね。

奥田 世界を広げるわけですね。

山口 クルマの本質を伝えたいんです。パソコンはフリーズしても生死には関係ないけど、クルマがフリーズしたら死んでしまいますよ。そのセキュリティレベルが、クルマは圧倒的に高いはずです。だから、さらにレースってすごいことをやってるんだよってことを、理解してほしいですね。あんまり、女の子がちゃらちゃらすると……

奥田 そこに飛ぶところが山口さんですね。

山口 2012年には、京都国立博物館でF1を展示したんですよ。『古代青銅鏡とフェラーリF1美の競演』です。こういう異文化とのマッチングで、他の世界の人にもクルマの世界をわかってほしいんです。レースってすごい世界だって。

奥田 たとえば、絵描きが絵を描きます。自分の世界ですよね。それを人が見て感動します。山口さんの場合は、絵描きが絵を描いているように、イベントをやったり、編集をやったりして、縁の下から自分の中にあるクルマの感動の世界を訴えているんですね。

山口 かっこよくいうとそうかもしれません。ケンウッドっていう会社があるでしょ、マクラーレンというF1チームに無線を提供しているんですよ。400戦も提供を続けているんですよ。こういう人たちは本当のモーターレースの縁の下の力持ちなんです。こういう人たちを表彰するのもSTINGERの仕事だと思ってます。

奥田 大賛成です。クルマの夢を叶えるには、まだまだいっぱいお仕事がありそうですね。一歩一歩進んでください。今日はありがとうございました。

 

こぼれ話

 解良喜久雄さんから連絡が入った。「グランプリの世界でおもしろい人がいるんだけど、会いませんか」と。解良さんは以前『千人回峰』に登場していただいた、幻の名車“トミーカイラ”を開発した方である。すぐ、そのおもしろい人、山口正己さんにメールすると折り返し返信があった。お会いするなり、会話の速度はF1並みだ。長年の友人同士のような会話が始まる。お互い編集者を土台にしているから、人との馴れ馴れしさには二人とも納得している。それでも「まずは名刺交換をしましょうよ」「今日は面通しでしょ」「合格ですか~」「もちろんですよ。いつ、どこで対談しましょうか」。高速に会話が弾んで、富士スピードウェイでレースを観ながらと決まった。富士スピードウェイは山口さんの庭のような雰囲気だ。「特別の場所に行くからさ~」。のしのし歩いて行ってしまう。知り合いがいると、一言二言話しかける。会場の関係者すべてが知り合いにみえる。「おー!いましたよ。紹介するから」。握手する。鈴木亜久里さんは背の高い人だった。

 爆音とともに鉄の塊が10台ほど吹っ飛んでくる。電気自動車になったらどうなるのだろうか?解良さんへ、ありがとうございました。