60歳になるまでに、大学時代の体重と体脂肪率に戻すと決めて、3年間のウエイトトレーニングをこなし、みごとに実現した小池社長。聞けば、大型バイクの免許取得は、50歳までにこれをやると決めていた三つのうちの一つなのだとか。目標を定めて計画を立て、実行するのが得意な方なのだろう。最近では「サグラダ・ファミリア」に感銘を受けて、あることを始めたという。小池社長のパワーはとどまるところを知らない。(本紙主幹・奥田喜久男) 【取材:2014.7.28/東京・港区のサンディスクのオフィスにて】

(左)週刊BCN 1329号(2010年4月12日発行)のインタビュー時にはふっくらとした体型だったが、3年にわたるウエイトトレーニングで大学時代の体重と体脂肪率に戻した
(右上)スペイン・バルセロナの教会、サグラダ・ファミリアで購入したノート。名付けて「サグラダ・ファミリアノート」
(右下)今も継続しているウエイトトレーニング。登山愛好家の奥田とは、偶然にも“パワーアンクル仲間”であった
2014.7.28/東京・港区のサンディスクのオフィスにて
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第119回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

人生の幅を広げる「小池流図々しさ」とは

奥田 素敵なノートですね。

小池 ありがとうございます。「サグラダ・ファミリアノート」と名づけています。

奥田 いわれはなんでしょうか。

小池 何年か前から、年に一度、家内とヨーロッパに行っています。今年、サグラダ・ファミリアに行って話を聞いたら、2100年だったはずの完成が、世界中から人や資金が集まったおかげで、2026年にできあがると……。これには驚きました。

奥田 ほう、前倒しですね。

小池 はい。それで改めて2026年、つまり12年後の自分はどうなっているのか、を考えることにして、このノートを買ってきました。

奥田 12年後を考えるわけですか。

小池 そうです。われわれの業界は、1年後どころか、明日がどうなるかわからないという激変の世界です。1日1日を精一杯生きるのはもちろんいいことですが、それを基軸にしてしまうと、自分の人生観を間違えるのではないかと思ったのです。せいぜい考えても1年後、2年後というレンジになりがちなところを、12年後を考えてみることにしました。でも、ノートをつけること自体は、20年前から続けています。簡単な日記なんですが、年間4冊くらいになります。それを毎年12月31日に読み返します。

奥田 1年を振り返るわけですね。

小池 そうです。そこでスコアをつける。その年の初めに掲げた10大目標とかがどのくらいできたかと。

奥田 どんなことを記入されるんですか。

小池 いろんなことです。そのときに何を考えたかとか、感銘を受けた本、あるいは世の中にどんなことが起きていたのかなど……。実は、それがきっかけで、昨年、母校の高校で講演をさせていただきました。

奥田 母校はどちらですか。

小池 広島の呉市にある呉三津田高校です。当日は何人か集まっていただければと思っていたのですが、なんと全校生徒約700人が集まってくれまして。体育館の床に座るかたちで、ぎゅうぎゅう詰め。講演は1時間でしたから、悪いことをしてしまったかなと思ったのですが、最後まで真剣に聴いてもらえて、ほっとしました。

奥田 テーマはなんでしたか。

小池 「でかい夢をもとう」です。夢は大きければ大きいほどいいです、と。

奥田 それはいいなあ。素敵だなあ。

小池 高校のとき、自分より優秀な生徒はいっぱいいました。でも彼らに負けずにやってこられたのは、“図々しさ”があったからだと思う。

奥田 その“図々しさ”を少し詳しく教えてください。

小池 頭がいいと、論理的に考えて、できないと判断したら、もうそこで終わってしまう。だけど、自分は挑戦すれば何でもできるのじゃないか、天才にはかなわないけど、やってみればなんとかなるんじゃないか、というある意味での“図々しさ”が前に進ませてくれた。物事を楽観的に考えるという意味も含まれています。

奥田 なるほど。それはとても大切なことですね。
 

日本人は世界のために何をもって貢献できるか

奥田 現在のお仕事に就いてどのくらいになりますか。

小池 8年目を迎えます。

奥田 以前の取材で、「日本の半導体を復活させる」とおっしゃっていましたが、それは変わりませんか。

小池 正直申し上げると、今は変わりました。サンディスクでは、3か月に一度、世界中から経営幹部が集まって、3日間徹底的に議論をするんです。すると、世界がどう動いているのか、どうならなくてはいけないかがみえてくる。私は日本人ですし、もちろん日本は大切に思っています。しかし、今や日本だけがよくなる、日本だけのものづくりの復活はゴールではないと思っています。

奥田 では、ほかのゴールは何ですか。

小池 今、思っているのは「日本人は世界のために何をもって貢献できるか」ということです。もっと広く、人類のために日本人は何ができるのか、どう貢献できるのかと考えることに、力を入れていきたいと思っています。

奥田 それはとても大事なことですね。

小池 半導体の製造は、一人の天才だけではできません。完全なチームワークのうえに成り立っています。電気の人、科学の人、いろんなサイエンスにすぐれた人間でチームをつくって、一つのゴールに向かって全員で動かなければなりません。日本人はそういうとき、黙っていても意思の疎通ができる。そういう国民性は世界にあまり例がない。日本人は、この業界に向いていると思います。

奥田 うかがいますが、半導体の製造そのものは何年先まで生き延びるでしょう。

小池 人類がいる限り欠かせないと思っています。

奥田 ということは、日本の企業は半導体事業に関わっていたほうがいいということでしょうか。

小池 そうですね。

奥田 やはり「産業の米」という言い方はできますか。

小池 できます。

奥田 でも昔ほどは言われませんよね。

小池 それは一瞬の需要と供給のミスマッチです。人類に欲があって、生活をよくしたいと思う限り、半導体はなくなりません。

奥田 トレセンティテクノロジーズに在籍しておられたとき、300mmのウェハをつくられました。今後、その先を考えておられるのですか。

小池 発想とアイデアは、いつも心にあります。誰かがやるだろうではなく、次に向けて何をするかが大事だと思っています。夢は大きく、ですね。

奥田 本をお書きになるとうかがいました。

小池 ずいぶん前から考えていたのですが、なかなかまとまらなくて時間がかかってしまいました。ようやく目次がまとまって、年内には書き上げたいと思っています。

奥田 そうですか。年内に原稿ができるとなると、上梓は来年あたりでしょうか。楽しみにしています。 小池 はい。頑張ります。

こぼれ話

 インタビューを終えての帰り際のことだ。小池さんが“実に”うれしそうにズボンの裾をまくった。「こんなのつけてるんですよ」「パワーアンクルですね。何キロですか」と質問をしながら私も裾をまくった。顔を見合わせて、オフィスという場所柄をわきまえずに大笑いをした。同席した広報マン、取材のクルーも爆笑だ。二人ともいい年をしてと思われたかもしれない。

 小池さんも私も還暦をすぎているように思う。小池さんが大型バイクの免許取得に挑戦したのは50代、ツーリングをするには体力がいる。「よし、アメフトの現役時代のからだに戻す」と一念発起して体脂肪率を11%に戻したという。ゴールを目指すストイックさは日本の半導体業界の三浦雄一郎といってもいい。そういえば、80歳にして三度目のエベレスト登頂に成功した三浦さんも70歳のとき、両足にパワーアンクルをつけて山登りの訓練をしておられた。小池さんにもミラクルを期待したい。