変化し続ける大国、『中国』を肌感覚で観察する――第46回

千人回峰(対談連載)

2010/11/19 00:00

姫田 小夏

ジャーナリスト 姫田小夏

日本・日本人に対する視線

 奥田 姫田さんは、中国から肌感覚の情報を伝えてくれているわけですけど、一般の日本人には、中国の素顔みたいなものはなかなか伝わりませんね。その肌感覚からみて、今の中国の人たちをどう捉えておられますか。

 姫田 彼らは強いインフレ懸念をもっていて、今の状態には満足していません。どこかでいつも危機感を抱いていると思いますね。

 奥田 外からだと、順風満帆で経済の発展を謳歌しているように見えますが…。

 姫田 まあ、夫婦二人で日系企業に働いて、それぞれが1万元くらいの月給をもらっていれば、そこそこやっていけるとは思いますが、不安感を抱いていると思います。だからこそ余計に、日本に留学してきた人なんかは日本に住みたいと真剣に考えるんですよ。

 奥田 なぜですか。

 姫田 安定しているからです。中国も急成長して豊かになってきましたが、物価も上がって、不動産は手の届かないところまでいっている。今日買えても、明日は政策が変更されて買えないかもしれない。そういった不安があるわけです。そんななかで、日本に対する中国市民の評価の目が、だいぶ変わってきています。

 奥田 どんなふうに?

 姫田 中国では長い間、日本を敵対国とする愛国教育を施してきました。ところが、日本へ旅行に行ってみると、受けた教育とはなんだか違うと感じるわけです。安定しているし、街並みはきれいだし、サービスがいいし、ひょっとしたら住みやすいんじゃないか、と…。親日的な空気はこういうことから生まれてくるんだと思います。

 奥田 学校での愛国教育は今も行われていますよね。

 姫田 ただ、80年代、90年代生まれの若者は、日本製品や日本のアニメに囲まれて育ってきたわけですから、もう日本製品と自分を切り離すことはできないと感じているはずです。そういった世代がどんどん増えてきていますから、日本に対する視線は、反日ムードが高まったとしても根っこの部分は変わらないでしょう。

 「政冷経熱」という言葉が中国にありますが、私の肌感覚でいうと「政冷民熱」だと思います。民間では、いい関係でいるのがお互いに一番恩恵があると感じているのではないでしょうか。だから、国際的な緊張があったとしても民はわりに冷静だと思います。

 奥田 なかなかそういうところは日本に伝わってこないですね。

 姫田 それこそマスコミの課題だと思います。

自分自身を現地化しなければ

 奥田 いろいろな問題があるとしても、日本の企業はそういった中国に進出していかざるを得ない状況にある。私の肌感覚ではどうもそういう状況に対して、日本の中小企業はネガティブな経営者が多いように感じます。

 姫田 たしかに、中国人と日本人は水と油のようなところもあって、中国進出には二の足を踏むという方も多いと思います。進出しない理由も数え上げたらキリがない。かといって、意を決して進出したとしても、10人のうち10人がすべて成功するなんてことは絶対にあり得ません。

 奥田 打率はどのくらいとみますか?

 姫田 まあ10人のうち2人がいいところでは、と思います。

 奥田 2割ですか。そうした厳しい条件の下で成功する秘訣とは?

 姫田 なんといっても人事政策が肝心です。日本の本社は、「われこそは」という人物に白羽の矢をたてるべきです。そして、腰を据えて中国に行ってもらうということだと思いますね。最初からネガティブな考え方をする人では、うまくいくはずがありません。

 奥田 そういう人もいる、と。

 姫田 いやいやながらに中国へ赴任して、一日も早く帰りたいと願っている人は結構いますね。

 奥田 逆に、中国に進出して大成功している企業というのは、姫田さんの目から見てどこなんでしょうか。

 姫田 最近ではユニクロでしょう。あそこは中国企業がものすごく意識しています。

 奥田 ユニクロはなぜ成功したのでしょうか。

 姫田 月収5000元台の中間層のストライクゾーンに、うまくはまったと思います。彼らはプチホワイトカラーといわれる層ですが、超ブランド品はまだ買えない。それで、「そこそこのステータス」であるユニクロに満足感を覚えたんだと思います。ユニクロのお買い物袋を持って歩くのも格好いいと思われています。変にロゴもないので真似されることもありませんし…。ただ、ユニクロの製品を作っている工場が独自に「VANCL」というブランドを立ち上げて、ユニクロに追いつけ追い越せと猛追ぶりをみせていますね。

 奥田 ユニクロとて安穏としていられないと。

 姫田 そう思います。ましてやこれから出ようとする企業は、当然ですが、相当の覚悟が要ると思います。たとえば、日本の会社から3年間中国に派遣されて、その期間でいいビジネスができるかというと、難しいと思います。慣れるのに半年、後任者への引き継ぎで半年ですから、前後で1年とられて実質2年、その2年の間をつつがなく仕事をこなすのが精一杯ではないでしょうか。

 奥田 このインタビューのまとめになると思いますが、それをどう克服すればいいのでしょうか。

 姫田 成功するには、現地化するということでしょうね。会社がではなく、個人が現地化するんです。自分の妻やパートナーが中国人というふうな現地化の方法もあると思いますが、そうでなければ、自分がどんどんと中国社会に入っていき、言葉も通訳がなくても話せて、自分の中国語で自分の気持ちでビジネスをしていく、そういう現地化が中国での成功への唯一の近道ではないでしょうか。

 奥田 なるほど、現地化ですか。古くて新しい言葉ですね。姫田さん、今日はお忙しいなか、わざわざお越しいただいてありがとうございました。

「一般の日本人には、中国の素顔みたいなものはなかなか伝わりませんね」(奥田)

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Profile

姫田 小夏

(ひめだ こなつ):ジャーナリスト 東京都出身。不動産会社、衆議院議員秘書、出版社勤務を経て97年から上海に居住。99年に上海、02年に北京で日本語フリーマガジンを創刊、08年まで編集長としてグルメ誌、ビジネス誌含む5誌の発行に携わる。肌感覚の中国情報を幅広く執筆・発信中。定期連載に「ダイヤモンド・オンライン」「JBpress」がある。また、「中国ビジネスの光と影」をテーマに時事通信社内外情勢調査会の講師として講演活動中。 ブログ:姫田の「ズバッ!と上海」